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血国編 第3話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。


※暴力・政治的描写を含みます。

顔に痛みが走った。朝っぱらからなんだい。燐か?ゆっくりと目を開ける。

がっ

また同じところに、もっと強い痛み。血の味が残る。目を瞑ってしまった。違うな、ここは殿上。はあ、本当に気分がよかった。正に夢見心地。もう一回目を開けるのは面倒くさいんだ。やめてくれよ。

がっ

しつこいな。なに?

目を開けると、流血した泰山と、なにやらじゃらじゃらと派手な勲章を付けたご高齢の方達が私を囲んでいた。ぺっと血を吐く。椅子に血がついた。

「…貴様。陛下の椅子に」

がっ

今度は頬骨のあたりだ。なぜ左側ばかり殴る?

「貴公が殴らなければ、私の血で椅子を汚すこともありませんでしたよ」

「き、さ…ま」

もう一度右手を振りかざそうとする。ああ、右利きだからこっちばかり殴るのか。

「泰山公」

泰山の右腕を制する。ふう、助かった。無駄な痛みは気に入らない。

「右京公。まずは、その席から降りたまえ」

誰だかわからんが、その声の通り、とりあえず降りようとする。目の前の泰山公が邪魔だ。

足を蹴ってみる。うぉ、と言い、脛の辺りを抑える。

「き、さ」

「邪魔です。泰山公」

「く、そが」

「泰山公、私怨はあと。ゆっくりと諮問いたしましょう。狂の者をこの座から引きずり下ろしてからです。すこしよけてあげなさい」

矍鑠としたご老人だ。凛々しく、その目には凄みがある。泰山がこちらを睨みつけながら身を引く。いい光景だ。家格が下の者に道を開けるなど、おそらく此奴はしたことがないだろう。

「右京公。これ以上手荒な真似をしたくはない。なにもせず、ただ立ちたまえ」

「最初からそのつもりですよ。えーと、すいません、御名を殴られた拍子にどこかに落としたようです」

周囲がざわつく。椅子から立つ。すぐに衛兵が私を取り押さえる。両手が痛い。

「衛兵。君らはこの国の人間だったのかい。それとも軍国で手荒なことだけ習ったこの国の次男坊どもか?であれば失礼したね。とはいえ、素晴らしい前例を作ったね。君らは後の世に、初めて殿上に上がった次男坊として」

衛兵たちは何も言わない。徐々に腕を掴む力が強くなる。怒りや憎しみが直接外部に出る。適材適所がうまく機能している。

「若いな。狂の者よ。いや、貴公もこの華貴院の末席にはいる。狂の君とでも呼ぼうか」

雅だな。いい響きだ。

「私の名前を知らないのが、煽りか、はたまた無知なのかはさておき、今貴公に伝える名などない。衛兵たちよ、君たちは英雄だ。案ずるな。とにかく狂の君を獄へ。家人にも幽閉させた旨を伝え、軟禁させろ」

背筋を伸ばし、踵を揃える。

「一つ、よろしいでしょうか」

名も知らぬ老公の目頭がぴくりと動く。

「…なんだね」

「確か。確かです。華貴法典だったか、なにかは忘れましたが、華貴院の規則で軍事行動など特別な事由を除き、華貴院の参内者は、この議場を離れてはいけないというものがあったかと思います」

「そうだな」

「私が陛下の椅子に座ったことは、規則に言う、『特別な事由』に当たるのでしょうか」

老公がむっとした顔をする。

「…ああ。もちろんだ」

「前例はないですよね?ご老公。貴方の御名を存ぜず大変失礼とは重々承知しておりますが、そんな前例を貴公の一存で作ってしまってよろしいのですか?衛兵ども。君らがやっていることは、ご老公が言うには、英雄的行為だそうだが、それはこのご老公が言っているにすぎないよ」

腕を掴む力が緩む。ばっと振り解く。なっ、と一同がそれを見、ただ声を上げるだけだった。

「私はただ、心地を見たかっただけでございます。私はこれ以上、前例を作りたくはないです。禁書区域に誤って入り、本を読み耽ってしまった時と同様に、正式な、慣例通りの対応をお願い申し上げます」

「心地を見たかった、だと?」

「ええ、左様です。私はただ、ここに座り、辺りを見、そして眠ってみたかっただけでございます。このような衛兵や、ご歴々に囲まれ、ましてや議場に混乱をもたらそうとは、微塵も考えておりませんでした」

泰山が、勢いよく、がっと胸ぐらを掴む。

「ではなぜ私を蹴った!しかも、2度、いや、3度もだ」

目が血走っている。

「邪魔、だったからでございます。もしかしてこれも前例がなかったのでしょうか。全く、私はつくづく、前例にないことをしてしまうようだ。これももし、両親が生きていれば:

「もういい。席に戻れ、衛兵とともに、だ。私もこれ以上前例を作る気はない」

お、いけた。

「ご恩赦、ご老公の懐の深さに感謝申し上げます」

深々とお辞儀をする。

「そのご老公という呼び方をやめたまえ、狂の君よ。私は冥道だ」

冥道、聞いたことがあるな。陛下の重臣だったか。まあいい。

「冥道公。感謝申し上げます。では自席へ戻ります」

ご歴々が動かない。邪魔だ。

「失礼。道を開けていただけると。殿上に、これ以上いても良い家格ではございませんので」

やっと道が開く。衛兵たちはまだこちらにこない。後ろを振り向く。

「衛兵よ。私は先ほどから狂の君と呼ばれているのだが、そこに突っ立っていていいのかい?」

ああ、と慌てて私の両腕を掴む。

「ああ、そうそう。冥道公。もう一つお伺いしたい儀がありまして。殿上の前にある柵の装飾は、何調なのでしょうか」

「…席に戻れ、狂の君。沙汰は陛下のご判断を仰いでからだ」

呆れてものも言えないようだった。


両脇に衛兵を抱え、無言で階段を降りる。階段は17段だった。

殿上の柵の前には今だに多くの諸侯が立ち止まっていた。その中には賀茂の姿もあった。

「おお、賀茂公、貴公の言う通り、彼処からの景色は絶景だったぞ。いいことを教えてもらった、有難う。貴公にも雨が、振り出しそうだな」

賀茂の顔色は、梅の花のように綺麗な薄桃色になっていった。襟締の色と漸く合うようになったではないか。周りの諸侯たちの視線は賀茂に注がれる。

「いや、ま、お待ちを。これは狂の者の仕業で」

あはは。笑ってしまう。面白い。

「賀茂公、私は先ほど、冥道公に相応しい名を与えてもらってな。狂の君と呼んでくれ」

全員の動きが止まり、また私に注目が集まる。

「そろそろ、自席にお戻りになられたほうが良いのではないかな?時間通りに会議が始まらないなど、あってはなるまいよ。皆して、慣例を変えるつもりかい?革命なのかい?」

そういうと、怯えた顔をして、散り散りになっていく。賀茂だけが、その場に立ち尽くしていた。

自席に戻るまで全員が私の顔を見ていた。怯える顔、怒る顔、訝しむ顔。それぞれ話したこともない者達だったが、おそらくいつもより顔色がよろしくなく、総じて華美な服装との対比が美しかった。

席に戻っても、周囲のざわつきが凄まじい。衛兵に囲まれながらも、殿上に登った不届者が、普通に会議に出席しているのだから、そんな反応にもなるか。後の席の諸侯には申し訳ない。立ちっぱなしの衛兵がいるのだ。見辛くて仕方がないだろう。

椅子の座り心地は、陛下の椅子と、そこまで変わらなかった。

泰山は顔を押さえ、冥道は陛下の右側の席に座っていた。

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