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血国編 第2話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。


※暴力・政治的描写を含みます。

内裏には直ぐに着いた。寝るにも寝れなかった。

運転手が、がちゃりと後部座席の扉を開ける。

「右京様、到着いたしました」

深々と頭を下げる。

「雨は降ったかい?」

私の問いかけに頭を上げる。

「いえ、残念ながら…」

「そう、なら今日は嫌な日だね」

「…はぁ」

「行ってくるよ。帰りもお願いね」

運転手はまた、頭を深々と下げた。

何段もある石階段が鎮座している。何段あるのだろう。今日は少し数えてみようか。

左右にはゾロゾロと派手なお召し物に身を包んだ、やんごとない方達の姿があった。

2、3

やけにその数が多い気がする。そうか、ただ、私が時間通りに来たからか。

40

濃紺、淡い黄金、鮮やかな緑。色でしか、個性を出すことができない。雨も降らないというのに、綺麗な花のように、自らの存在感を出そうとする。

「右京公。今日は遅れずにくるとは、雨でも降りそうだね」

95まで数えたところで声をかけられた。振り返る。私に声をかける者なんて、そう多くはない。

「…やあ、賀茂公。そうだね、丁度雨が降ればいいのに、と思っていたところだったよ」

98

「…まあいい。聞けよ。今日の議題の、教国の内乱の件、右京公は好きそうな議題じゃあないか?」

106

「そうかもしれないねえ」

「なんだ、釣れない。相変わらずだ。右・狂・公」

いま、絶対に狂の字を使ったな。

120

まったく、わかりやすく煽るな。

「そうだねえ、そろそろ話しかけるのはやめてもらえるかな?今遊んでいるんだよ。東大院公と違って、私は趣味に興じているんだよ。いま131だ。言ってる意味、聡明な賀茂公なら、わかるよね?」

華美な襟締が一層、頭の悪さに拍車をかける。癪に障ったのだろう。顔を引き攣らせていた。

「131?なにを訳のわからないことを。…まあいい。私も右狂公と仲良く参内など、したくはなかったからな。では、また、華貴院にて」

そう言って、賀茂はすたすたと階段を登って行く。灰色の石階段に。加茂の濃紺のスーツが映える。

140

私と仲良くなりたいのか?毎度毎度突っかかってきて。賀茂はちらりとこちらを見て、また前方に目を向ける。まあ、遊んでやってもいい。


165段で内裏に辿りついた。百花繚乱。議場である華貴院には既に多くの人が着席している。半円の奥の直線にはまだ誰も座っていなかった。家格だけでそこに座る権利を与えられた者たち。

…座り心地は、こちらと違うのだろうか。どこからが1番近い?周りを見渡す。

「右京公…何をしている?貴公の席はあちらだが」

知らない顔だ。地味なネイビーのジャケットを着ている。

「ああ。少しね。壇上に用があって」

怪訝な顔、とはこういう顔なのだろうな。

「なにか上奏なさるので?」

「まあ、そんなところさ。と言うか、どんな心地なのかと思ってね」

深い怪訝な顔に、深い皺が彫られる。

「心地、ですか?」

「なんでもないよ。貴方も座られたほうがいい。えーと」

「…泰山でございますよ。貴公が禁書区域に侵入された時の協議で長を務めておりました」

ああ、そんなこともあったかもしれない。

「左様でしたか。その節はどうも。お手を煩わせましたね」

ん?ということは。あの場で長を務めていたのであれば、相応の立場の人間だろう。

「もしかして泰山公は、あちらの殿上にお座りになられますか?」

頭をぽりぽりと掻く。

「ええ、そうですが」

ここに来るまでには雨は降らなかったが、もしかしたら雨をここに降らせることはできるかもしれない…。

「案内、頂けませんか。なにせ、私は禁書区域に侵入し、ご歴々に裁かれた咎人。右の狂の人にございます。ですが、私は狂うてしまうほど、この国を愛しております。ですから、あそこに行かねばなりません。私は、独自の情報網で、ご歴々より、かの内乱について詳しくなっておりましてね。ここにそれをまとめております」

携帯を指し出し、とんとんと叩く。そんなものは、まだない。

「これを是非、皆様に見ていただきたいのです。私が遅参することもなく、此処に来ていることが証左になるかと。どうか、どうかご機会を。狂が狂うでなく、任侠、仁義の者であると、証明したいのです」

ふむ、と泰山の目の色が変わった。

「そうか。貴公にもそのような真心があったとはな、ただ」

疑いの目だ。こういう目には、萎れた花のような目がいい。

「右京公、いや、いいんだ。貴公はまだお若い。かの侵入は看過できないが、若気の至り、ということもある。よかろう。それに本日は教国の議題に多くの時間を割くはずだ。ちょうどいい」

私についてくるよう、顔で指示する。簡単だ。


「あの協議の時には、まだ貴公の真意が読み取れんかった。禁書区域とは知らなかったなどと言っていたが」

泰山がこちらを見ることなく、話しかけてくる。そうだったっけ?

「ええ。存じ上げませんでした。見間違うはずもないのですが、生憎、初めての参内で緊張してしまって。つい、注意書きに注意が向かなかったのです。まさか、そんな区域が華貴院にあるとは露知らず」

横から泰山の視線を感じる。

「父母が生きておりましたら、もしかすると、そう言ったことも教えてくれたのでしょうが」

こういう顔をしておけばいいんだろう?この国の連中は、嘆きと哀れみに対して、情が厚い。

「…そうであったな。私は貴公の父とはよき関係にあった」

へえ、どこまでが本当なのだろうか。

「そうだったのですね。父とはあまり折り合いがよくなく、会話をする機会があまりございませんでした」

彼もまた、私を狂の子と罵っていた。懐かしい。本来の私の序列となる席の通りを通り過ぎる。

ーさあ、殿上だ。雨が、降り始める。

衛兵たちが泰山の姿と、そして、私の姿を見て、背の低い柵の前で仁王立ちをする。いいね。私の情報が須く行き届いている。泰山とやらに出会ってよかった。独りなら立ち往生しただろう。

「泰山公、ご無礼を。…その、そちらの御仁は、右京公かと存じますが。…その、殿上に上がる許可はないかと思います。右京公も、殿上に上げるのですか?」

「ああ、そのつもりだが、なにか、問題でも?華貴院にいる以上、かの者にもここに入る権利がある。なにか…罰則があったかね?」

衛兵たちは少したじろぐ。

「いえ、そのような罰則は記憶しておりません。ですが、右京公には大変失礼なことを申し上げますが、慣例的に、十分な家格がなければ此処に入ることを許されたことは、今までございません。それに、右京公は、その…」

泰山が衛兵の肩をぽんと叩く。

「充分だ。貴様は殿上を守る義務を果たしてくれているな、だが、この者は本日は入れる。今日の議題、貴様も存じているな?」

衛兵たちは顔を斜め上に上げ、背筋を伸ばす。軍国から派兵されている憲兵はつくづく面白い。

「はっ、宗国の動向、教国の内乱に関して、であります」

泰山は頷く。

「そうだ。その教国の内乱に関して、右京公は見識がある。なにせ右の狂人なのだからな。狂うているが故、国の混乱が好物なのだろうよ。さあ、道を開けなさい」

衛兵たちは私たちを通す。しおらしく顔を伏せて通る。笑いを堪えるのにやっとだった。衛兵たちが柵を開く。細いが洗練された装飾が施されている。どの時代のなんなのだろうか。

「して、貴様はどのような情報を掴んでいるのだ?」

柵沿いに歩きながら、両脇についている階段を目指す。衛兵たちが訝しみながら、主に私の顔を見る。なんで、此奴が?といったところだ。

「泰山公、この柵の装飾は、何調なのでしょうか。生憎席次の都合で、これほど近くで、見たことがないのです。かなり古い院かと存じますので」

先を歩く泰山公がこちらに向き直る。

「…右京公。私の話を聞いていたかな?」

泰山の眉間の皺は樹木のようになっている。

「ええ、とっくりと、教国の内乱について、何を知っているのか、でございますでしょう」

こくりと頷く。衛兵達にも緊張が走っているのが、目に見えてわかる。

「有森 礼 初等教育長のことでございます。今は『元』ですがね」

「…で?」

「以上です」

「貴様」

「では!」

泰山の下腹部に蹴りを入れる。ぐぉ、と腹を抑え、泰山は倒れ込む。倒れようとする顔面を目掛けて、蹴りを入れる。初めての感触。鮮血。勢いそのままに飛び越え、階段に向けて走り出す。左目に映る衛兵は密集していてすぐに動けない。

「憲兵たちよ。緊急事態だ。まずは泰山公を助けるのが、先決だろう。軍国の慣例は知らんが、ここは血国。家格と血をなによりも重んじる。であれば、咎人より、まずは高貴な身分の安全を確保しろ」

鮮血を抑えることが、先決。笑いを堪えきれない。議場が揺れる。

おおおおおおおおお

私の笑い声と罵詈雑言、全てが混ざり、一つの不協和音が生まれる。煌びやかな服装の連中が泥水に呑まれるように混乱している。階段へ差し掛かる。なんだ、この高揚感は。階段は赤い絨毯が敷かれている。ここを歩くのは、さぞかし気分がいいだろうな。

「待て、狂の者」「行かせるな」

「衛兵。貴様ら、ここに足を踏み入れる権利など持ち合わせているのか?ここは華貴院。それも殿上だ。私とともに逆賊にでもなるか?この国は身内に優しく、外の者には冷たいぞ」

衛兵たちの動きが止まる。それはそうだ。こんなところで失敗も失脚もしたくはあるまい。

…楽しすぎる。楽しすぎる!

階段をゆっくりと登る。少しだけ息が上がっていた。殿上の上部まではすぐに辿り着いた。下から憲兵たちは来ない。誰も彼も、華貴院の連中でさえも静止を促し叫ぶだけで殿上に上がることを躊躇している。考えることを放棄し、過去に固執する阿呆どもだ。

立派な装飾が刻まれている椅子が並ぶ。殿上の中央には最も背の高い椅子が見える。

「陛下の椅子、か」

せっかく座るのなら、ここに座る他ないだろうな。一つ一つの椅子に指を触れていく。

「衛兵ども、早く中に入らんか!」「この狂人が。やはりあの時断罪せぬから」

「おい!右京公!やめるんだ」

雑音の中に、聞き馴染みのある声をみつけた。声の主を探す、おそらく賀茂だろう。こんな時にも公をつけるとは、呆れてものも言えないな。

「嗚呼、賀茂公か。雨が降ったな。貴様に言われた通り、殿上に登ってみた。やはり、雨はいいな!」

歩みをすすめる。賀茂の周りから人が掃けていく。もう笑いを堪える必要がない。馬鹿どもが。

陛下の椅子の前にたどり着く。厳かな勲章が席には置いてあった。なんだこれ。

ぽいと殿上の外に投げ捨てる。

おおおおおお、とまた奇声と悲鳴が聞こえる。なんか重要なものなのかもしれないな。

ぽん、と陛下の椅子に腰掛ける。こちらに全ての光源が注がれているような気分だ。右から左まで広く見渡せる。眠くなるな。肘掛けに重心を預ける。不協和音は誰が出しているのだと思うほど聞こえてくる。足を組む。普通の座り心地だが、気分がいい。光源で目がしばしばする。

あ、やばい。

これ眠っちゃうやつだなあ。

ー起きたら世界は変わっているかもしれない。

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