表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

軍国編 最終話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。


※暴力・政治的描写を含みます。

魅力的な話だ。私は私を構成する一部を此奴らに差し出すだけで、もう血も流れず、軍国も戦争ではなく治安維持で軍を派遣するのみになる。

「もう既に動いている、この情報漏洩については…具体的にどうするのですか?私は軍国が揺らぐ原因を作ったのです。これは誰かの責任にするつもりはございませんよ」

そうだ、既にもう事は起こしている。にこりと笑う。

「ぜんぶ、記憶のせいにする、という筋書きにするのは手だと思うけれどね」

どこかの広告のような打ち出し方だ。ふっ、と笑ってしまった。

「貴方たちが私から奪った記憶の中に、外部関係者情報網が含まれていたと?それでは、貴方たちが軍国から追われる。私だってどうなるか、わかりませんよ」

「それこそ、先に貴様が言ったじゃないか、私たちには赫山とのパイプがある。おいそれと私たちを殺しはしない。それになにより、私たちの情報は誰かを殺すことはもちろん、生かすこともできる。そんなのを、あの赫山が面と向かって相手にすると思うか?」

確かに。方丈の言う通りだ。閣下はどちらかというと慎重だ。此奴らがいなくなる不利益も当然考えるだろう。

「成程。では、私はどうなるのですか?」

「貴方は充分国に尽くしたことになるだろうよ。各国の要衝を完全に頭に叩き込んでいるのだからね。ただ、何度も言うけれど、その時にはもう、今のような視点から物事を見れなくなる。積み重ねた過去の形が当然に変わっているからね」

「軍人として、軍国として、正しいのかどうかの判断は、些か難しいですね」

「それは今貴方がやろうと、いや、既にしていることと同じだろう。何が正しいのか、国に判断を委ねる。問う。それ自体が貴方の当初の目的だと認識しているよ」

「軍人というのはある意味、楽な職業だと私は思っていてな。上からの命令に絶対遵守。それが誤っていようが、間違っていようが。階級が上がれば、その分責任も重くなるが。基本はトップダウンの完全な指揮命令系統が存在する」

方丈がポツリと言う。どこか懐かしさを覚えているような顔だった。

「その軍という完全な組織の在り方を変え、問うというのは簡単ではない。貴様はよく1人でやったな。だが、1人でできることには限界もあろうよ。外で待機している貴様の部下や、同僚ですら力不足だ。私たちを頼れ。有栖。貴様が死なぬよう、この国に問え。何が正しいのかを」

方丈のその目は、どこか許しを与えるような目をしている気がした。

最早、天秤にかける時間は終わっている。あとは、私が何を選び取るか、それだけだ。

死にたいとも生きたいとも思わなかった。ただ、この国が正しい方向に進めば良いとだけ、思っていた。

「少し、時間を頂けますか?」

「ああ。貴様の気が済むまで悩むと良い。私たちはどれだけでも待てる。貴様が表裏競売に出した情報も、今は一旦、顧客からは見れないような設定にした」

空蝉が頷いた。

「そもそも競売開始からは日が浅く、アクセス数も多くはなかったので、その点はご安心ください」

用意周到だ。此奴らは私を取り込むことしか、考えていない。私の記憶が此奴らのものになれば、私は大局観を失い、そして、此奴らが私の『モノの見方』を得るー。

なぜ、私がこのような視座を持っているかなんて、過去の積み重ねでしかない。数々の戦場、会議、学習、会話。それを欲しいと思うなんて、少し誇らしい気がしてしまうな。

空蝉が正しい姿勢で、正しいタイミングを見計らって席を立つ。お茶を淹れに行った。手に取るようにわかる。方丈は正しい位置を見ながらぼうっとしている。そう、そこに高松達は配置されているだろう。泡沫だけはまっすぐこちらをにこにこと見ている。正しい。情報を得ようとしている。此奴らは私なんかよりずっと正しい。すべて、正しい…そんな気がした。

「わかりました。私の記憶を差し上げます。但し、なにかを乱すようなことには使わないと、ここに誓って頂けますか?」

全員の顔がこちらを見る。空蝉は食器の音を少し立てた。

「いいんだね?」

泡沫が確認を取る。

「ええ。この後の私の全てを貴方たちに委ねます。本当はもっと必要な情報を頂ければとは思いましたが、大丈夫です」

「そうか。ありがたい」

そう言って方丈はすぐに目を見ていた場所に戻す。

「私の部下たち、どうしますか?数人、すでに周辺で待機しています」

ふむ、と泡沫は考え込んだ様子でいる。

「そうだね、彼らは言ってしまえば契約の対象外だし、お引き取り願おうか」

「わかりました」

『十二 解除』

内匠に連絡する。

「よし、じゃあ貴方のその大局観」

自分の唾を飲む音がこれほど大きいとは思わなかった。

「頂こうか」

空蝉が鞄から錠剤を出し、私の目の前に置く。

『了解 大丈夫なんだな』

内匠からの連絡を見る。大丈夫かどうかは、わからない。

『ああ、多分』

「これを飲んで頂戴。なに、毒なんかじゃないさ。記憶を頂いた後、直ぐに情報を提供しよう」

錠剤は何の変哲もない、毒と言われても薬と言われてもわからないモノだった。

「…では、その資料、私の名刺のアドレスに送って頂けますか?ふふ、ではまたあとで。情報屋さん」

名刺を渡し、薬を飲み干す。視界が混ざり、狭まっていく。

トリップとはこういうものなのだろうな。

暗く黒い視界が私を待っていた。


目を覚ますと、大きすぎるベッドに横たわっていた。あ、もう目が覚めたんですね、と空蝉が声をかけてきた。ベッドから起き上がる。いまは…何時ですか?と聞く。空蝉は、16時だと答える。少しだけぼうっとしている。空蝉が部屋の扉を開け、出ていった。

『そろそろ戻るよ。色々とわかった』

内匠にだけ、連絡を返しておく。情報屋から、資料は確かに届いていた。記憶を差し出したとは言え、私の何が変わったのかはわからない。が、これで取引は完了したのだろう。

資料の中身を見る。最初の頁には軍国の名が記されていた。右傾化。国内に反乱分子の存在有。国内外の情報網を活用し治安維持に当たる。憲兵による治安維持に市民の不安不満増。報道傾向に偏り有。最高学府 皇国大学からの進学によって人員を維持。

国外にも出ている内容の他、通常だと知り得ない情報も列挙されている。

他の国も、到底私が普通に仕事しているだけでは知り得ない情報がそこにはあった。


「有栖、いいか?」

方丈が声をかけてきた。時間は17時を回っていた。酷く集中して読んでいたのだろう。時間の感覚など、なくなっていた。

「あ、ああ、失礼いたしました。ええ、大丈夫です」

腰掛けていたベッドから立ち上がった。

「そろそろ退勤の時間だろう?戻って色々報告をする時間なんじゃないかと思ってな」

確かに。定例の時間になる。…戻らなくては。

「それと、これ。私の連絡先だ」

方丈から差し出された紙片を受け取る。わざわざ直通の連絡先を?

「…情報屋というのは、こういう痕跡を残さないものと思っていましたが」

あはは、と方丈は笑った。

「まあな、数日おきに連絡先は変えている。この連絡先はあと1週間ってところだろうな。ただ、都度貴様には変更した連絡先を伝えるよ。私は気に入ったんだ。それに、恐らく貴様から消えた記憶は、確実に貴様の首を絞める。何か困ったことがあれば連絡をくれ。アフタフォロー、というやつだ」

なぜかわからないが、私は方丈に気に入られたらしい。

「赫山にもよろしく伝えておいてくれ。とは言え、ややこしいことになるから、伝えない方がよいかもしれないがな」

ふふん、と笑って背を向ける。

「泡沫が話があるそうだ。この後の流れを話すらしい。準備ができたらこっちにきてくれ」

そう言って扉を閉めた。ふぅ、と息をつく。

身の回りのものは全て、ベッド横のテーブルの上に置かれていた。

全く、準備がいい。荷物を取り、扉を開ける。


「随分遅かったね。また記憶と気を失ったのかと思ったよ」

情報屋ジョークだろうか?全然面白くない。

「資料を読み耽ってまして。失礼いたしました」

泡沫は少し驚いた顔をした。

「いや…記憶奪われてすぐにあんな重たい資料読んでたの?すごいな…内容、頭に入ってる?」

そんな副作用が出る薬を飲ませたのか。確かに目を覚ました時、空蝉も、あら?なんて言っていた。

「多少は…頭に入りました。おかげさまで」

「そ、ならいいや。じゃあ今から私が話す内容もしっかりと叩き込んでね」

泡沫が話を始める。要約するとこうだった。

・情報の流出元は私であったこと。情報屋から契約以上の情報を抜き取られていたよ

・再度取引を持ち出し、私の記憶と引き換えに、情報網の全容と主要各国の情報を得たよ

・情報は流出しておらず、取引の材料として意図的に安否が確保できない状況を情報屋が作った

・それが終わり、私は今戻ってきた

ここまでは閣下に伝える内容だった。

・部下や内匠にはその内容を伝えず、情報屋を活用し、事件が解決したとだけ伝える


筋は通っている。大枠も理解できる。

だが、その先がない。理解がこぼれ落ちていく感覚。

「赫山から何か聞かれたら、さっき渡した連絡先を使え。此奴を粛清したら、全ての情報が流れる、とでも言って脅してやる」

意気揚々と方丈は言った。心強いと同時に冷酷さを感じた。

出てきた念書にサインをした。これは先にやることじゃないか?と思ったが、今になっては意味がない。

「じゃあまたね」

泡沫はそう言ってホテルの扉を閉めた。

また?もう一度貴様らに会うなど御免だ。自分の無力さが鮮やかに映ってしまう。

これが良かったのかはわからない。だが、正しい方向に国が向かうのなら、それでいい。

辺りは薄暗くなっていた。こう言う時は夕焼けだろう。準備が悪い。

閑散とした街並みを1人で向かうのが、なぜか苦しい。

同期の誼だ。内匠に連絡をしてみた。

繋がらない。そんなものかと、私は歩き出した。

軍国編 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ