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軍国編 第5話

※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。


※暴力・政治的描写を含みます。

ー国を守る。私の希望はただそれだけだった。兄たちも、父も、祖父も、皆、軍人となり、正義を執行するために、戦い、そして死んでいった。当然の想いだった。ついに私の番が来たと思った。分岐戦争の余波は30年以上経った今でも、争い、諍いはごく稀に姿を表す。初めて一参謀将校として立った戦場は、暴動の鎮圧だった。外部協力者からの情報提供によって、反乱分子が特定され、一個師団が投入された。「我々の任務は一個師団を運用し、人的、物的資源の損耗を最小限に抑えて作戦を成功させること」そんな事を言っていた上官は、どんどんと反乱分子を、そして兵士を殺していった。結果としては鎮圧。反乱分子は殲滅された。軍国の人的被害は、公表されなかった。隣で指揮を取る上官を見ていた。無謀な作戦、無駄な手順のない、参謀として正しい作戦を立案していたと、今でも思う。

ーでも、たくさんの人が死んだ。

戦争は、国は、軍は、誰かの犠牲の上に存在する。参謀本部作戦課では、小競り合いが続いていた、神国と血国の武力衝突に介入し、それぞれの領地を占拠する作戦の指揮を取った。以来、両国は協定を組み、無駄な血は流れなくなった。完全な成功ではなかったけれど、被害を最小限に抑えたつもりだった。

ーでも、たくさんの人が死んだ。

正しい作戦。正しい戦争。正しい指揮。そして兵士たちの正しい死。犠牲。それらを見てきた私には1つの疑問が浮かんだ。

ーー私と言う人間は、果たして正しいのか?

局長待遇で内部監査を行った。情報漏洩。戦闘中の規定の逸脱。お堅い仕事を淡々とこなした。時には処断した。何人もの顔が未だに脳裏に焼き付いている。

ーーこれは正しいのか?

私は、客観的に見ても優秀な部類だとは思う。事実、昇進も続いている。つまりは、軍国内では正しいとされていることを、こなせているということだ。

ーでも、人を殺した。

国のためと思って働いても、どこかで血が流れている。己の正しさのために、誰かが涙を流している。

正しいとはなんだ?私はそれを軍国内に問うために、行動を起こした。

このまま、正しい手続きの下、正しい判断でことを起こすより、もしくは、内乱を起こす、誰かを引き摺り下ろして権力を得るより、時間がかからない。

安否確認ができない者たちは現在、私の保護下で、そして監査局の保護対象として万全を期している。他の者たちにも、連絡はすでにとっている。

このタイミングで事を起こしたのは、教国で革命が起こり、軍国もその鎮圧と情報収集に躍起になっていたからだ。要は都合がよかった。私は処罰を受け、恐らく、死ぬ。

その後雲隠れした情報提供者たちがぽろぽろと名乗り出るだろう。だが、私は既に墓の中。軍国は揺らぐだろう。何が、正しいのかー。

その一点を、祖国を憂う想いだけが、そこに残り続ける。

「だから、この紛れもない想いを貴方たち情報屋によって、この記憶のどこかを消してもらうわけにはいかないのです。今、周辺に配置した私の部下は、突入の瞬間を待っています。是非、私を引渡し、軍国に情報を漏洩した裏切り者として売り飛ばしてください。赫山元帥とも親交のある方達だ。安全も保証されるでしょう」

3人とも、なにも言わず、ただそこに座っていた。

「凄いねえ。いろんなことを考えている。それも深くまで」

泡沫は、さて、どうしようか、という顔をしている。

「なぜ、そんなに楽しそうなのですか?」

「楽しいよ。方丈の予測も外れるなんて、中々ない、というか見たことがない」

方丈はその言葉を言われた瞬間、ぷいと顔を背けた。

「じゃあ、私も腹を割って話そうか。貴方の記憶の、何が欲しいか」

「何度もお伝えするようで大変申し訳ないですが…、何も貴方たちに奪われるような中身はないですよ?ただその辺の軍人より、多少仕事ができる程度だと、思っています」

本心だ。周りの軍人と少し違うのは、この結論を出したという、その1点だけだ。

そろそろお開きにしたい。携帯の画面にはすでに内匠宛ての『一』という文字が表示されている。あとはもう送るだけだ。

「私が欲しいのはね、その大局観だ。その視点がほしい」

視点…?

「そう。人間は自分の手元にない物をほしくなるだろう?私の場合、今はその大局を見るその目が欲しい。貴方の過去に指揮した作戦、政治的な動き、そして、今回の一連の騒動。全てが合理的で無駄がない」

そうかもしれない。そのせいで死んでいった者、全てを失った者もいるが。

「それはどうも。勿体無いお言葉です。が、とはいえ、頭の回転や、問題解決能力で言うなら方丈さんには遠く及ばないかと思います」

あはは、と喉奥まで見せて笑った。方丈はまだこちらを向かず外を見ていた。とん、とん、と人差し指を一定の間隔で頬を人差し指で触れていた。

「それは全く違う土俵の話だよ。とにかく、私はその記憶が欲しい。だから貴方には、それに相応しい対価を提案しようと思っていたんだ。とはいえ、その対価が、貴方の持ち物だったとはね。それじゃあ、対価にはならない」

煙草をもう一本、シガーケースから取り出した。

「まあ私の持ち物ではないですが、取引の材料にはなり得ませんね」

グラスに水を注ぎ、匂いを嗅ぐ。一滴だけ舌に乗せようと思ったが、気分が乗らない。普通に飲んでみた。毒味をせずに水を飲んだのは、学生の時ぶりだった。

「だから交渉の材料を探すよ。貴方については、今日まで色々と調べてきたからね。一寸だけ、時間を頂戴」

私の記憶は他人の尺度で測られるものではない。

「…じゃあ、煙草も一本いただけます?」

すっと資料を見ながら泡沫から煙草とマッチを受け取る。異物がゆっくりと口の中、喉の辺りを通り、肺に到達する。身体が小声で悲鳴をあげる。煙を吐く。この快感はいつぶりだっただろう。燻らせた煙は空気に溶けて見えなくなっていった。

「貴方はこの国を心底愛しているようだね。だからこそ、自分が犠牲になってもいいと思うようになった。数々の戦場を、兵を、そして死を見た。それも敵味方関係なく」

そうだ、こくりと頷く。

「これは正しいのか、正しくないのか、疑問を呈すために、貴方はその命を賭ける」

その通りだ。煙草は芳醇な香りを煙で教え続けていた。

「私が貴方に伝え、交渉材料になり得る情報は…2つだ。それで貴方に交渉のテーブルについてもらおうと思う。もし決裂したら…まあ諦めるとするよ。粘ったって時間の無駄だからね」

「ええ。そうですね」

この時間すらもはや無駄なのだが。

「貴方が起こした行動による死者の数、そして、貴方がもし、この行動を起こしていなかった場合の死者の数。あくまで予測だし、既に貴方は予測しているかもしれないが、こちらが持っている情報を扱って、その精度を上げよう」

間が空く。

「そして、人的被害の最も出ない、正しい戦争のなくし方。これは方法論だけれどね。策を授けれると言ってもいい。参謀本部の監査局の局長クラスだと少し場違いな命題かもしれないけれど、貴方なら、いいだろう」

そう、きたか。

「…具体的には?」

泡沫はにやりと笑った。

「ここからは、本来なら有料プランの範疇なのだけれど。まぁ、いいや。こうでもしないと貴方の決意は揺らがないと思うから、特別にお話ししよう」

空蝉が、すっと灰皿を差し出した。灰はかなりの長さになり今にも溢れ落ちそうだった。

ああ、どうも、と言い、灰を落とし、吸う。

「貴方が何もしなかった場合、要は際限なく小競り合いやら紛争、暴動が起きたとすると、5年で10万は死ぬだろうね。年間2万人。そして重軽傷者もそれなりの数になる。病院も怪我人と、ご病気の方々で溢れ返る。本来受けられるはずの治療が受けられない人も出てくるだろう。となると、間接的に影響を受けてしまう人たちの数も相当見込まれる。PTSDの患者だって出てくる」

想定の数と、ほぼほぼ同じだ。過去10年間の統計を取れば、そうなる。

「次に貴方が事を起こし、軍国に疑問を呈した、この後の世界の話だ。軍国の在り方そのものが変わる。周辺国から見る目も変わる。そこに乗じる者もいる。正直為政者たちの判断によって、その反応はまちまちだと思う。だが各国の情勢として所謂右派、それも極右が台頭してきているからね。軍国の揺らぎは大きな波紋になって、それはこの連邦国家全てを覆うよ。ここに」

パンと束ねられた資料をテーブルに置く。

「ここに各国の政治情勢、国民感情の総評とがざっくりと記されている。一概には言えないけれどね。このままいくと40の国家の内、右派が台頭する、もしくは既に台頭している国は30以上。その内極右は、現在でも…7は固い、といったところだ。このまま連邦内に多くの極右勢力が台頭し、軍国がばたばたしている内に、混乱が1年以上続けば…」

ここまでの情報と予測…。資料を取ろうとするとテーブルの反対から手が伸び、私の動きを静止した。空蝉だ。にこりと会釈だけする。

「死者は今後10年間で50万は出るだろうね。勿論、軍国内の指針がすぐに纏まればその限りではないし、貴方は恐らく、手を回しているのだろう?でも、そうはうまくいかないよ。私たち情報屋がいるからね」

「…というと?」

「簡単な話だ。どこかが揺らげばそれを狙う勢力がいる。その勢力は情報収集に勤しむ。そして、私たちのもとに、その声が届く。対価さえ払えば、私たちは客を選ばずに情報を流すからね。あ、これは脅しじゃないよ。あくまで私たちの仕事の、話だ」

此奴らの存在は、私にとってのイレギュラーだった。こんな存在、想像も想定もしていない。

私の顔に怒りの色が見えたのを、泡沫は見逃さなかった。

「それ以上に軍国が私たちの顧客になってくれればいいとは思うけれどね。貴方個人が顧客になってくれても構わないのだけれど、ま、とは言え私たちは誰かの敵でも味方でもないんだ。空蝉、手を退けて差し上げろ。有栖さんには、これを見る権利がある」

空蝉はスッと手を戻した。

「失礼いたしました。お許しください」

少し手を震わせながら資料を手に取る。びっしりと各国の政党、議席、主張、報道、世論までが記されている。全40ヶ国分。何者なんだ此奴らは。

「最後に戦争のなくし方。簡単だよ。各国の要衝のシステムを全て壊す。突かれたら痛い場所は既に把握しているからね。それに反政府組織の潜伏先、構成員、人数、世論を形成する指導者などなど。此奴らを全員檻の中にぶち込めば戦争もなく、死もなく、平穏がこの連邦に訪れるだろうよ。もちろんその後の報道はこちらでも支配管理できるからね」

煙草を美味そうに吸う。

「ただ、それが貴方にとっては『正しいこと』ではないかもしれないけれどね」

「有栖、記憶を寄越せ。私たちが頂くのはその大局観、物の見方のようだ。貴様がそれを失ったとしても、軍国の要職として、私たちの力を借りながらでも、貴様の正義は執行できる」

方丈は真剣な顔をしていた。

「そうだね。個人的には我々とは末長く協力関係を築いていきたいと考えている」

方丈とは対照的な笑顔。その笑顔が怖かった。

「さあ、判断を」

煙草を灰皿に押しつける。もう一本吸いたいと思った。

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