軍国編 第4話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
「もう着きますよ」
空蝉、が初めて口を開いた。車はその速度を落とし、ゆっくりとホテルの前に止まった。軍国の中でもいいホテルとは言えない程度のホテルだった。離宮テラスホテル、か。
「私は車を戻してきます。先に、部屋に戻っていてください」
停車してから、空蝉が話かける。
わかった、とだけ泡沫は言い、勢いよく扉を開けた。
携帯には何件かのメッセージが入っていた。内匠から3件、高松、花宮からはそれぞれ1件。
「返信をしても?軍務でして」
「ああ、もちろんだ、特に止めてもいなかっただろう。いちいち許可を求めるな。貴様軍人みたいだな」
ジョークか?私は軍人だが?
「ありがとうございます」
『大丈夫か?』
『離宮テラスホテル 花宮高松 配置を 十二』
花宮と高松か。
『54名の内、10名の交友関係は洗いました。該当しそうな者はおりません。取り急ぎ経過だけお送りいたします』
『情報局付の職員と合流。情報網内50名へ連絡いたしました。40名は避難完了、10名とは接触できておりません』
『内匠の指示に従え 十二』
彼奴らに伝えるだけならこれだけで足りるだろう。
「打ち終わったかい?大変だねえ。で、部下たちにはちゃんと伝えられた?」
「ええ、おかげさまで。こう見えて色々と仕事が溜まっておりまして。助かりましたよ。仕事も進めることができて」
「別に配置だけじゃなく、部屋番号も教えてあげればいいじゃないか、確か1201号室だよ」
方丈、こいつはどこまで見えているのだ?
『1201号室 疑い有り 十二』
ホテルの中に入る泡沫と方丈についていく。本当に拘束もされず、一般客として。
客はそう多くはない。観光地もなければ、商人たちが出入りするには遅すぎる時間帯。幾つものソファは役目を果たさず、ただの飾りに成り下がっていた。レセプションには2人いた。
背中の後ろで人差し指を立て、2、2、5、1と小さく合図を出す。レセプションは即座に、そしていつものように動き出した。内匠の軍国管理番号を伝えた。これで、一応内匠も裏は取れる、私がここにいることを。それにしても…ここが軍国直営のホテルだと知っているはずだ、なぜそんな場所で私と会話しようとする…?エレベーターホールの前では2人は暇そうに会話していた。
「エレベーター待ってる時って何話すべきだと思う?」
「さあ、なんでもいいんじゃないか?」
「方丈ってさぁ、つまらないよね。もっとこう、コミュニケーションを取ろう、とかないの?」
「私は無駄話に付き合うのは嫌いなんだ」
エレベーターがつき、扉が開く。2人出てきた客を先に通す。
「そうかい、私はねぇ、そういう誰か知らない人が降りてくる可能性があるから、恥ずかしい話とか、聞かれたくない話をしないようにしているよ」
泡沫というやつはあまりに呑気だ。乗り込む。
「で、扉が閉まって、知らない人がいなくなった瞬間に、くだらない話をすることにしているんだ。何階だっけ12階?」
「12階」
12と書かれた釦を押し扉を閉める。
「ありがと」
ゆっくりと扉が閉まる。それは扉が閉まり切った瞬間だった。
「お前、外部関係者情報網、流しただろ」
泡沫がゆっくりとこちらを振り返る。緊張が背筋をゆっくりと摩る。
「何を、言っているのですか?」
「別に。くだならい事実を言っただけだよ。有栖 宣参謀本部監査局局長」
「すまないな。嘘をついた、みたくなって。もう漏洩元は割れていたようだ。そうか、貴様だったのか」
「何をわけのわからないことを。それに、何度も言いますが、私はそんな情報、存じておりません。私がそのよくわからないものを競売にかけたと、どうしてそんな戯言を」
「エレベーターの中で何を話すかも大事だよねえ。あ、そろそろだ。部屋に着いたらだ。スイートルームだからゆっくりと寛いで頂戴」
鋼鉄の箱は12階で止まり、扉がゆっくりと開いた。檻から出された気分だった。
額の汗は止まらなかった。動悸が早い。清潔で荘厳な廊下の装飾に吐き気を催す。
この階に着いてから、まるで護送のように空蝉が私の背後から注意深く私を睨む一度取りをするようになった。胸ポケットの拳銃がいつもより重たく感じた。
カードキーを翳し機械音が小さく鳴る。
部屋の中にも廊下が続き、徐々にその広く、贅を尽くす様な景色に呆れた。ここで、詰問、いや尋問をするというのだろうか。わざわざ華美な場所を選ぶ、此奴らの気がしれない。
窓の外は、高い建物の少ない軍国を見下ろすことができそうだった。
「座ってよ、有栖局長。適当にね。何か飲み物はいるかい?」
「…であれば、水を」
「水ぅ?つまらないなぁ、本当に軍人じゃないか。いいお酒もあるはずだよ?ねえ、方丈」
「あるね。まあ強要するもんでもない。毒を盛られるとでも思っているかもしれないしね、私なら同じことをする。泡沫は、何飲む?」
方丈はすたすたと歩いていき、視界の端から消えていった。
「うーんそうだねえ。じゃあ麦酒にする、あるっけ」
方丈は無視した、
「飲みものが来るまでちょっと待っててね」
「…はあ」
…先ほどから一向に此奴らが何をしたいのか、わからない。脅すでも、言質を取るでもなく、ただただ、もてなされる。記憶を奪う、そのための交渉材料を引き出しやすくしているのか?
「なんか話さない?」
泡沫は手にその端正な顔を乗せながら暇そうな目を私に向ける。
「なんか、と言いますと?」
「ええ〜なんかだよ。なんでもいいよ。もう勿体ぶる必要もないし」
「表裏競売を運営しているんですよね?みなさんは」
泡沫の目が少しだけ生気を取り戻した。
「うん、そうだよ」
「なぜ、そのような商いを?」
目線が上を向く。
「そうだねえ。自ずと情報が入ってくる環境にいたってのもあるし、情報は金になるから、ってのが、一応、建前として言っていることかなあ」
方丈がゆっくりと、盆を片手に持ち、飲み物を持ってきた。麦酒、葡萄酒、そして水。水とグラスを私の前に差し出した。
「毒が入ってるか、見るんだろう?どうせ」
全てお見通し、というわけだ。
「…習慣とは怖いですね。ありがとうございます」
「すまない、水を差してしまった、どうぞ」
麦酒と葡萄酒をそれぞれの目の前に置き、方丈も座った。いえ、と首を振ってみる。
「本音は?」
「ふふ、それを知るには高くつくよ?情報は金になるからね。じゃあ乾杯といこうか」
そう言って、缶麦酒を高く掲げる。
「乾杯」
そういって一気に、品もなくごくごくと飲み進める。方丈はなにも言わずに、ゆっくりとグラスを揺らしながら、一口葡萄酒を口に含んだ。私は水を飲む気にならなかった。
「…私をここに連れてきた目的は、なんですか?別に、あの喫茶店で私に伝えることだってできたはずです」
「そうね」
「そうだねえ」
2人は興味がなさそうな相槌を打つ。
「まして、そのなんたらという情報網を私が盗み出し、競売にかけた、などという根も葉もない話が仮に本当だったとして、ここでは厚遇?なにが、したいのですか?」
率直な質問、裏も表も、そこにはない。
「そうだね。別にあの情報の出所がどこであるかなんて、私たちにとっては些細なことだよ。さっき言ったじゃないか、くだらない、事実だと」
こくりと方丈も頷く。私はごくりと生唾を飲む。くだならい?軍国の情報網が漏洩すれば、全ての情報共有が停止する。作戦も中止、凍結。この国にとって重大な損害が出る。
「私が欲しいのは君の記憶。ただ、それだけだよ。なんの記憶が欲しいかは言わない。ただ、少し、今の貴方が、貴方でなくなるくらいだよ」
私が、私ではなくなる。
「と言うと?どう言う意味です?」
ふふん、と鼻を鳴らした。丁度、扉が開いた音がした。運転手が帰ってきたのだろう。特に何を言うこともなく、この部屋の雰囲気に溶け込んでいる。
「今まで貴方が積み上げてきた物を、少しだけ崩す。よくジェンガで説明するのだけど、例はいるかい?それとももっと、軍人ぽい例の方が?」
記憶は過去の積み重ね。その積み重ねがなくなるなら、今までの自分とは異なる人間性にもなり得る、ということか。
「いえ、結構。意味はわかりました。ですが、やはり、その記憶を貴方たちに差し出すのと、情報網とでは、釣り合わないかと思います」
ふーん、と興味深そうに泡沫は私を見つめる。
「物分かりがいいのは結構。手間が省けるからね。で?その釣り合わない、というのはどちらの意味で?」
どちらの意味…?そんなもの決まっている。
「そんな、よくわからない情報網の流出先を解明することのほうが、軽いと言うことです。私の記憶には多くの機密情報が含まれます。それに…ここで出会った者たちとの記憶も奪われると?愛国心も?私は、今の私が好きです。ですから、この取引に応じることは、できません」
おー、と言う顔をする。喉が渇く。
「へえ…ねえねえ、方丈。本当に此奴、漏らしたよな?情報」
方丈は真顔で私を観察している。
「…ああ。それは間違いない。貴様、これを赫山にリークすることも、私たちにはできる。内匠にでも」
方丈は、眉間に少しだけ皺をよせる。
「あまり動揺はねえな。なんだ此奴。忠誠、愛国心、博愛、正義感…。見えねえなあ。面白い」
多分、此奴らが持っている情報の全容は、なんとなくはわかった。
「意図的に流したな、貴様」
お、いいね。
「だが、何のために、立場も名声もこの軍国にあるだろう」
方丈は鞄から、書類を取りだす。そして読み上げた。
「有栖 宣。軍国参謀本部 監査局 局長 皇国大学主席卒業 卒業後から参謀本部に所属。
新進気鋭の若手旗手。分岐戦争後、最も若くして局長に成り上がった者。慎重。秘密主義。野心的。保守…」
滔々と私の特性、経歴を述べる。どれも、正しい。
「昨年から妙なところに出入りして、情報をかき集めている。表裏競売もその1つ。売買記録は直近の情報網。何かの初版本程度か。それに闇市場にも出入りしてる。購入品は、ここでも本か。これはログに残っていない」
方丈は資料を読む手を止めた。
「泡沫、此奴。本当に交渉の余地がないかもしれない。確かに此奴は情報網を売った。実際に失踪者も出ている。自分にも疑いの目が向く。私たちが1日で真相に近づいた。恐らく軍国の精鋭たちも、その内、どこから流出したのか気づくだろう。でも、それでいいんだ」
へえ、そこまで、この情報から正確な答えが導き出せるのか。
「お前、何がしたい?」
素晴らしい…気づいた時には拍手をしていた。
「方丈さん、貴方、相当に賢い方ですね。いつ、なぜ、なにを、わかったのです?」
別に、と小さい声で前置きした。
「別に、貴様が私ぐらい賢いと仮定して、だ。こんな誰かにすぐに見つかるやり方をするだろうかと思ってなあ。権力欲で、赫山如きを引き摺り下ろしたいのかと思ったが、そうでもなさそうだしな、貴様」
確かにそうですねー、と言いながら空蝉が興味なさそうに冷蔵庫の方へ向かって行った。
「愛国心や軍人特有の連帯感からきているのかとも思ったが、そもそも国を売ってる時点で、一般に想定される愛国心でもない…。記憶を奪われた方が自分にとって不都合だと判断したように見えた」
素晴らしいな、此奴、本当に天才じゃないか?
「さぁ、何のことやら」
私の思いなど、誰も気づかなくていい。知らなくていい。
この記憶は私だけに留めておく。
「元々誰かに自分の罪が暴かれることを前提にした行動…反英雄的行為。外部関係者情報網を流して得られる結果は軍国の情報網の破壊、もしくは軍事行動を他国に知らせること…」
ぶつぶつと、方丈は尻すぼみに声を小さくしていく。泡沫はそれを見て、にこにこと笑っていた。この3人の関係性は少し見ただけではわからない。
「軍国の協力者は他国にも多く潜伏している。明るみに出たら、そこには…混乱…軍国権威の失墜、政治的な空白が生まれる。でもその時にはもう貴様はいないだろう」
…正解。私はいない。ふふ、と笑みが溢れる。
「成程…優しいな、貴様は」
少しだけ、確信はなさそうに呟いた。
「お、何かわかったのかい?」
煙草に火をつけながら、泡沫は聞く。空蝉もその隣にちょこんと座った。
「ふむ、わからん。ただその中でもわかったことが…多少はある。此奴は、疑問を呈しているのかもしれない。この軍国は、このままでもよいのか、という疑問をだ」
疑問を呈する。これ以上だんまりを決め込んでいても、仕方ないか。此奴はいずれ、正解まで何れ辿り着く。
「方丈さん、お話しできる範囲で、お話しますよ。貴方の聡明さに、改めて感服しました。その頭脳にお応えいたします」




