軍国編 第3話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
「記憶…ですか?」
私は軍事機密に触れすぎている。おいそれと承諾できるはずがない。
「ああ、私の連れが、貴様の記憶を欲しがっている。なんの記憶なのかは知らんよ。私はただの代理人なんだ」
「なぜ、私なのですか?」
「知らん。何かあるんじゃないか?とまぁ、その記憶と引き換えに、貴様は外部関係者情報網の流出元を知ることができる。とは言っても、ログの解析にはもう少し時間がかかるけどね」
時間がかかる。
「それは、どれくらい時間がかかるのですか?」
その時間によっては、こちらで調べたほうが早く辿り着く。いや、というより証拠を見つけられる。
「知らんよ。ただ、数時間もあればわかると思うよ。私たちは阿呆じゃないからね」
ウェイターが方丈の分の珈琲を持ってきた。ありがとう、と小声で言う。
「成程、それは早いですね。ですが、方丈…さん達運営が、顧客の情報を売ると言うのは、売り手の信頼を損なう可能性もあるんじゃないですか…?」
珈琲を飲みながら、私の目をじっと見る。
「まぁ、そうだね」
ティーカップを置き、深くソファにもたれる。
「でも、貴様らが捕まえるだろう?」
確かに。そんな事実がなかったこと…にすれば、特段なんの問題もない、ということか。
「競売は単なる我々の娯楽というか、趣味みたいなものだ。私たちの本業は別。私たちがしっかりと選んで、どの情報を誰に売るのかを決めている。今回で言うと赫山もその候補の1人だね」
…閣下も対象か。
「ん?どうしたの?どこか不安げな顔色のように見えるけれど。赫山に情報が行くのは、不都合かな?」
…何も言い出せない。
「まぁ軍人は出世欲の塊だ。私も見てきたからよくわかるよ。よく考えてみて。連絡先は渡しておくから。ただ…そうだな、1時間で決めなよ。続々と情報網を買い叩き、葬ってる奴らがいる。それに貴様らも身元の安全を確保しているだろう?該当者が減っていくと情報の価値も落ちていく。じゃあ、以上だ。今ここで条件を呑まないなら帰りたまえ。この後赫山にも同じ話をここでしなければならないからね」
…1時間。次は閣下も来る。漏洩元が閣下にわかってしまう。ここで実績を作っておきたい…か。
方丈は珈琲を飲みながら、ぼうっとしている。こんな奴に決断を迫られている…。
私の記憶を、一体どうすると言うのだ。見当もつかない。ただ何かを思い出して伝えるだけではないだろう。対価として、成立していない…。此奴らが何者なのか、知る必要が、ある。
「わかりました。条件を、呑みます」
お!という顔をする。癪に障る。
「本当かい?まあ貴様ならそうすると思ったけれどね」
徐ろに携帯を取り出し、電話を掛ける。
「取引に応じた。迎えを寄越して」
それだけ伝えて、電話を切る。
「即断即決。いいね。貴様の中で、何を天秤にかけたのかはわからないけれど。珈琲をゆっくり飲む時間はないと思うから、急いで飲んで。先に会計だけしてくる」
方丈は席を立つ。
『いつものカフェを出る。車。私を尾行 指示まで待機』
内匠に連絡する。彼奴のことだ、おそらく状況は理解するだろう。珈琲の温度は少しだけ温くなっていた。記憶と等価交換というのは未だに理解はしていない。でも、外部関係者情報網のことを知っている奴らだ。私の記憶になにかできる、ということは想定せねばなるまい。できる工作はしておくに限る。
『了解』
すぐに返信が来た。これで万が一の事態が起きても、どうにかなる。
後ろから足音が聞こえる。通り過ぎることなく、私の真横で立ち止まった。
「さあ、準備はできたかな?あと…内匠情報局長も、いらっしゃるのかな?」
な、なぜそれを?見られていた、
「何の話でしょうか?」
「別に。私が同じ状況なら、信用できる人間に、知らせるだろうと思ってね。別に拘束されているわけではないから。ただの推測だよ。軍人の考えていることは手を取るようにわかるんだ」
珈琲を持っていた手が少し揺れている。この動揺を見せてはなるまい。ゆっくりとティーカップに置く。かちゃと音が鳴る。方丈はまた窓の外を見ていた。
「おや、珈琲はもういいのかい?丁度いいね。貴様と私は相性が良いのかもしれない。車が来た。出るとしよう。もし内匠情報局長を呼ぶのであれば呼ぶと良い。あとで住所も教えてあげよう」
この余裕。態度。全てが腹立たしい。
「行きましょう」
方丈はにこりと笑った。
店を出ると古ぼけた軽自動車が停まっていた。スモークガラス。中に何人いるのかは分からない。ナンバーは 軍1 い 29915 軍の所有ではない。
「すまないね。この国でいい車を見つけるのは至難の業だった。さぁ、乗って」
方丈が扉を開ける。中には2人。運転席と助手席に後頭部だけが見えている。後ろ姿だけでは男性が女性かもわからない髪の長さだった。
「ええ、はい」
車内には少し煙草の臭いが付いていた。一瞬足が止まった。
「ああ、ごめん、臭いが気になったかい?すまないね。私が嗜んでいた。直ぐ消すよ」
助手席の人物が右手に煙草を持ちながらゆらゆらと手を動かした。
「いえ…失礼します」
車に乗り込み前方の2人の顔がちらりと見える。性別もわからない。端正な顔立ちということだけがわかった。
「…どこに向かうのですか?」
「ホテル。私たちが泊まっているとこ」
助手席の方が答える。
「ホテル…ですか。もう何泊もされているので?」
んー、と考え込んでいる。方丈が隣に座り込み、扉を閉める。
「方丈。私が答えちゃうと、なんか余計な情報をあげちゃいそうで怖いんだけど」
ふふ、と方丈が笑った。
「まあ良いんじゃない?一応お客様なんだから。まあ私から答えるよ。昨日から。例の情報が競売にかけられていたからね、内容的に軍国のものだと思ったから、すぐにここに入った」
「それは凄い早さですね。であれば、観光やご当地の物も召し上がっていないのでは?」
方丈がにやにやしながらこちらを見る。
「有栖。何の話をして貰っても何を聞いて貰っても構わないけれど、貴様の質問に回答したところで、貴様は有利にはならないよ。何か聞きたいことがあるなら、直接言えばいい。なんかそんな心理学の手法があったと、記憶しているよ」
ちっ。そうかい。益々腹が立つ。
「いえ、そんなつもりは全く。ただの雑談ですよ。聞きたいことですか、まあ諸々ありますが」
車はゆっくりと市街地の方へと向かっていった。
「なんでもどうぞ」
また煙草を咥え火をつける。窓を開けるがその匂いは社内に入り込む。
「私の、記憶、どれを求めているのですか?」
助手席から身体をぐるりと回し覗き込む。
「ねえ方丈、これって言ったらなんか不味いことある?」
はあ、と溜息をつく、
「知らんよ。どの記憶を取りたいかなんて、お前しか知らないじゃないか」
「それもそうだねー。まあ、別に今有栖さんに言う必要はないから言わないでおくよ」
「なんでもいいと仰ったじゃないですか」
あはは、と笑う。
「なんでもいいとは言ったけど、答えるとは言っていないよ。それに、勘違いしないほうがいいと思うけど、有栖さん。貴方は交渉のテーブルに付けているとは、思わないでね。この件で、貴方に選択肢は、ないよ」
その笑顔には苛つくほどの悪意があった。
「あ、ごめん自己紹介していなかったね、私は泡沫。運転しているのが空蝉」
このタイミングで自己紹介をしているのも腹が立つ。




