教国編 第1話
※本作は架空世界を舞台に、情報と記憶を巡る群像劇です。
※暴力・政治的描写を含みます。
流れ着いた情報屋がいるらしいーー
そんな噂が耳に入ってきたのは2週間程前。週例の打ち合わせ中、統合教育長がすれ違いざまに私だけに言った言葉。
『情報屋がこの国に入ってきているようです。名前は泡沫 周。データを送っておきますので、もし見かけたら、私の元へ来るよう伝えてください。私からの連絡に応答がないもので』
ーー情報屋。外遊し、情報を集めて、売る人たち。
今までも何人もの情報屋がこの国に来た。商機があるのなら、誰だって来るだろう。実際に会ったこともあるし、売買したことだってある。だが、統合教育長の指名とは、一体どんな情報屋なのだろうか。
授業を終えてから主要部にあるカフェを見て回った。情報屋はカフェにいることが多い。人混みに紛れやすいからだろう。だが手がかりがない。顔もデータでわかっている。付き合いのあった情報屋に聞いてみても、首を捻るだけで、情報が入れば連絡すると言われて終わった。情報屋の名折れだろうと苦笑してしまう。
大体のカフェは学生たちが帰った後バーに変わる。学生もちらほら見えたりはするが。
いつものようにカウンターで1人で麦酒を飲んでいた時、突然後ろから声をかけられた。
「情報屋の泡沫を探しているのは、あなたですか?」
そこにはあまりにも端正な顔立ちで、この場から少し浮いているような人が立っていた。
私より年下だ。仕立てのいいスーツに高級そうな時計。そして、見ない顔だ。
「どなたですか?」
私の訝しんだ顔を見たからか、その人は少し後ろに下がり、左手を身体の前で振った。
「ああ、申し遅れました。私、泡沫と一緒に仕事をしている者で、空蝉と申します。空蝉が貴方にお会いしたいと申しておりましたのでお伺いしました。隣、よろしいですよね?」
「ああ、ええ、どうぞ」
すっと椅子を引き、隣に座る。麦酒を見て、同じものを頼む。
「ここ数日、かなり熱心に泡沫を探していたようですが、依頼で、お間違いなかったですか?有森 礼さん」
…!酒で熱った顔から赤みが引いていくのが、自分でもわかった。今までの情報屋とは訳が違う。バーテンが麦酒を持ってくる。ありがとう、とバーテンに言い、一気に流し込む。
「一応、聞いておきますが、どうして私の名前を…?」
あはは、と空蝉は笑った。
「一応、お伝えすると、私たちが情報屋だからですよ」
では、ここにいることも、情報屋だから知っていたのだろう。詮索したところで同じ言葉が帰ってくるだけだ。
「そうですか、失礼いたしました。その辺の情報屋とは全くの別物のようですね。依頼というか、統合教育長が、泡沫さんを探しておりまして、それを探していたのですよ」
ふむ、と口元を覆い、考える仕草をする。
「わかりました。ただ、貴方が私たちと接触したことは、まだ言わない方がいいでしょうね。泡沫は貴方に、会いたがっています。興味があるようです。この近くにいますから、上の方に伝える前に、まずは会っていただけますか?」
私の回答を待ちながら、空蝉は麦酒をグラスを傾ける。
なぜ、まず私に会いたがるのか、わからない。とはいえ、用件は伝えることができる。夜の有意義な時間を人探しに当てずに済む。
「わかりました。そうします」
それから、私たちは他愛のない話をした。この国のこと、その行政機関である教育庁のこと、家族のこと、趣味のこと、他愛がなさすぎて、話す必要のないことまで。
私と空蝉は、最早何パイントの麦酒を飲み干したのかわからなくなるほどだった。
「私たちの国ではね、酒を飲むことがいい習慣ではないという暗黙の了解があるんですよ。酒は災いの元。あることないことを言い合うからですね、その、つまり、言い合いとかが起こりますからね」
そんなことを言いながら、空蝉も大変楽しそうに飲んでいた。何を目的に私に接触したのかを忘れるくらいに。
空蝉が席を立ち、ふらふらと化粧室へ向かっていた。周りの客も酒が回り、声が混濁し一つの騒音になる。酒の席のその瞬間が嫌いではなかった。少しだけ頭が痛い。いつもの痛みだ。
「では、そろそろ行きましょうか」
少し経ってから化粧室から戻ってきた空蝉が言う。さっきまでの楽しそうな表情を少しだけ顔に残していた。
「会計は私が持ちます。この後もお時間を頂きますので、ね?」
財布を出そうとした手を押さえられた。
「ああ、ありがとう。じゃあ先に店を出てるよ」
「わかりました」
ふぅ、とひとつ呼吸を落ち着かせ、周りの騒音がしっかりと聞こえているかを確認する。
うん、まだ酔っていない。
店の扉を開け、空蝉が出てくる。店内の騒音が扉が閉まるのと同時に聞こえなくなる。
「失礼、お待たせしました」
「ああ、いえいえ。ご馳走になります」
空蝉は端正な顔を少し崩す。
「では、あちらの車に乗ってください」
右手を通りの向こう側に差し出した。黒塗りのセダンが止まっていた。
「申し訳ないのですが、これを着けていただけますか?」
差し出されたのは袋。中にはサングラスとイヤホンが入っていた。
「これは?」
ふふ、と悪戯をする前の子供のような顔をする。
「目隠しと耳隠しです。いい情報屋は、どこにいるのかがわかるだけで、命を落とします。そういう輩もいました。ですから、依頼主をお連れする際にも、こうして視覚と聴覚を遮断させて頂くんです。あと、携帯も。位置情報をOFFにして頂くようお願いしています。お手回品はこちらにお預けください」
そこまでするのか。教育長が探すだけの情報屋なだけある。
「いや、待ってくれ。それはちょっとやりすぎではないか?そして私は依頼ではなく、ただ伝言をーー」
妖しい目で空蝉が覗き込んでくる。
「いえ、貴方からの依頼、すでに受け取っておりますよ。有森さん、知りたい情報が、ありますよね?以前も同じような依頼を、他の情報屋にも、しているはずですよ」
ーー?
なぜ知っている。誰かが漏らしたのか?だが、そんなことをすれば、守秘義務を守れなければ、情報屋としての価値なんてものは、ない。
「私たちは貴方のことを知っています。知りたいことも知っています。ですから、どうぞ、こちらを身につけてください」




