第14話〈暗雲の中の教会にて〉
暗雲の中、浮かび上がる教会は、すさまじい光を放ち、モンサンミッシェルをさながら天の国のごとく燦然ときらめかせた。
明滅する光にあらがいながら、夕都は朝火を自らの力に包み込み、暗雲を刀で切り裂いて教会に乗り込む。
入口は扉はなく、中は石壁のみで、窓もない。
軽いめまいがした。空気がうすい。
朝火に背中をささえられて視線を泳がせると、人影が天井に見えた。
大人が5人いれば窮屈な空間だが、天井はやたら高い。
大小さまざまな形の石が敷き詰められた天井に、羽を広げた美しい青年が微笑み、見据えている。
「マッテオ!」
「歓迎しよう。龍主よ、否、スサノオよ」
まるで絵画のように縫い止められた男は、誘うように両手を広げた。
朝火が夕都の前に飛び出し、マッテオとの壁となるが、結界にはばまれて切っ先が届かない。
夕都は朝火の肩に手を置いて、さがるように促す。朝火は口を何度か開くが、大人しく従った。
轟音がひびき、教会が動き始めた。
足元が大きくぐらつく。
夕都はマッテオに目を向けて話かける。
「お前の正体も目的もわかっている! 馬鹿げてるだろ! 神のつもりか!?」
マッテオは吹き出す。
「ははっ私が、神か……それも良い。しかし、私はあくまでも使者だ。自らの意志で受肉したわけではない」
淡々とした口調だが、語気は強い。
やはりマッテオはミカエルが受肉した存在だった。
「どこに向かっている!?」
夕都は、マッテオから流れ込む力に意識を向けてみると、屋根のない教会が脳裏に浮かび上がる。
“グラストンベリー”
湧き出る聖水さえもが視えた。
「グラストンベリー……茉乃の干渉で、力が解放されたんだ!」
歪の教会と融合させ、世界に流れるレイラインをつなげることで、人の生命エネルギーを変質させる。
魂からはじまり遺伝子に働きかけるのだろう。
精霊人にも影響があるに違いない。
くわえて医療機関の混乱の最中だ。
世界中でパニックが起こる。
マッテオは両手を広げて、夕都と朝火に力をぶつけてきた。
咄嗟に二人の切っ先を重ねて防ぐが、おされてしまう。靴裏を石にこすりつけながら、壁に追いやられる。
夕都は手に力をいれつつ、龍主としての力を使う機会をうかがうが、唇を噛みしめた。
マッテオが鼻で笑うと、翼をはばたかせてさらに力を増す。
「う、ぐ」
「夕都……、刀が」
二人で全身全霊で抗うが、さすが大天使ミカエルの力はすさまじい。
目がくらむ程の白い光がおそいくる。
教会は鈍い音を奏でながらつきすすみ、加速していく。
どこからともなく近づく機械音がする。
ヘリかドローンか。
教会の出現に気づいたのは、警察だけとはかぎらない。
どの道、行き先には数多の民間人がまきこまれる。
夕都は自らの力を目一杯刀にこめて、叫んだ。
二人の刀は、夕都の声と、朝火の意思に呼応するように輝くが、マッテオの力には抗えず、切っ先が震えて今にも折れそうだ。
教会は速さを増す。爆風に乗るかのように空を滑り、入口からは暴風が吹き荒れて、二人の身体を襲った。
夕都はついに刀から手を放して地に放り出される。共に倒れた朝火が微動だにしないのを見て、気力を振り絞り、抱き起こして顔を覗き込む。
「あ、朝火」
眼鏡が吹き飛び、顔を歪めて気絶している。刀は石壁につきささっていた。
「これが、スサノオの刀か」
「……!」
マッテオが夕都の“大蛇の麁正”を手にして、自らの力を注ごうと手をかざす。
「やめろ!」
夕都は朝火を抱きかかえながら、制止の言葉を言い放つが、マッテオがきくはずもない。教会は刀の力も得て、加速した。
――夕都!
「この声、ルーナ?」
突然脳内に響いた少女の声に、夕都は我に返り、意識を集中させる。
いつのまにか、まわりにレイラインの力が集まり、虹色の靄がただよっていた。
靄からルーナの声がする。
手を伸ばせば、靄はつつみこむようにまとわりついた。
脳裏に、ある光景が広がった。
貴一、茉乃、それにルーナや、修道女とみられる者たちが、十字架の下で歌う姿。
貴一は剣を手にしており、彼女達の前に佇む様は、まるで騎士だ。
歌うのは“マリアの賛歌”。
ならば、マッテオのミカエルの力を抑制しようとしている。
朝火が呻くのを聞いて、腕の中の顔を再び覗きこむと、うっすらと開いた双眸と視線が交わった。
「朝火! 大丈夫か?」
「あ、ああ。奴は」
「ルーナや貴一、茉乃が歌ってる」
「マッテオの力の制御を?」
夕都は朝火と顔を見合わせて、視線をマッテオへとうつす。
ミカエルの化身は、冷然とほほえみ、光の羽をはばたかせた。
歪の教会は、暗雲の塊が浮遊しているような形で、悠々と空を走る。
その様子を、力を通して見据えていたアールシュは、アントーニオと共に一足早く、その目的地へとたどりついていたのだが、思わぬ刺客に苦戦していた。
メイド姿で剣を使う奇妙な女で、聖女を守る者だ。
アールシュの頼もしき仲間二人は、この女に命を奪われた。
アールシュは頭を振り、ためいきをつく。
「私は、聖女を利用するつもりなどなかった」
「いかようにも言えますね。私は信じません」
「仲間の仇を討とうとは思わん。ただ、貴女はいささか危険だ」
「何を今更!」
剣をさや抜いたメイド剣士は、目に鋭い光を宿して切っ先を突きつけた。




