第13話〈降りたつ歪〉
両側に土産屋や、レストラン、ホテルが並ぶ、「グランド・リュ」という修道院に続く道。
夕都は、朝火と共にある有名店にて休憩をしていた。
「これがモンサンミッシェル名物ふわふわオムレツかあ」
観光客で賑わう店内の喧騒に飲まれながらも、運ばれてきたふわふわオムレツに夕都は目を見開いて、早速ナイフをいれてみた。
まるでとろけるように中がひろがり、良い香りが鼻腔をくすぐる。
対面に座っている朝火も、同じようにオムレツをナイフとフォークで広げて、瞳を細めた。
夕都はフォークでふわふわな卵を口中に放り込む。淡白な味だが、添えられたポテトと食べるとちょうど良い塩気だ。咀嚼して飲み込んでから朝火に話かける。
「マッテオがモンサンミッシェルにいるのは間違いないのに、あいつから放たれるレイラインの力を辿れない」
「意図的に遮断しているようだ」
「だろうな」
朝火はオムレツを丁寧な所作で口の中に運び、ゆっくりと咀嚼した。
瞳をまたたかせて、もう一口食べるとやはりゆっくりと飲み込む。
午後2時を迎えたモンサンミッシェルは、窓からの日差しに早くも翳りが見えている。
ともかく、すでに警察も入り込み、調査を行っているようだし、こちらが先に見つけなければ。
逆に警察の情報網を利用しようと考え、動きを確認すべく、一旦、休憩にしたのだが、なかなか事態を掴めない。
ふと店の入口の先に、数人の修道女が見えた。彼女らは、モンサンミッシェルに住む、文化の守人である。
一番老齢の修道女が、こちらに視線をよこすと、顔を背けて他の修道女達とはべつの路地に向かう。
夕都は朝火を見やり、うなずきあうと席を立った。
彼女は路地の突き当りで二人を待ち構えていた。
人のいない石畳の路地は、日差しもはいらないせいか、うら寂しい雰囲気をただよわせる。
修道女は頭を下げて震える声音で言った。
「どうかお引取りください、あの方をとめることなどできません」
その言葉に確信する。マッテオを手引しているのは彼女だと。
朝火が進み出て頭を垂れた。
修道女は眉根をひそめて朝火を見つめる。
「人々の危機が迫っています。どうか、御慈悲を」
朝火の淡々とした口調には、誠意が込められているのはわかるが、修道女は、訝しむばかりで微動だにしない。
時間が惜しい……夕都は手をかかげて咄嗟に龍脈の力を修道女の頭上に放つ。
修道女は目を見開いて淡い光を見上げて硬直した。
その唇をゆっくりと蠢かす。
「こ、これは、東洋の……」
どうやら、龍脈について見識がある様子だ。
ならば話は早い。
夕都は修道女に歩み寄り、手のひらをさしだすと、切実に話を切り出す。
「マッテオは、人間の在り方を変えようとしているんです、貴女は、どうしてそんな奴を庇うんですか?」
「……私には、拒否権なんて」
瞳を伏せる顔は悲痛に満ちている。
言葉には言い表せぬような複雑な事情を抱えているようだ。
マッテオの居場所は、彼女にしかわからない。悠長にしている時間はないのだ。
夕都は、修道女の魂を龍脈の力で感じ取り、その業を探る。
“ミカエルの下僕”
「下僕?」
ミカエルの従者――一族。
血筋に縛られている。
ふと、視界が光を帯びた。
見上げれば、空がやけに煌やいている。
まるで火の塊がただようかのようだ。
夕都は瞳を閉じて、意識を集中させる。
修道院の天辺、誰かがたたずんでいるのが見えた。
「マッテオ……!」
ようやく、レイラインを辿れた。
背中に光の翼を生やしたマッテオが、空へと両手を広げて何かをささやいている。
「夕都!」
朝火の呼び声に夕都は目を開く。
空は、灰色に染まり、そこかしこから人々の声がひびきわたる。
重苦しい地響のような音がせまりくる。
鼓膜を震わせる最中、夕都は咄嗟に力を解放した。
あたり一面が淡い光につつまれていく。
龍脈の力をレイラインとあわせて、結界をはったのだ。
一筋の光が、天からおりたつ。
修道院の方角からかがやきが放たれ、まるで流星が放出されるように明滅する。
「あ、ああ……ついに」
老齢の修道女の声音は震えて、薄目を開けてみれば、涙を流していた。
――時間がない!
夕都は朝火の腕を掴み、力を使い、近くの屋根に飛び移る。すでに入り込んだ警察官が右往左往するのを尻目に、追われながらも、屋根の上をとびうつり、修道院へとひたはしる。
無論、龍主としての力を使っての速度ではあるが、なかなか素早く動けるものだ。
町並みが風のように過ぎ去る。
轟音が近づく。修道院の天辺は灰色の雲に覆われて、どこからともなく、爆発音がひびく。
夕都は朝火とともに、屋根や壁をけりあげながらも、音の正体を気でさぐる。
“衛星から射出された石壁の一部が飛行機をかすめた”
夕都は唇をかみしめた。
朝火に脳内で刀を使うよう念を押して、とうとう修道院の回廊におりたつ。
まわりの人々は既に退避していたが、状況がいまいち把握できず、指示役の男は観光客をなだめるので精一杯のようすだ。
二人に気づくと慌ててこえをかける。
「何をしてるんです! はやく逃げてください!」
「上には何がある?」
朝火の問いかけに、男はおびえたそぶりで答えた。
「い、石の塊が降ってきた! それに、誰かが上に!」
「よし! いくぞ朝火!」
「ああ」
夕都は朝火と再び手をつなぐと、壁をかけあがっていく。
下から叫び声がしたが二人を心配したり、驚愕した声だったので、無視をした。
尖塔には黄金のミカエル像が設置してあるはずだが、暗雲で見えない。
マッテオはすでに暗雲のなかの“石の塊”に入り込んだようだ。
朝火が壁にはりついたまま、片手で刀をさやぬき、ふりあげて、暗雲を斬りさく。甲高い音と共に暗雲は裂かれ、現れた石の塊の正体に夕都は思わず叫ぶ。
「これが、歪の教会か!」
こじんまりとした石造りの教会が、暗雲の中に浮いていた。
屋根には、十字架と大天使ミカエルの像を載せて。




