第7話〈天使のような男〉
メリッサーニ地底湖にて、観光客が相次ぎ意識を失う事故。突然、水が荒くなり……。
メリッサーニ洞窟。
ケファロニア島の東、森林に囲まれた中にあり、ニンフの住む洞窟と伝えられていたとされ、観光地として整備された……。
SNS上にてニュースを見た夕都は、朝火に状況を整理しよう、と後部座席で話を切り出す。
マルコス達は連なって車に乗り込み、5台も使用するので目立つことこの上ない。
おかげで、茉乃と貴一を保護することは叶わず、警察に阻まれて地底湖まで辿り着けなかった。
付近の人々に聴き込むが、目撃情報はなく、途方に暮れて野次馬に飲まれていると、マルコスの言い放つ声を聞いた。
バチカンで何かあったようだ。
侵入者が聖女を攫おうとしたらしい。
ヒンドゥー教徒、という言葉に、夕都ははっとして、朝火を見やる。
(アールシュの護衛が、“聖女”をつれだそうとしたんだ)
彼ら二人とは別行動をしていたのだが、失敗に終わったらしい。
マルコスは怒りに満ちた顔で皆に撤退するよう告げた。
アントーニオの行先について、マッテオならばわかるだろうか。
夕都は朝火にとりあえず大人しくしようと諌めつつ、人混みの先に見えるかすかな青をどうにか見すえてから、車に乗り込んだ。
そこに、倒れていた日本人の男子を保護したという言葉を聞いたので、夕都は車から飛び出した。
バチカン。
エルネストの屋敷にて。ルーナは、今しがた自分を拘束していた男二人の亡骸を、呆然と見つめていた。
まさか、背後から剣で斬りつけるだなんて。ルーナはミーレスの無表情を憂いた。
彼女は平然と剣の血を布巾でぬぐうと、鞘におさめてルーナに怪我はないかと尋ねる。
「大丈夫、でも命を取る必要は」
「これくらいしなければ。見せしめにはなりません」
「見せしめ?」
「彼らの目的は、明らかに我々に対しての宣戦布告です」
「宣戦布告?」
物々しい言い方に眉をしかめた。
彼らがヒンドゥー教徒であるのは、衣服でわかるが、何故、宣戦布告と断言できるのだろう。
ミーレスの考えとしては、カトリックの聖女とみなされているルーナを攫うこと自体が、喧嘩を売っているというのだ。
ルーナは散乱した室内に目をやる。
天蓋付きベッドは壊れ、シャンデリアにはビビ。
床は血染め。陰鬱な気分に陥るが、頭を振って思考を整理する。
――どこに連れて行こうとしたの?
ルーナは、定期的に毒の庭の植物から毒を得なければ死ぬ運命だ。
なんのために二百年の眠りから覚めたのかもわからない。
何か目的があるはずだが、事情を知るそぶりをみせるエルネストは、頑なにルーナに問うのを阻止してごまかすばかり。
医者はこぞって奇跡だと苦しみ、残った者はおらず、ルーナは放置されていた。
そろそろ志田に連絡をいれなければ、と部屋を抜け出そうとしたところ、このヒンドゥー教徒二人が入り込んで来て、何処かに連れていこうとしたのだ。
そんな状況で、メリッサーニ地底湖の事故についてのニュースを知り得た。
ミーレスとが話していたのを偶然聞いたのだ。
ルーナは廊下の壁の間におさまり、考える。
――特徴からして、貴一くん? 茉乃ちゃんはどうしたの?
ふいにざわめくこえが廊下の先から溢れたので、顔を出した。
シャツに黒いブレザーを着用した男達が、金髪の青年を取り囲んでいる。
白のカズラをまとう彼は容貌と相まって、まるで天使のようだ。
周りの男達は、彼に付き従うカトリック教徒なのだろう。
彼はマッテオと呼ばれていた。視線があってしまい、ルーナは壁の間に引っ込んだが遅い。
マッテオはルーナを見つけると、恭しく挨拶をして手を伸ばしてくる。
「貴女は、父が皆様にお披露目した聖女のルーナ?」
「あ、あのあなたは、まさか」
「私は、弟のアントーニオに罪を償わせる責任がある。協力して頂きたい」
「私に?」
思わず手を取り、細くしなやかな手指の感触にどきりとした。
「ルーナ様から離れなさい!」
ミーレスが剣を手に立ちふさがるが、ルーナは首を振り、道を開けるよう促す。
眉間に皺を寄せたミラースの表情に釘付けになるが、マッテオに手を引かれるままに歩を進める。
ミーレスが何度かルーナを呼ぶが、振り返らない。
――ついて行かないといけない。
胸騒ぎがするが、拒絶すればひどいことになりかねない。予感には逆らえなかった。
バチカン内の隠された場所にある屋敷から、マッテオが手配した車で移動する。ローマに向かうようだ。途中、毒の庭に立ち寄りたいと、マッテオを案内した。
車は廃墟の門前にたどりつく。
毒の庭。
バチカンの小さな街の路地のつきあたりからつながる廃墟の庭。
ルーナは、この庭の毒花のベッドで数百年眠っていたのだ。
管理人が存在しており、ルーナが眠ることは、一族の秘密であった。
数多の毒植物は有毒ガスをだすので、燃やすこと、処分は許されない。
ガスマスクをマッテオに渡した管理人の一族の初老の男は、ベッドに案内する。
彼らは、毒に耐性があるため、マスク無しだ。
庭の懐かしさに、ルーナは深呼吸を繰り返す。ベッドに横たわり、全身にからみつく毒花から毒を吸いあげた。
傍にはガスマスクをした聖職者がたたずみ、様子をうかがう。
思わず口元をゆるめたら、彼はガスマスク越しの瞳を細めた。
世界中から集めた毒植物の種類は数百に及び、むろん、法律に触れるようなものばかりだが、申請し許可は得ている。
観光資源にもなっているために、黙認されていた。
全身が一瞬紫になり、白い肌に変わ様をじっくりと観察されて、顔を背ける。
ごく自然にマッテオを受け入れた己の意識に、危機感を覚えた。




