第4話〈似非神父の意図〉
春の山には、緑溢れる命が輝いている。
このアイノス山の木々も見事だが、どこかくすんで見えた。
木々の合間を貫くように広がる村は、外壁や屋根が色鮮やな暖色で、思わず視線を巡らせてしまう。
済んだ青空がさらに厳かな景観を際立たせる。
夕都達を出迎えたのは、長老と体格の良い村の男達だ。
女性達は背後で様子を伺っている。
アルギニア村の人々は言葉をかわしているか、彼らは普通の人間だ。さすがにギリシャ語は理解できないし、この場には、翻訳してくれそうな意識は現れない。
ふと、村長が前に進み出てきて、手振りで着いてくるよう示す。
夕都は、朝火とアールシュに目線を送り、村長の後に続いた。
石畳の道を上がると、ひときわ大きな家屋が見えてくる。
他の民家に比べれば、屋敷といえなくもない。
淡い赤色の煉瓦は、あたたかみを感じさせた。
門扉をひらいた村長は、夕都達を先に歩かせる。門から先は、玄関まで薔薇のアーチになっていた。
玄関前に誰かが佇む姿に気づく。
黒い装束の似非神父に、夕都は唇をかみしめる。
目深にかぶった帽子の下の、鋭い瞳をにらみつけて声をかけた。
「よくも貴一と茉乃をさらってくれたな、二人を取り戻しに来た」
アントーニオは軽く笑うと両手をあげて頭を振る。
言葉を理解している様子であり、脳内には、アントーニオの笑う声がひびいていた。
アントーニオは、何かしらの力で、己の言葉を他者に翻訳しているらしい。
対して夕都には、特別な龍脈の力が宿るため、どのような場所でも、相手が龍脈と同等の力を扱う者ならば、世界中に広がる龍脈、レイラインの力、意思へと干渉して意思疎通が可能だ。
念のため、朝火の手を握りしめて、アールシュに目で訴える。彼は目線を交わしてから、アントーニオの前に進み出た。
二人は無言でにらみあうと、アントーニオが屋敷へと招き入れる。
食堂というにはこじんまりとしてはいるが、伝統的な装飾が施された室内は、暖色に包まれて落ち着いた雰囲気が漂う。
夕都が席についた途端、使用人が料理と酒をはこんでくる。
中心に座るアントーニオが、帽子を脱いだので目を見張った。
くすんだ金髪に切れ長の緑の瞳、鋭い眼光が一同を射抜く。だが、誰一人としてひるまない。
肩をすくませたアントーニオは、手をのばして皆に料理と酒を楽しめとすすめる。朝火が料理を見据えて首を振った。
アールシュは、料理の中身を確認して礼をいう。野菜中心の料理と出されたのは酒ではなく、紅茶だったのだ。
「俺はお前にいいたいことがある」
「何だと」
アントーニオが夕都に向かって声を投げた。身を乗り出すと、口の端を吊り上げて言葉を紡ぐ。
「愛しあう二人を、輪廻転生の地獄に投げ入れた償いをするつもりはないのか」
「……っ」
――貴一と茉乃か。
夕都は拳を握りしめた。
視線はアントーニオと絡めたまま、気持ちを吐露する。
「たしかに、俺には罪がある」
「それだけじゃない。何故、精霊人を救おうとしない」
アントーニオの声音には力が次第に増していく。夕都は朝火に脳内で話かけた。
“どうも奴の意図がわからないな”
“ああ。様子もおかしい”
低い笑い声をあげたアントーニオは、ワインボトルをカップにかたむけて、赤い液体を飲み干してからさらに言葉をつづける。
「レイラインなぞ、破壊してしまえば良い!」
夕都は、目を見開いて声を張り上げた。
「そんなことをすれば、精霊人が消えてしまう。やっぱりそれが目的か!」
アントーニオは肩を揺すると、頭を振った。
「ならば、精霊人が二度と生まれないようにすれば良い」
「……は?」
思わぬ意思表示に目を丸くした。
精霊人は、夕都だけでは解決できない問題だ。
神なる存在“スサノオ”が、龍脈の力を捻じ曲げたせいで、永遠に転生を繰り返す精霊人や、龍脈にとりこまれ、永遠に抜け出せない魂が生まれるようになり、やがて、世界中の龍脈、あるいは同質の力に影響を及ぼすようになった。
「確かに、始まりは俺だ。ただ、今や精霊人は世界に存在し、その精霊人にかかわる力を持つ主でなければ直接干渉できない」
「フン」
「茉乃の命を犠牲にするつもりか!」
分かりきった疑問をぶつけるのは滑稽に思える。アントーニオが得意げに手を組み、甲にあごを乗せる様に憎しみが増す。
朝火が口を挟む。
「茉乃は龍脈の巫女、このケファロニア島に現れるのは、聖母マリアの蛇、レイラインの変質が目的か」
アールシュが首を傾げて、声を上げる。
「巫女は、レイラインに取り込まれるのだろう。変質とはどのように」
夕都は、可能性として考えを口にした。
「力の相殺……茉乃は永久にレイラインを漂って、魂をしばりつけられてしまう」
「その代わり、精霊人達はこちら側に存在しえる魂に戻る、輪廻転生から逃れられない者達も、正常な生へと戻るはずだ」
夕都の言葉の後に、アントーニオが語る。根拠のない言い分に拳が震えてしまう。可能性がないわけではないが、憶測でしかないのに、思い込みで人の命を犠牲にしようとする性根には吐き気を催す。
朝火が立ち上がるのをきっかけに、夕都も腰を上げた。続いてアールシュも立ち上がり、身構える。
対してアントーニオはほくそ笑むだけで、三人を見据えて微動だにしない。
夕都の胸中に新たな疑問がうずまく。
アントーニオと距離をおいたまま、問いかけた。
「なんで、精霊人を助けようとする?」
「理由なぞ、話たところで無意味だな、ひひ」
「……」
なんとなく、瞳には悲しみが浮き上がって見えて、夕都は口をつぐむ。
村のどこかに二人は捕らえられている筈だ。隙をみて、アントーニオを拘束して、助け出さねば。
アールシュが腕を払う。その瞬間、夕都と朝火は、つきつけられた刀の柄を掴んだ。
まちがいなく、二人の愛刀である。
夕都は朝火と視線を交わすと、さや抜いて、アントーニオに向かって同時に突き出した。
「はははっまだわからないか!」
「何をだ?」
「貴一が、精霊人になりかけていると!」
「!?」
アントーニオは長い息を吐きだしながら、夕都の刀の切っ先をにぎりしめてあざ笑う。
「わかるだろ? もともと選ばれし特別な存在である貴一が、龍脈にとりこまれたのだから」
その言葉には真実がありありとにじんでいた。夕都は刀を握る手の力を弱める。
身体が震えだした。
朝火が声を落として話かけてきた。
「大丈夫か」
「俺は大丈夫だ、でも、茉乃はかならず命を投げ出す。はやく二人を保護しないと」
貴一が精霊人になれば、茉乃が転生を繰り返したとしても、二人は二度と出会えないかもしれない。
貴一がどんな形の精霊人になるかも予測できないのだ。
ふと、口に出していた。
「俺が、茉乃の代わりになる。だから、二人を解放させてくれ」
「夕都、はやまるな」
朝火に忠告されるが、夕都は首を振る。
様子を見ていたアールシュが進み出ると声をかけた。
「否、これは巫女でなければなし得ない」
「アールシュ?」
アントーニオが手をたたいて歓喜する。
「察しが良いな! さすが太陽神の化身! 聖母マリアは、おまえには心をひらかん」
「くっ」
夕都はやはり力ずくでなければと決意を新たに刀を振り上げた。
――そこに、騒々しい声が外からひびいてくる。
脱走だと叫ぶ男達の怒声が聞こえた。




