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焔の龍刃  作者: 青頼花
第四章【聖と闇の舞踏】

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第3話〈聖母の意思〉

 アイノス山、アルギニア村。

 教会に監禁された茉乃は、貴一の身を案じて、小部屋から脱出する機会を伺っていたが、見張り役の村の男性達がドアの前から離れない。

 ふいにきしむ音が聞こえて、身体が震える。奥の隠し部屋のドアがひらいて、車椅子の老人が姿を見せた。

 茉乃の前にぎこちない動きでやってくると、細い瞳で見る。

 老人は身奇麗な紳士で、話せないようだが、まなざしで優しさが伝わるのだ。

 この村に連れて来られてから、貴一とは離れ離れ、世話役の村の女性達は、茉乃をちゃんと見ようともしない。

 彼だけが、茉乃とまともに向きあってくれた。

 ここが、ケファロニア島にあるアルギニア村で、教会だという事実はわかるが、アントーニオと名乗る男の目的が不明で、途方に暮れている。

 ふと、視界に何かが映り込んだ。

 椅子に腰掛けている茉乃の足元に、一匹の黒い小さな蛇がいたのだ。

 悲鳴をあげて両足をあげるが、蛇はうごかず、まるで茉乃を観察するかのようである。

 老人はうなずくと、蛇に向かって手を差し伸べた。蛇が指にからみつくので、茉乃は心配したが、老人に変わった様子はない。


 ふいに耳が足音をとらえた。

 ドアがノックされる。


「巫女よ、入るぞ」


 アントーニオの声だ。



 茉乃は身構えて老人の傍に寄る。

 開いたドアの先から身を滑らせたのは、黒装束の長身の男。身なりは目深に帽子をかぶった神父ではあるが、鋭い眼光に背筋が震えた。胸元には銀色の十字架を下げている。

 アントーニオは閉めたドアの前で佇み、茉乃を見て言った。


「あの時の言葉を覚えているかい」


 ――あの時の言葉。


 忘れるはずがない。衝撃的で、魂に刻まれたような気すらする。

 頷くと、アントーニオは笑いながら両手をかかげた。


「聖母マリア、そしてこの蛇がいれば、お前はレイラインの変質をとげられる」


 帽子で見え隠れする瞳をみつめながら、茉乃は疑問をなげる。


「そ、それがどうして貴一さんと関係があるの?」

「忘れたのかぁ? あいつは、一度龍脈にとらわれたはず! それに、魂は、輪廻の中をさまよう運命!」

「あ……」


 “輪廻の渦”


 兄がいつか言った言葉が、脳内に響く。

 アントーニオは、口の端をつりあげて、茉乃にささやいた。


「愛しい彼を永遠の輪廻転生から助けたければ、命を投げ出せ」 

「……貴一さんは、いつも私と一緒だった。私もずっと貴一さんと苦しむわ」

「ふん。ならば、奴がどんな苦しみを負っていたのかを見せてやろう」


 頭の上に手のひらを置かれて、意識が沈む。途端に、視界が開けた。

 あたり一面は焼け野原。

 傷ついた鎧姿の者達は地に伏して誰もうごかない。

 一般人もいる。老若男女も同じく息をしていない。

 佇む女人は茉乃だ。茉乃はいま、自分の転生前の姿を見つめていた。

 貴一と茉乃は、同じ名で、同じ顔で、数多の生を共に生きた。

 それなのに、幸せな生涯を終えた記憶はない。かならず、若くして離れ離れで命を終える。

 茉乃を喪った貴一は、その度に慟哭し、絶望して、自ら命をたつ。

 そして、龍脈の力により、ふたたび、転生する。

 愛した人の悲惨な最期を見届ける生を繰り返す――まさに無限地獄。


 茉乃は口元をおさえて後ずさった。


 アントーニオは、茉乃の後ろから肩を抱いて、わざとらしい口調で告げる。


「君が彼の苦しみの元凶だ。どうするべきかわかったかい」

「……っ」


 茉乃は瞳を伏せて頷いた。

 とめどなく流れる涙を拭うのも忘れた。

 老人が目を向けて口を開くが、言葉をなさず、うなだれる。

 アントーニオは、背を向けると高らかにいい放つ。


「すべてが変わる時が来た! 光あれ!」


 誰に向かって言っているのだろうか。

 茉乃は得体の知れない男に捕らえられている、大切な人が心配でたまらなかった。


 聖母マリアのホリーヘビは、毎年アルギニア村に現れる。かつて、海賊を恐れた修道女は、聖母に祈り、修道女は小さな蛇に変えられて救われた。毎年、聖母マリアの祭りの際には、頭に黒い十字架を持つ聖なる蛇が教会に戻る。


 貴一は、村人から聞かされた伝説について考えた。数あるマリアの逸話の中で、はたして特別な物語なのかは判断しかねる。

 神父の服に着替えさせられ、鏡に映る自分の姿を見つめて眉根を寄せる。

 アントーニオの目的は、茉乃を利用して何かを企んでいるという事しか予想できない。

 窓際の小さなマリア像に目がいく。

 開かれた窓から、涼やかな風が吹き込み、マリア像に吸い寄せられた。

 その顔を見て心臓が脈打つ。

 マリアの瞳から血の涙が流れ出ていたのだ。触れてみるが、指には何もくっつかない。

 代わりに、身体がひやりとして、何か背後から感じた。強張る身体を反転させると、そこにはいつのまにか女性がいた。


「わっ!? あ、あなたは!?」


 女性は――聖母マリアにそっくりなのだ。

 貴一は思わずマリア像を掴んで彼女と見比べるが、微笑を向けられて卓上に戻す。


 よく見れば、女性はあわい光を放ち、足元は透けている。

 貴一の瞳を見据えて顔を覗きこみ、耳元にある言葉をささやく。


 ――そんな。


 声をあげる暇もなく、聖母は姿を消してしまった。


 貴一はマリア像に深いお辞儀をすると、寝台傍の椅子に腰掛けて、両手を組み、祈りをささげる。


 しばらくの後に、騒がしい声が外から響いてきた。

 まごうごとなき、夕都と朝火の交わす声だ。

 腰を上げた貴一は、窓に近寄るが、グッと拳を握りしめてたえた。



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