第11話〈激突する闘志〉
燈籠堂を飛び出して、杉の木をなぎ倒しながら、朝火と悠月は互いの武器を激突させて一歩も譲らない。
月がさえざえと照らし出し、刀身と鉄扇があやしく煌めいた。
どちらともなく気合いを入れた声を発して、朝火は地を、悠月は幹を蹴り上げて、大きく跳躍する。
宙を舞う二人は、風を切り、正面から己の武器を薙ぎ払う。
「「はあああアアアッッ」」
互いの怒声がかさなりあった時、刃と鉄扇は閃光を迸らせて、甲高い不協和音を奏でた。
同時に二人は口を大きく開いて息を切らせる。ふいに一陣の風が吹き抜けていく。
その風は一瞬で消え去ったが、灼熱のようだった。
夕都はこの瞬間、二人のまとう空気が変質したのを感じて声を張り上げた。
「朝火! 悠月! 飲まれるな!」
木々がざわめいて月の光に照らされた朝火と悠月は、闇に浮かびあがる。
両者の目は血走り、牙を向くような息遣いだ。
龍脈にあてられた者の典型的な症状だと確信した夕都は、もはや二人を止めるには、強引な手段しかないと決意する。
「童子様!」
どこからともなく呼ばれて、金属音までするので、夜闇に目をこらす。
お堂の前に、泰西僧侶と、数名の僧がいつのまにか佇み、その手にそれぞれ得物を手にしている。
夕都はその形状を見つめて手を叩いて叫んだ。
「薙刀か!」
「おう!」
一番体格の良い僧侶が気合いを発すると跳躍して、他の僧侶達もあとにつづく。
疾風のごとく向かう先には、稲妻のように渡り合う朝火と悠月がいる。
夕都は拳をふりながら精一杯の声量で懇願した。
「二人を殺さないでくれ!」
叫んでから苦笑するが、僧侶達は快諾する声を返すと、二人の戦いの邪魔をするにとどまってくれる。
朝火も悠月も理性を失っており、僧侶達の乱入も意に介さず、腕を振り上げて、身をかがめては、相手の急所を狙うべく乱れ舞う。
僧侶の一人が薙刀で朝火の刀と、悠月の鉄扇を跳ねのけて語気をあらげる。
「ここは大師様が御座す聖地! 血を流すのは決して赦さん!」
「お二方正気にもどられよ!」
僧侶達も、朝火と悠月の変幻自在な動きにあわせて、薙刀をふるってはその身を回転させたり、反転させるため、草鞋の裏が地にこすれる音や、刃がかちあう音が、歪に混じりあっていた。
朝火も悠月も、僧侶達の肉体越しに隙間をぬって、相手に攻撃きをしかけようとするため、風を斬る音が鼓膜を破かんばかりに吹き荒れている。
「はぁあ……っはっ」
「はあはあっ」
二人ともせわしない息遣いがさらにひどくなった。
夕都は彼らとは距離を取り、僧侶達の壁ごしに、二人に繋がってしまった龍脈の制御をこころみる。
刀を傍らに置くと傍に腰を下ろし、座禅をくみ、大祓詞を唱えた。
「……高天原に神留り坐す《たかまのはらにかむづまります》、皇親神漏岐、神漏美の命以て《かむろぎのみこともちて》、八百萬神等を神集へに集へ賜ひ|《やほよろづのかみたちをかむつどへにつどへたまひ》、神議りに議り賜ひ《かむはかりにはかりたまひ》……」
神道の中の重要な祝詞である大祓詞。
祝詞はかつて神の言葉そのものをさす言葉であり、夕都はその祝詞を使って、龍脈につながる術を修行の最中にて見出していた。
祝詞を唱える最中、内心で後悔の念をつぶやく。
――中途半端に俺が龍脈を刺激したからだ。
まさか、朝火までもが龍脈に飲まれてしまうだなんて。
冷や汗が背中を伝う。今すぐに朝火を止める為に駆け出したいが、己にできることをしなければ。
周囲の音が通ざかり、意識が祝詞を唱えるたびに、脳裏に浮かぶ光の渦へと集中する。
朝火と悠月に繋がる龍脈を捜して意識を彷徨わせ、ようやく感じ取り、二つの光の柱へと向けて気を放つ。
夕都は息を呑み、瞳を見開いた。
「はっ」
気合いを叫び、僧侶達の合間を縫って、朝火と悠月に龍脈の光の筋をぶつける。
二人共叫び声を上げて、地に倒れ伏すが、その瞬間、絶叫が轟いた。
夕都はのたうちまわる男にかけより、抱き上げる。
「朝火!」
「ぁあっぐふ……ぅうううっ」
腕の中にかかえた朝火は、血走る目と、口を大きく開いて、泡を吹いていた。
両手の爪先は伸びており、まるで異形へと様変わりするような事態に、夕都は頭を振る。
今度は九字を切り、朝火の意識と龍脈の気を切り離そうと試みるが、朝火はさらにもがいて手足を暴れさせて、獣のようにうなり出してしまう。
夕都は唇を噛みしめる。血の味が舌の上に広がるが、構っていられない。
ふと、布擦れの音と共に男のかすれた声が耳に届く。
「残念だったな……楽にさせてやりたいなら、お前の手で、急所を斬ればいい」
悠月が地に転がったまま、顔だけ向けて意地の悪い言葉をかけてくる。
力のぬけた様子だが、その瞳だけは未だに闘志が垣間見えた。
放り出した鉄扇を拾えないほどに疲労している様子だ。
夕都は唇から血が流れでるのもかまわず、噛み締めつづけて、朝火にあらゆる浄化の術を試みる。
龍神祝詞や大祓詞、あわうた、それらを九字切りにあわせ、スサノオの童子として鍛えた己の気を朝火に注ぎ込む。
精一杯精神を集中させて試したのもあり、朝火はだんだん呼吸が穏やかになる。やがてゆっくりと瞳を閉じて、気を失った。
その顔も手も、元の司東朝火そのものである。
夕都は朝火を抱きしめて、頭を撫でて歓喜のあまり、大声で笑った。
「あははははっよくたえたな朝火! さすが最強の武士だ!」
武士というと彼は不機嫌になるが、いまはかまわないだろう。
様子を見守っていた泰西僧侶が近寄り、朝火を預かると申し出てくれたので、素直に甘えた。
悠月を見やると、苦悶の表情で口端から血を流している。
口元に手を当ててみて、呼吸を確かめた。
「……悠月」
悠月も僧侶達に預け、お堂に戻り、再び座禅を組むと、龍脈に意識を傾ける。
この下には、大師がいらっしゃる。
力を借りなければ、龍脈を支配するのは不可能だ。
一時、いや、一瞬でも良い。
龍脈を駆使して、火山のエネルギーを少しでも収める事ができるなら。
胸の内に不安の種が生まれている。
火山のエネルギーを抑え込んだ所で、噴火をとめられるはずもない。
夕都は己の歩んだ人生をこんな時に省みた。
母親に連れられて、高野山で僧侶達を師と仰ぎ、朝火と共に修行に励んだが、特別才能があるわけでもなく、ただ、この身体に流れる血が、特殊というだけ。
座禅を組んだまま、想いを巡らせる。
気を送るというのは、すなわち龍脈に繋がり、己の気を通して他者に注ぐという事なのだが、記憶の一部をなくして秋葉原に住んでいた数年間、修行を怠り、龍脈と繋がる力は衰えていた。
――こんな体たらくで、大師に力を貸していただけるのか。
もし呼びかける声が届いたとしても、応じてくれるとは限らない。
「ハハハハハハハハッ!!」
突然の狂笑に全身がこわばり、目を見開く。視界に入ったのは、お堂の入り口で僧侶二人に拘束された冨田が、怒り狂う様子で笑っている姿だった。
よれたスーツに乱れた髪、顔色の悪い長身の男が、怒り顔で涙を流して笑う様は、憐れさよりも不気味さを感じせた。
僧侶二人は冨田を一喝すると、外に引きずり出す。
傍らに歩み寄る初老の僧侶が、朝火と悠月の容体を耳打ちした。
「……」
夕都は黙って頷き、再び座禅を組もうとしたが……地面がかしいで視界が揺れ始めるので、立ち上がってまわりを観察する。
僧侶も同じように警戒した。
地鳴りはすぐに鎮まるが、いきなり天井の灯籠がつぎつぎに割れ始めてしまう。
僧侶が声を上げて指差す。
「童子! これはいかんぞ!」
「ま、まさか」
地面からわきあがる妙な力を感じた夕都は、両手を広げて、異変を察知した。
呆然と呟く。
「龍脈の暴走」
いくら聖木に異物がはいりこんだとはいえ、龍脈の暴走が早すぎる。
お堂の入り口に視線を向けるが、朝火がいるわけがない。
地に座り込み、地下の大師へと意識をそそぐ。
かすかな気を感じたので、急いで座禅を組み直すと、瞳を閉じた。
ふいに大きな音が響いたかと思えば、頭に影がせまるのを感じて目を開く。天井の木の破片はすでに眼前に迫っており避けきれない。
「童子!」
「うわっ」
僧侶が庇おうと跳躍するが間に合わず――夕都の視界は真っ暗になった。




