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焔の龍刃  作者: 青頼花
第二章【神無殻の業】

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第10話〈高野山へ〉

 厳島神社から高野山へは、車で向かうことにした。

 近隣の神無殻の士に連絡をとり、車を手配してもらう。

 初老の男が運転するタクシーに乗り込み、高野山へと急ぐ。

 運転手は何も聞かずに高速道路を走る。

 夕都と朝火は、目立たぬよう後部座席に座っていた。

 運転席とは透明なシートでしきられており、声をかける時は、張り上げないと届かないだろう。

 夕都はあちらに着いてから礼を言えば良いか、とひとまず仮眠をとるよう朝火に促した。


 念の為交代で仮眠をとり、高野山についた頃には、すでに午前零時を回ろうとしていた。


 霊峰高野山。


 この地は、真言密教の総本山、天空の宗教都市とも呼ばれており、平安時代に弘法大師空海が開山した。

 千二百年の歴史を持つ。

 弘法大師は未だ生きており、御廟に毎日食事が届けられ勤行が行われている。

 この御廟に直接入り込む事はかなわないが、夕都は龍脈に触れる事で入口を開いてしまう。


 御廟までの参道には、樹齢千年に及ぶ杉木立の中に諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑が立ち並んでいる。


 月明かりを頼りに先を先導するのは、出迎えた顔見知りの僧の泰西僧侶だ。

 座主の補佐を担っており、影の組織に積極的に協力している。

 普段人前には顔をださず、ひっそりと人目のつかぬ時刻に見回りと修行をしているのだ。


 事情を説明すると、破顔して頷く。


「ならば、お力をお貸しいたします」

「ありがたいです」

「御廟の前に行けば、龍脈に触れられるはず」


 夕都がお礼を伝えるのに続けて、朝火が断言する。月が照らす夜道をしばらく歩いて橋を渡り、燈籠堂へとたどりいた。

 燈籠で埋め尽くされた光景はいつ見ても圧巻であり、厳かさに息を呑む。

 夕都は地下で永遠の瞑想をする大師に心の内で話しかけ、龍脈へと繋がる赦しを請う。

 全身の血液があたたかくなり、肉体が熱くなる。

 座り込み、座禅を組む。

 意識は徐々に遠のき、急激にひっぱりあげられた。


 ――っ!


 魂が強力なエネルギーに引きずられていくのを感じる。

 まさに龍脈の中へと入り込んだ証。

 光の渦が暴れ狂う最中を、貴一の魂を捜して彷徨う。

 身体に力を込めて、意識を外界から切り離さぬよう、集中力を高める。


 やがて、光の玉が視えてきた。


 ――貴一か!


 夕都は必死に手を伸ばし、その光の玉を掴んだ。


 その瞬間、世界は真っ白になる。



 真っ白な世界は色彩を得た。

 貴一は、流れ込む意識をはっきりと感じて、それが夕都だとわかるのだが、いざ目を開いてみれば、別人が見えた。


 目の前には、不衛生な子どもたちが並び、男に叱責されている。

 身なりからして、江戸時代の貧しい農村の子どもたちのようだ。

 対してちょんまげ頭の男は、質の良い着物を着て、大仰に怒声を子どもたちにあびせる。出で立ちからして、役人だろう。

 子どもたちはみな身をすくませて、上目遣いに男を見ていた。

 身体を小刻みに震わせる様は、いますぐに助けたいと思わせる。

 貴一は自分が今、意識だけの存在であると自覚していた。唇を噛みしめて成り行きを見守った。


「良いか。お前達は神無殻の下僕であり、その身には、スサノオ様の童子の血がながれておる。お国のために身をささげる運命なのだ。川を鎮める人柱となることを、誇りに思うが良い」


 男の話す内容に貴一の背中がわななく。

 泣き叫ぶ子どもたちの姿を見て、拳が震えだす。


『落ちつけ』

『え』


 呼びかける声と共に、肩に手を置かれて身体がびくついた。

 顔を向けると、夕都がいた。

 ただ、その姿は普段とは違って着物を着ており、髪の毛も染めておらず黒髪で、若干首まで伸びている。

 知的な雰囲気を放つ夕都が、この状況を語り始めた。


『あの子達は、実際にスサノオの童子かははっきりしていないだろう』

『どういう意味ですか』

『スサノオの童子は、影の世を知る者にとっては、都合の良い存在でな。主に貧しい身寄りの無い子どもたちを勝手にスサノオの童子にしたてあげて、利用していたんだ』


 貴一は息を呑む。

 子どもたちに視線を戻せば、次々に川へ連れ出されて、無慈悲にも蹴落とされていった。

 泣き叫び助けをこう様は、とても直視できるものではない。

 役人は、川の氾濫を鎮められずとも、邪魔な貧民を片付けた事実を称賛されて、私腹を肥やす。


『神無殻はこのような輩を監視、成敗してきたが、長らく月夜が不在だったのもあり、その権威はないに等しかった。ようやく月夜が自我を取り戻したのは百年ほど前だ。だが……』


 貴一は険しい顔つきで語る夕都の横顔を、ただ見つめて傾聴する。


『神無殻もスサノオの童子を本物だろうが偽物だろうが、利用してきたのは同じだ。聖木への生贄にする代わりに、家族、一族には褒美を与えた。でも、月夜は、そんな神無殻のやり方を見過ごしながらも、聖木の生贄が不要となる特別な力を持つ、スサノオの童子を捜し続けていた』


 貴一は目を見開いた。


『それって……』


 夕都はただ微笑み、頷くと、貴一の胸元に手を突き入れる。その手には、いつのまにか“草薙剣の形代”が握られていた。


『あ……?』


 貴一の肉体は、光の集合体のようになっていて、そこに夕都の腕が剣ごと突き入ったのだ。貴一の中に、形代が飲み込まれていく。

 たちまち世界は光に飲まれ、貴一の意識も解放された。


 ――どこに行けば、良い。


 ふと、笑う少女の声がした。

 貴一はその声に向かって光の中を泳ぐ。

 やがて、両腕を伸ばした茉乃の姿が見えた。


『茉乃さん』


 安心感に包まれて、貴一はまっすぐに彼女に向かって、光の渦の中を泳いだ。




「ぷはっぁああ〜〜」

「夕都!」

「大事ないですか」


 夕都は坐禅を解いてゆっくりと呼吸を繰り返す。

 胸いっぱいに酸素を吸い込み、朝火が背中をさするのを感じながら、辺りを見回す。

 無数のかがやく燈籠に目がくらむ。

 朝火に支えられながら立ち上がり、貴一の無事を伝えた。


 泰西僧侶が、夕都を労って休むよう促すが、今夜はこの場を離れるわけにはいかない。

 朝火に護衛を任せて、夕都は龍脈に干渉しつづけて、火山活動が少しでも収まるよう、意識を集中させて、気を高める。


 空が白み始めた刻。不躾な声が轟いた。


「やはりここだったか」

「悠月か」


 投げられた声音の主を、夕都はその顔を見ずともあてる。

 いつのまにか燈籠堂の入り口には、悠月が佇んでいた。背後には、冨田の姿も見える。

 二人の様子を見るに、結託した可能性が高いと踏む。

 朝火が刀を抜いて、夕都を庇うように立った。

 悠月は瞳を伏せてため息をつく。

 対して冨田は、険しい顔つきでこちらを見据えている。

 ふと、夕都は、黒装束の面々が見当たらない事実に気づいて声をあげた。


「お前ら二人だけか。奴らはどうしたんだ」

「亡霊にふさわしい役割を与えてやっただけさ」

「役割を?」


 朝火が問おうとした時、悠月は力なく笑いながら、着物の懐から何かを取り出すと、夕都と朝火めがけて放り投げる。

 朝火が拾い上げて確かめると、短刀であった。

 さや抜くと刃には、血のような液体が付着している。


 その暗い色の液体を見た瞬間、夕都は胸の内に焦りを覚えた。

 短刀を持つ朝火も眉ねを潜める。

 大笑いが響く。心の内を見透かしたかのような声は、悠月のものだ。

 悠月は鉄扇を仰ぎつつ、何度もうなずきながら言い放った。


「もとはといえば、お前達神無殻が原因だものな。ならば、元凶である龍脈を壊してしまえば良い」


 冨田が地に這うようにして叫ぶ。


「わ、わたしは違う! 龍脈は、我が国にとって大切なものだ! 月折夕都! お、お前の血ならば、私でもスサノオの童子になれると……」


 気が動転しているのか、冨田は目論見を白状する。


 夕都は頭を振り、坐禅を解いて立ち上がると、朝火の隣をすり抜けて彼らの前に進み出た。

 這いつくばったまま、目を見開いて硬直する冨田を一瞥し、悠月へと視線を移す。

 悠月は瞳を爛々と輝かせて、充血が酷い。歯をむき出しにして身体を震わせている。


 夕都は目を逸らさずに、低い声音で語りかけた。


「自分の恨みを晴らす為なら、他人がどうなろうと構わないと? 妹さんは悲しむだろう?」


 妹の話をすると、悠月は視線を宙へ彷徨わせる。その目は細められて、明らかな戸惑いが見えた。

 冷血な男だが、妹への愛情は本物のようだ。

 悠月の視線が彷徨う間、夕都は悟られぬよう、腰にさした刀の柄に手をかける。

 布の隙間から手指を入れてタイミングを伺う。

 悠月は急に夕都を見やり、唇を噛みしめた。鉄扇を振り上げて、素早く攻撃をしかけてくる。


「夕都! 下がれ!」

「朝火!」


 高音が鳴り響き、夕都は両手で耳を塞ぐ。

 朝火が悠月の鉄扇に刀をかちあわせた斬撃の音が、空間に轟く。

 二人は互いに譲らず、横に跳びながらぶつかりあう。

 刃と鉄扇が擦れて火花が散った。

 夕都は、朝火を援護しようと刀をさや抜こうとしたが、突然足を掴まれて声を上げて視線を移す。

 冨田が足にひっついていて、喚き散らしていた。


「お前の力が必要なんだ! 神無殻なんかより贅沢な暮らしができるぞ!」

「は、はあ? 何いってんだ!」

「私が龍脈を支配できれば! この国を必ずや世界を支配する大国にしてみせるぞ! 科学兵器なんぞ、我が国の龍脈の力を使えば、恐れる必要などない!」

「はあ?」


 夕都は口をあんぐりと開けて言葉もない。

 足を振って蹴り上げてやりたかったが、冨田は獲物にくらいつく猛獣のような有様で、今にも噛みつかんばかりだ。

 盛大にため息をついて、全身に力を込めて、語気を強めて言いすてる。


「政治家のくせに、そんな荒唐無稽な夢を見るとは!! 龍脈を使うだと? それがどういう意味かわかってるのか!? いま、日本中の火山が刺激されて、今にも爆発しようとしてるんだ! 言っておくが、特別なスサノオの童子である俺だって、龍脈の制御なんてできない!! 制御するには……」


 言いかけて口を閉じた。

 言葉を飲み込み、堂内を見回す。

 朝火と悠月は技をぶつけ合いながら、外へと飛び出している。

 夕都は勢いよく足を振り、冨田を蹴り上げると、刀をさや抜き二人を追った。


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