足跡を追って1
記憶を探る話し合いから2日が過ぎた。
初日は、まず行動とばかり、足を使って記憶の足跡を辿ろうとした。
予想しなかったわけではないんだが、労力に見合わないことをまざまざと痛感させられた。
加えて、美桜を行き当たりばったり、あちこち引っ張り回してしまったのは過ちだった。にこやかだったのは最初の1時間ほどで、気まぐれに行きつ戻りつする俺にイライラが募ったのだろう。
しまいには、訪れる場所を事前に決めておくようにと指摘され、なだめるために喫茶店のカフェオレとスイーツプレートが必要になってしまった。
2日目。
美桜は外せない業務があるため、研究所に出社した。
俺は、直近3ヶ月の電子伝票と地図をチェックし、身に覚えのないものを見つけ出そうとした。しかし、怪しいものは全く見つからず、空振りに終わった。
この2日間の収穫と言えば、新大宮バザールにある、レトロ機器専門レストアショップ『ノスタルジックスペース』が実在することだけだった。
あそこは、あまりにも非日常的な空間だったこともあり、実在しないのではないかと疑ったのだが、店主も含めて本物だった。
ちなみに美桜は、店を出てすぐ「別な意味で怪しすぎる」とつぶやいていた。
そして今日は、記憶を探る3日目だ。
天気は晴れ、気温が高めだが風も穏やかで、散策にはちょうどいい。
また美桜と街を歩くわけだが、昨夜のうちに行く場所と時間は連絡してあるから、初日のように機嫌を損ねることは無いだろう。
最初に訪れるのは、この辺りで一番大きな複合商業施設バイランド。
待ち合わせ時間は午前10時だ。
バイランドは、BuyーLandの名とは裏腹に、売り手にフォーカスした巨大なお買い物テーマパークになっている。
明るい雰囲気の敷地内をぐるっとひと回りしただけで、ハイテンションになった買い物客は、気付くと無駄に散財させられているという、危険極まりない施設だ。
入口に設置されたアーチ型のサイネージパネルには、本日のお買い得品とタイムセール情報が下から上へとスクロールしていく。
以前は、レトルトカートリッジの安売り情報をチェックしては、売り場に急いでいたっけ。
施設案内板には、プレミアムブランドを示すゴールドの星マークがついたショップがいくつかあって、価格帯からしても富裕層向けのショップだが、見るだけの人たちにも人気だ。
もちろん俺も、暇な時に眺めていた覚えはあるのだが、1度として購入を検討したことはない。
入口には循交乗り場が併設されており、平日の午前10時だというのに続々と人が集まってくる。
そういえば、仕事を持たない普通の人たちは、こういった施設を巡っては時間を潰してるんだった。
そんなことを考えていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「翔さん、待ちました?」
振り向くと、華やかなイエローのワンピースを身に纏った美桜が笑顔で立っていた。絵の具でいえばミモザイエローに白のブラシペイント柄、白い大きめの襟が、明るい性格の美桜によく似合う。 今日は商業施設中心ということもあり、意識してるのかもしれない。
対する俺は、いつものラフな服装、しかも一昨日と同じ服だ。
少しは気を遣うべきだったと反省した。
「いや、そんなことないさ。2時間くらいだから誤差の範囲だよ」
「良かった。セーフですね! でも翔さんが、今時のネタを知ってるなんて、ちょっと意外かも」
「なあに、それくらい俺だって知ってるさ……。まぁ、昨日からだけど」
「あら、やっぱり」
2人で笑い合える瞬間は、いいものだ。
「じゃぁ、行こうか。昨夜送った予定通りということで、今日もお付き合いよろしくお願いします」
「はい、お願いされました」
今日の目標は、俺がタチバナ研究所と関わりを持つきっかけになった記憶が、本物かどうか確認することだ。
正直、ここから先の記憶は、直視するのを避けて来た部分だし、自分でも触れたくないじくじくとした生傷だ。
もっと言ってしまえば、無意識のうちに目を逸らし逃げていたものだ。
だから、美桜が協力を申し出てくれたことが素直に嬉しく救われた気がした。
バイランドは、ずいぶんと通った場所だったこともあり、ウィンドウショッピングよろしく、30分ほど歩いただけで、記憶が細部まで本物だと納得出来た。
もう次の場所に移動するタイミングだろう。
空を見上げると、じわじわと日差しが強くなって来ている。
ちらっと、すぐ横のショーウィンドウを見ると、可愛らしい感じの日傘が飾られているのが目に入った。
GATEニュースの天気情報が、こういうところでも活用されているわけか。
数日の天気傾向から日傘の売行予測を立てているのは一目瞭然だ。
ほんと、こういうところがバイランドだよ。
しかし今だけは、このあからさまなセールスに乗るのも悪い選択肢ではないように思えた。
「美桜、これから行くのは公園だから、こういうの持ってた方がいいんじゃないか?」
「そうねぇ。日傘って使ったことないんだけど、どうしようかな」
「黒のレースにイエローの差し色。これは似合うと思うよ」
「ほんと? なら、それ使ってみようかな」
「じゃ、ちょっと待ってて」
ドアを押して店内に入り、スタッフタイプのオフィスノイド店員に購入意思を伝えると、すぐに日傘が用意された。
折りたたむとコンパクトになると思っていたのだが、予想以上に大きい。
たたんだ状態ですら、日傘を持つことがステータスであるかのような自己主張さえ感じる。
提示されたお会計の強烈な主張には、さらに衝撃を受けた。
なんと、日傘1本が2万6千円! 間違い無く富裕層向けの価格設定だ。
見なかったことにして、そのまま店員の左手にGATEチェックでタッチし支払いを済ませた。
今後ともご贔屓にと差し出されたショップカードには、燦然と輝くゴールドの星マークが印刷されていた。
ショーウィンドウに飾られている商品に値札が付いてない時点で疑うべきだったがケチケチするタイミングじゃないと諦めるしかなかった。
「お待たせ。はい、これ。使って」
「ありがとう! 高かったんじゃない? こういうのは、富裕層の奥様しか使わないものだし」
「そんなこと気にするなよ。美桜への感謝の気持ちだから受け取ってくれないかな」
軽い気持ちでそう言いながら差し出すと、美桜は一瞬、目を伏せてから笑顔になった。
喜んでくれているみたいだ。
「そろそろ、ここも混んできたから次に行こうか。予定通り、循交使って公園にいこう」
「そうね。入口にあったサンドイッチ、買っていかない?」
「いいね。そうしようか」
雑踏を越えて入口に戻る最中、美桜がぽつりとつぶやいているのが聞こえた。
「感謝して欲しかったわけじゃないんだけどな」
何と返したら良いか分からず、振り返ることが出来なかった。




