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本質とチーム

 所長は椅子に深く座り直した。

手をひざの上で組んだまま、真正面から俺を見据える目は真剣そのものだ。


「はっきり言ってしまった方が良いだろうな。坂崎君、君は週末をどう過ごしている? 部屋に閉じこもって過去のニュースを読み漁っても、何1つ解決なんかしない。それは理解しているんだろう?」


 静かな口調だった。

しかし、冗談を言ってる時より低い声で、張り詰めたような空気を纏っている。

にこりともせずに淡々と指摘されると、何となく怒られてる気分になる。


「はい。もちろんです」

肩をすぼめながら答えた。


「今の坂崎君に必要なのは行動だ。外出先で倒れたらどうしようかと不安なのは分かる。だが、実際に自分の目で真偽を確かめなきゃならん。これまでの足跡を辿り、真実を探すんだ。前提や思い込みを捨てろ。辻褄が合わない部分は全て疑え。客観的、かつ論理的に物事を直視するんだ。今までの生活でも記憶の綻びに薄々気付いてるんだろう? もう1歩深く踏み込め」


 語気が強い。

こんなにズバズバと橘所長に叱責されたのは初めてだ。

直接の部下は結果が出ないと、こんな風に叱られるんだろうか。


 だが、ちょっと待ってくれ。

指摘通りなのかも知れないと聞いていたが、いくら何でも一方的過ぎやしないか。


「すいません。俺だって、この数ヶ月というもの、記憶がどんどん削れて消えていく感覚にずっと苦しんでいたんですよ。最近では急に気絶もする。不安になるのは当たり前じゃないですか。それなのに……」

堪らず口を差し挟んだ。


「たまに気絶するのは、心にリミッターがかかっているからだ。知りたくない、逃げたいと無意識のうちに拒否しているんじゃないか?」


「拒否してるつもりなんて、俺には……」


「だから無意識なのだよ。過去に思い出したくない記憶があるから逃げたくなり、1人では背負いきれないかもしれないと感じて不安が増幅する。そんな過重なストレスを伴う重荷だ」


「1人では背負いきれない、逃げ出したくなるような重荷……ですか」


「先ほど坂崎君は『全てをどんな代償を支払ってでも知りたい』と言った。さらに『ここ数ヶ月』とも言った。では、今まで数ヶ月あって何を知ろうとした? 自ら求め、動いたか? 全て受け身ではなかったか? それでも準備は出来ていると言い切れるのか?」


 全て受け身……。


 俺は逃げていたのか?


 たしかに、研究所から仕事をもらってからは、そうだったかもしれない。

人と関わり、認めて貰える心地よさに甘え、違和感があったのに調べようとしなかったのは事実だ。


 逃げていたと言われても、否定出来ない。


 自分のひざを見つめたまま、沈黙が流れていた。


「では、提案だ」


 所長のひと言で現実に引き戻される。


「提案ですか?」


「そうだ。1週間の休みをやる。現実世界のどこまでが自分の記憶と整合しているか調べてみるといい。吉川、相談に乗ってやってくれるか?」


「もちろんよ。坂崎くん、いいわね? そして、1つだけアドバイス。真実って、見る方向によって全く違う形をしているものよ。容易なことじゃないけど、あなたにとっての真実を見つけられれば破綻することはないはず。では、何かあったら必ず私に報告なさいね。」

吉川先生は、いつもの笑顔だ。


「分かりました」

そう答えたものの『俺にとっての真実』って何だろう?

疑問は尽きない。


「プロジェクトは、スケッチ担当がいなくちゃたいして進まないだろうから、中西君も出来るだけサポートしてやってくれ。時間は好きなだけ使っていいぞ。施設の使用も許可する。まぁ、PMの佐藤君は文句を言うだろうが、気にしなくていい」


「分かりました」

美桜が意地悪そうに微笑んだように感じたのは、俺の見間違いだと思いたい。


 しかし不可解だ。


 多額の資金を投じているプロジェクトだ。

影響が出ると分かっていて、俺を休ませる?

さらに美桜までサポートに付ける?


 いくら何でも経営者の判断として異質過ぎる。


「所長、今までずっと疑問だったんですが、聞いていいですか?」


「あぁ、構わないぞ」


「どうして、そこまでしてくれるんですか? 俺の治療も無償だし、Rinに遅れだって出ます。会社としては大きな損失になるんじゃないですか」


「簡単なことだ。君の背負っている重荷は、この私にも関わりがある。だが、それ以上に興味があるからだ。多少の損失などどうでもいいのだよ。治療を持ちかけ、好待遇を約束し、なるべく近くに置いて、事あるごとにコンタクトを取り様子を見ていたのは、そんな理由だ。しかしだな、この状況にすぐ気付くだろうと思っていたんだがね」


 所長の立場と今までの態度を考えれば、すぐに分かることじゃないか。

怒ってパニックになるシチュエーションだろうが、完全に萎えてしまった。


「俺は所長を信用していたんですよ……」

自分でもびっくりするほど弱々しい声だった。


「すまんな。ただの善人じゃなくて。この私にだって取り戻したいものがある。かけがえのない大切なものだ。そのために、君の記憶と過去の人生を利用しようとし、君の未来を浪費させようとしている。残念ながら善意ではないのだよ」

何かを思い出したように、一点を見つめ、眉間に深い皺が寄った。

ほんの一瞬だが、どす黒い闇が見えた気がする。


「……美雪ちゃんですか」


「そうだ。協力してくれるか?」


 二人の姿を思い浮かべた。

昨日も美雪は相変わらずだったけれど、ミューキーは俺と遊びたくて、ずっとまとわりついていたっけ。


「ふぅ」

ため息が漏れた。

諦めではなく、1本の線が繋がったという納得のため息だった。


「ミューキーと遊ぶ仕事をあてがったのも情が移ることを意図してのこと。俺に仕事をしてみないかと声をかけた瞬間から、このシチュエーションを予測していたってことか……。断れるわけないでしょう! 完全に私の負けです。所長の思惑通りですよ」


 手の平の上で踊らされていたわけか。

そして、上手く踊れていなかったから、この場が設けられた。


 完全に脱力し肩を落とすしかなかった。


「そうか、協力感謝する。必要な物があったら言ってくれ。何でも用意しよう」


だが、こうもあからさまに()()()()()()という顔をされると、さすがに思うところはある。

それでもすっきりした気分だ。


「分かりました。やっと前に進める気がします」


 顔を上げたら、美桜が笑顔で俺を眺めているのに気が付いた。


「そうだ。そういえば、美桜はそれで良いのか?」


「何を今さら。サポートするって決めたんだから、協力するのは当たり前でしょ」

ふくれっ面をしてみせても、そこに不満は無さそうだ。


「では、決まりだ。いいチームが出来たんじゃないか」

所長の顔に一瞬だけ浮かんだのは、肩の荷が下りたような優しい表情だった。

きっと、俺を黙って利用していることに罪悪感があったんだろう。


 いいチームか。


 あぁ、たしかにそうかもしれない。

前向きに行こう。


 ここ3ヶ月で一番の晴れ晴れとした気分だった。



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