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美雪

森から出ると、花壇の隣にベビーカーを停めて、女性が待っていた。


やはり、自宅からほど近い複合商業施設近くで、何度かすれ違った女性だ。

あそこからベビーカーを押して来てるのか?

相当な距離があるぞ。


近くで見ると、子供の公園散歩というラフな服装ではない。

モデルのようなスラッとしたスタイルに、襟までパリッと糊の利いた淡いブルーのブラウス、OLのような黒のタイトスカートに黒いパンプス。

ショルダーバッグをかけたら、そのまま通勤出来る格好だ。


「ありがとうございます。助かりました」

両手をへそ辺りに揃え、45°の角度で一分の隙も無いお辞儀をする女性は初めて見た。

大企業の社長秘書か何かだろうか。

ショートボブにまとめた髪がはらりと垂れるのを目の当たりにし、あろうことか見蕩(みと)れてしまった。

何という美しい人だ。

黄金比で形作られた容姿バランスはひと目で分かる。

女性の声が魂に共振し、揺さぶられ、()みる感覚は初めてだ。

その外観と相まって、この世の者ならざる神々しい存在に思えてくる。


「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。ミューキーちゃんですか。真っ白で綺麗な猫ですね。」

適当な受け答えをしてしまったのは自覚しているし、あらぬ想像を巡らせてしまってもいる。

こんな女性をモデルに写実画を描くことが出来たら、さぞ楽しかろう。


心の内が顔に出ていたのかもしれない。

それとも心が読めたりするんだろうか。


「お手数おかけしました」

そう答えながらも、真正面から向き合う彼女の目は笑っておらず、どちらかというと警戒しているようにすら見える。

無理もないか。

30過ぎで日中からこんなところでボーッとしてるヤツを警戒しない方がどうかしてる。


「さぁ、飼い主さんだよ」

そっとミューキーを渡す時、少しだけ彼女の手に触れたが、不思議なほど冷たい気がした。


「お帰りなさい。冒険は楽しかったですか?」

女性はミューキーに優しく話しかけながら、左腕で支え、体、手足の順に怪我が無いか獣医のような手際の良さで確認している。

耳や口の中、目を確認しながら、こんな質問をして来た。


「ところで、何か変わったことはありませんでしたか?」


しゃべったような気がしたことを伝えるべきか?

それで頭がおかしいやつだと思われるのも困る。

触れない方が良いだろう。


「変わったことと言いますと? 子猫は初めてでして」


「いえ、気が動転しておかしなことを聞いてしまいました。お忘れ下さい」


「ご心配、わかりますよ」


ひと通り確認が済んだようで、ミューキーをそのままベビーカーに乗せた。

ベビーカーには、1歳くらいの赤ちゃんが乗っていて、隣に置かれたタオルの中がミューキーの居場所のようだ。


「仲良しなんですね」


「えぇ。この子は美雪といいます」

くるくるとよく動く目で、俺を見ている。

知らない人がさぞかし物珍しいのだろう。


だけど、美雪ちゃんの動きからは何か違和感を感じる。

もしかして、身体が不自由なんだろうか。

ずいぶん体を動かしづらいようだ。

そして全くの無表情だ。


それでも懸命に俺を目で追おうとしている。


「美雪ちゃん、好奇心旺盛ですね。1歳くらいですか?」


「はい、もうすぐ誕生日なんです」


赤ちゃんと猫を一緒のベビーカーに乗せて散歩するなんて聞いたことがない。

普通はぬいぐるみとか人形なんじゃないか。


「この子たちには深い絆がありますから、常に一緒に行動しているんです」

先回りして答えたのは、ベビーカーを覗いた人が、皆、同じ質問をするからだろう。


「リードとか、ハーネスとか付けないんですか?」


「ご心配は分かりますが、この子を縛るようなことはしたくないのです」


「またこんなことがあると危ないですよ」


「そうですね。しっかり言い聞かせておきます」


この子?

言い聞かせる?


美雪ちゃんのこと?

いやいや、子供だって1歳では言い聞かせても無駄だろう。


「ところで、明日もこちらにいらっしゃいますか?」


「来ると思いますよ。私の散歩コースですから。といっても天気次第ですがね」

散歩コースなんて嘘だ。

カウンセリングを受けた後、目についたベンチに座って、うな垂れていただけだ。

それでもメンツは保ちたかった。


「そうですか。今回は私の不注意で、とんだご面倒おかけしました。機会がありましたら、また、お会いしましょう」


「はい。また是非」


深々とお辞儀をしてから、ベビーカーを押して、先ほど犬が吠え合っていた方へと去って行った。

遠ざかる後ろ姿を見送りながら、大切なことを忘れていたのを思い出した。


「はぁ。名前くらい、聞いておくんだった」

明日から、ここまで散歩に来よう。


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