ランチタイム
昨夜は、あれから一睡も出来なかった。
睡眠不足で、午前中に描いたスケッチはひどい出来だった。
精彩を欠いた俺らしくないものばかりだったのも、全ては、あの特集記事のせいだ。
あんな記事さえ読まなければ、こんな醜態、晒さずに済んだのに。
今夜はタブレットに触らず、大人しく寝なくては。
昼休みにボーッとしながら中庭のベンチに座っていると、柔らかな日差しにいつの間にか意識が遠のいて行く。
明るい光が射す見渡す限りの草原。
フリルの付いた白いワンピースに小さめの白いハット、腰まで伸びた艶のあるロングヘアを風にたなびかせて走る女性。
目の前にいるのに、手を伸ばしても、すんでの所でひらりとかわされ、触れることさえ出来ない。
瞬きをするたびに距離が離れてしまう。
「待てよ。待てったら」
慌てて声をかけるが、立ち止まってくれはしない。
それどころか、どんどん離れていく。
「待ってくれよ! 頼むから……。置いていかないでくれ」
「・・・さん、坂崎さん!」
はっ!?
視界がぼやけている。
目をこすると、涙がこぼれる寸前だった。
「中西……さん?」
今のは、……夢……か?
「こんなところでお昼寝だなんて、らしくないですね」
顔を上げると、中西さんと至近距離で顔を付き合わせる格好になった。
少しぽっちゃりとした丸顔に健康的なナチュラルメイク、目元だけはしっかり入ったアイライン。
俺を覗き込む笑顔と、太陽光が反射して、キラッと輝いている瞳が眩しい。
フワッと仄かに香るのは、シャンプーだろうか。
一瞬、ドキッとしてしまう。
「いやぁ、ゆうべよく眠れなかったもんで、つい。ね」
わざと目を逸らし、伸びをして見せた。
「もう。寝不足は、いけませんねぇ。ところで、お昼まだでしょ? 今日は一緒に行きましょうよ」
「あぁ、気を付けるよ」
つぶやきながら立ち上がった。
”三つ星レストラン”までの道すがら、中西さんが気を遣って話を振ってくれているのは分かっている。
だけど、頭の回転が止まってしまっているかのように話が全く入って来ず、『うん』とか『あぁ』を返すのがやっとだった。
昨夜見た写真、記事、明け方に見た夢は覚えている。
加えて、さっきの夢だ。
全て繋がっているような気もするんだが、いったいどんな関連があるんだろう。
そのままの調子でランチプレートを注文し、あまり人がいない奥まったテーブルに着いた。
2人向かい合わせの席に座り、無心に箸を口へと運ぶ。
「・・・ねぇ、聞いてます? さっきから、ずっと上の空で。本当に今日はどうしたんですか?」
「ごめん。なんだっけ?」
「なんだっけ? じゃないですよ。ずいぶんと悩まれてるようですが。ほんと、どうしちゃったんですか?」
丸顔にクリッとした目元は友好的に見えるのだけど、軽く寄った眉間の皺だけが不満を訴えてくる。
本気で心配してくれてるのは重々承知している。
だけど、何と説明すれば良いんだろう。
「最近、夢見が悪くてね」
黙っているわけにもいかず、皿に転がってるコーンをフォークで弄びながら当たり障りの無い答えを返した。
「それって、どんな夢なんですか? あたし、こう見えても前職は有能なカウンセラーですから! これ以上の相談相手はいませんよ」
「たしかに、そうかもしれないけど」
「チームで1番の美少女と無料でお話出来るチャンスは今だけですぞ」
「わかったよ。でも少女ってのは、ちょっと違うだろ」
「そこだけツッコみますか!」
笑顔の反論のおかげで、こんなこと言って良いもんだろうか?という迷いは吹っ切れた。
俺は、昨夜見た夢と一緒に、これまでの経緯、あらましを説明した。
オールドネットで知ったテロ、ニュース、特集記事、テロ対策班のその後、そして水島刑事のことを話している間、中西は、黙って頷きながら聞き入っていた。
顔写真については、他人の空似ではなく、タブレットのカメラを使ったイタズラだろうといった、俺の見解も合わせて伝えると、やっと中西が口を開いた。
「んー。たぶんですけど、夢の原因はそれだけじゃないですよね? その夢を見るきっかけになった根本的な何か。実際に見てしまったもの、体験、情報とか、もっと大きな悩みがあって見た夢だから、そこまで重荷になったんじゃないかって気がします。心に引っかかる大きなトゲがあるんじゃないですか?」
「この話だけで、そこまでよく分かるね」
「ふふふっ。本職ですから!」
そう言いながら胸を張った。
「ところで、その刑事さんの顔写真、投稿者の署名は、見ました?」
「たしか、@cf_d_Watari。だったかな」
「あ、それって巷で有名なクラファン探偵ってヤツですよね」
「え? 有名なの? じゃ、こんなイタズラをあちこちに仕掛けてる愉快犯とか、ハッカーの類いってことか」
「違う違う。昔、クラウドファンディングっていう、資金調達方法があったそうなんですよ。当時は活動資金を得るためにオールドネット上で出資を呼びかける仕組みだったんですけど、そこにオークションの要素を取り入れて、受けた匿名依頼を公開して出資を募るわけ。すると、出資額に応じた調査レポートが届くんだって」
「そんなので資金が集まる?」
「それがさ、お金持ち絡みだと、調査レポートを公開されたくないから、大金を投じてでもファンディングをクローズさせるんだって。最後は依頼者と調査対象のオークションになって莫大な利益が出るみたいなんだよね」
「頭いいな、それ」
「でしょー。だから、その記事も調査の一環で出て来た証拠とか、レポートとして公開されているとか。ニセモノって線は薄いかなぁ」
「じゃ、あの記事や写真はホンモノってことになる……のか?」
「んー、そもそもホンモノの記事かどうか、わかんないですけどね。ところで、前から気になっていたことがあるですけど。聞いてもいいですか?」
「いいけど、急にマジメな態度で何かな?」
「坂崎さんって作家名ですよね? ここ新大宮にも同姓同名の有名な画家さんがいたんですよ。どうして、その作家名にしたんですか? 師匠とかですか?」
「そうじゃないよ。単に絵で羽ばたけるようにと思って坂崎翔画にしたんだ。同姓同名の画家がいたのは、俺も数日前に知ったんだよ」
「え、国内でかなり有名な画家さんですよ! 大先輩にあやかって付けた作家名かと思いました。で、本名は何て言うんですか?」
「そっか、言ってなかったっけ。本名は、坂崎……、いや、坂、違うな。あれ? 本名? 俺……」
急に周囲が暗転したことだけは、分かった。
あ、この感覚は……。




