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メモリースキャン治療 開始

「失礼します。坂崎です。所長の指示で伺いました」

検査室2Bに初めて入ったが、いつも注射だけ打っている2Aよりもこじんまりとした部屋だった。

 雰囲気はほぼ一緒だが、奥にカーテンで仕切られた区画がある。

誰かが中で作業しているようで、衣擦れの音と、ステンレストレーと器具がぶつかり合うカチャカチャという金属音が聞こえて来る。


「お疲れ様。よく来たわね。手近な椅子にかけて待ってて」

カーテンの向こう側から聞こえてきたのは、メゾソプラノのしっとりとした女性の声だ。

少し年上だろうか。


 そんな想像をしながら手近な丸椅子に座って待っている間中、カーテンの向こうからは、相変わらず金属音が聞こえている。

治療が新たなステージに進むと聞いてはいるけれど、トレーに並べた医療器具を使うような治療とはどんなものだろうか。

 考えただけで尻の辺りがむずむずして、こっそり立ち去ってしまいたくなる。


「待たせたわね。脳神経専門医の吉川よ。今日から治療を次のステージに進めるという話は聞いてるわね?」

カーテンの隙間からロングヘアーをストレートに垂らし、眼鏡をかけ白衣を身に纏った医師が姿を現した。

 手に持った2つ折りになるタブレット型端末は見たことがないが、医療機器の一種なんだろう。


「はい。先ほど所長から」


「先ほど? まぁ、いいわ。まずは、こちらに座ってちょうだい」

言いながらカーテンをサーッと引くと、見るからに最新といった雰囲気がある診療台を指差した。

 全体の印象は歯医者によくある診療台だが、頭上にゴテゴテと補機が付属したヘッドレストと、右側に大きなモニター、左側に操作用のパネルが並んでいる。

ゆっくり腰掛けてみると、張りのある合皮で出来た座面は少しひんやりする。


「これから脳内のメモリースキャンと不活性領域の励起を同時進行で進めるわ。電磁誘導で脳の神経回路に電気刺激を与えて、強制的に思い出させるから、何か思い出したら教えてね」

微笑みながら電気刺激とか、サラッと怖いことを言う。


「それって電子レンジに頭を突っ込むみたいなことですよね!? 大丈夫ですか?」

思わず身体を起こして問いかけたが、さらに追い打ちだ。


「大丈夫、大丈夫! 僅か10〜30mVだからピリッとも来ないわよ。いいからヘッドレストに頭をつけて」


「いや、そういうことじゃ無くって……」


「黙ってお姉さんの言うこと聞きなさいな」

目が笑ってる。この人、何を言っても無駄なタイプだ。

 観念してベッドに横たわり、ヘッドレストに頭を付けた。


「では、はじめるわよ」

手に持ったタブレット型端末を操作すると、微かな機械音が上の方から聞こえ、ゆっくりとバイザーが下がって来る。

バイザーの両脇からヘッドレストをグルッと一周するようにベルトが伸びており、額当てがおでこの中心まで来るとベルトが縮んで頭を固定した。

 頭の後ろからピピッと小さな電子音が聞こえると、透明だったバイザー全体が薄いグリーンに輝き、目の前にいろいろなグラフや記号、そして真ん中に脳の3次元モデルが投影された。


「今、目の前に表示されているのが、坂崎くんのバイタル、脳領域モデル、そして進捗度よ。0%が2つ表示されてるでしょ? 上が全体、下が今回分ね。初回だからスキャンは2回。1回目が全体、2回目が対象領域。説明は以上よ。質問は特にないわね?」


「えっ!? ちょっと、まだ・・・」


 吉川医師は、返事も待たずに端末の操作をはじめている。

「では、始めます。音声、画像ログ取得開始。検査プログラム411Bー02スタート。被験体、坂崎翔画」


「ひ、被検体だって!?」


「こら。 う・ご・く・な」


 モニターから合成音が聞こえて来た。

「音声認証OK、検査プログラム411Bー02スタート。初期スキャン実行」


 バイザーの中央にカウントダウンが表示された。

5、4、3、・・・0

頭上でブーンという作動音が響くと同時に、バイザーの右上隅にグリーンのドットが明滅をはじめ、わずか10秒ほどで次のアナウンスが流れた。


「初期スキャン完了。解析スタート……完了。モデル更新」


 バイザーに表示された脳モデルが色分けされて表示された。


「見えてる? グリーンの部分が通常状態、グレーが不活性状態。記憶が残っていてもアクセス出来ない部分ってこと。坂崎くんの場合、記憶に関連する領域の6割が不活性ね。ここに電磁波を照射、活性化させていくから少しずつ記憶も戻ってくるわよ。では、続きね」


ピッ!


「領域スキャン実行。完了。解析スタート……完了。不活性領域の励起、開始」


ブーン……微かな動作音とともに闇が訪れた。



どこか、闇の奥から声が聞こえるような気がする。



「……入……不具合で……ね」


「抑止…………か?」


「……導入……済みま……よ」


「……使え……か?」


「間違いなく……」



これが記憶?

現実?



◇◇◇



30cm角の自発光パネルと白いセラミックパネルの一松模様が視界に広がっている。

あぁ、これは……。


診療室の天井に目の焦点が合うにつれ、意識がはっきりして来た。


「あら、お目覚め? 気分はどうかしら?」


女性の声?

誰だ?


そうだ、脳神経の専門医で……名前は……。


「あ、吉川先生。終わった……んですか?」

ベッドに横たわり天井を見つめたまま返した。


頭に手をやると固定していたベルトも外れていた。


どれくらい眠っていたんだろう?


「頭がスッキリした感じで、妙に調子良い気がします」


「それは良かったわ。何か思い出したことはある?」


「うーん……」

頭の中に何かが見えたと思った瞬間までは覚えている。

会話が聞こえた気がしたが、あれは記憶なんだろうか?

それとも現実?


少し考えたが、よく分からない。


「その質問は難しいですね。だいたい何を忘れていたのか自体が分からなくて」


「そりゃそうね。とりあえず今後の予定を伝えておくわ。これから火曜午後は不活性領域の励起・定着処置を行います。忘れずに来るようにね。来たら、1週間のうちに何を思いだしたかヒアリングして、さっきと同じ処置よ。分かった?」


「火曜午後、ヒアリング、処置ですね」


「何を思いだしたか報告して欲しいから、しっかりとメモを取っておいてね」


「メモ、分かりました。ところで、毎回、こんな風に気絶するものなんですか?」


「コンピューター的に言えば、データが書き換わったらリセットされるのと一緒。辻褄が合わない部分を馴染ませて組み込む時に気絶する人もいる。それだけのことよ」


「それだけって」


「はい。本日は、これで終了! お疲れ様」


時計を見たら、もうすぐ16時。

プロジェクトルームに戻る頃には帰る時間だ。


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