心のつながり2
子供部屋に残された俺は、今聞いた話の真意は何だったんだろうかと考え込んでしまった。
きっといつものように重大案件の前振りに違いないとは思うんだが、今はまだ情報不足で見当も付かない。
それなら、これ以上考えてもしょうがないと、頭では分かっちゃいるが上手くいかないことだってある。
冷静になってみると、何だろうな、この気持ちは。
俺のことなのに、俺の知らないところで何かが動いて未来が決まっていく、この歯がゆい感覚。
情報の断片だけ与えられ、知ってると錯覚させられ、選択肢があるようで実は1択という現実。
みんなが知っているのに知らないのは俺だけなんじゃないだろうかという、この疎外感……。
しかし、目の前でお腹を見せて寝転がりながら、手にじゃれつくミューキーを眺めてるうちに、美雪とミューキーが安全で、2人の治療が進んでいるのなら、俺は任された案件をしっかりこなせていることになり、これ以上、考える必要はないだろうと思い直した。
俺は俺の役割を全うすれば良いだけだ。
あぁ、そうさ。いつものように。
……いつも?
半分ボーッとしながら、何気なく手にした猫じゃらしに、以前のようにミューキーが突進して来たことで我に返った。
ほんの数日前、目の前にいる"ミューキー"は、見た目こそ同じだが、中身は全く別な猫だと確信していたのに、今は普段通りに戻っている。
しかしながら、ミューキーは昨日から何の変化も無い。
少なくとも、俺にはそう感じる。
500gに満たない小柄な体格で真っ白、相変わらず鉛筆みたいな細い尻尾をしている。
だが、あんなにヨタヨタしていた足取りはしっかりしているし、動きも活発だ。
夢中になって猫じゃらしにアタックして来る様は、間違い無く先日までのミューキーだ。
どういうことなんだ!?
目の前の光景に焦りを覚える俺を尻目に、ジャンプしては、器用に空中で猫じゃらしを捕まえて、着地しながらクルッと前転しては後ろ足キックを繰り出してくる。
この動きは発作が始まる直前に覚えた新しいじゃれ方だ。
昨日まで、そんな素振りを全く見せもしなかったのに、どうして急に思い出したかのように……。
それを言うなら、別な違和感もある。
昨日までやっていたのに、急にやらなくなったことだってある。
そうだ。ミューキーが鳴かなくなったのだ。
発作からちょうど2週間。
いったい、何が起こったというのだ?
まさか、昨日までここにいたミューキーはクローンで、全く別な猫だったとでも?
それなら辻褄が合うんだが、あり得ないだろう。
待て待て、落ち着け。
冷静に考えれば、身体が動かしづらく、耐えがたくて鳴き声でアピールしていたのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
猫じゃらしを握りしめたまま、眉間に皺を寄せてぐるぐると思考する俺への視線に気が付いて顔を上げると、美雪と目が合ったような気がした。
美雪の瞳は優しく、純真な子供のそれだった。
刹那、俺は脳天から電気が流れるような感覚とともに、こんなに不自由な身体であっても美雪にはちゃんと理性があり、意思があり、そして生きていることを理解した。
同時に、胃の腑にずんと重くのしかかる胸のつかえがあることにも気が付いた。
オールドネットで見た橘所長への長期間にわたるバッシング、非科学的な誹謗中傷、言いがかりでしかない身勝手な『正義』の名の下、奥さんは命を落とし、美雪は身動きすら出来ない状態にある。
こんな小さな子供を巻き込んで命を弄んだ奴らへ憤り、慟哭、嫌悪がごた混ぜになった黒い靄が頭にどっと流れ込んで来る。
俺も事故で妻を亡くした喪失感を知っている。
さらに娘にまで重度の障害を負わされた怒りはどれほどだろう。
2年も続いたネグレクトから脱却出来たのは、間違い無く、美雪とミューキー、そして橘所長のおかげだ。
こんなにも他人のためになる研究を続け、社会に貢献している人に対して害意を向ける、グリーンフリーダムというテロリスト集団の存在を放置しておいて良いのか?
オールドネットのニュースには、テロリストの主犯格は捕まっていないと書いてあったが、いまだに潜伏しているのだろうか。
警察はいったい何をしているんだ。
悶々とした想いが猫じゃらしを振る手の動きの邪魔をする。
単調な動きに飽きてきたミューキーは、隙をみて猫じゃらしを奪い取り、一目散にいつもの自分のポジション —— ベビーベッドの美雪の隣 —— に駆け込むと、猫じゃらしを抱え込んでは猫キックを繰り返している。
その無邪気な姿を見て、黒い靄が少し落ち着いた気がした。
この子たちのために出来ることはしてやろう。




