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美雪とミューキー  作者: よしなし つづる
所長と美雪
24/25

心のつながり1

「所長、こんにちは。子供部屋でお会いするのは2度目ですね」


「しっかりと契約遂行、感心感心。ところでな、猫って人の言葉をある程度理解しているんだよ。普通に暮らしているだけで200単語以上覚えるって知ってるか?」

今日も所長がミューキーを撫でながらトリビアを投げて来たのだが、いつものごとく会話の着地点がさっぱり読めない。


「知能を強化してあると、コミュニケーションがし易いってことはよく聞きますね」

当たり障りの無い返答をしてみたが、たぶん求める答えではないんだろう。


「ふっ、浅いな坂崎君。猫におけるコミュニケーションの基本は、相手に応じて対応を切り替えられることにある。猫同士で鳴き声を使うことは稀でボディランゲージが主だが、人相手には鳴き声を使うといった具合だ。だから音声応答に特化した脳領域を拡張するだけで、人とのコミュニケーションが格段にし易くなる。これが猫の知能強化の真実なのだよ」


「猫の場合は領域拡張のみで200語ってことですか?」


「拡張しなくても200語だ。犬のように理解力を上げたり、本能を抑えるような機能調整を行う必要は無い。小さい頃、具体的には生後3ヶ月までを人と共に暮らすだけでコミュニケーション能力が飛躍的に向上するんだ」


「さらに拡張して猫としゃべれるようになったら面白いですね」


「実際、猫とのコミュニケーションは会話に近いんだ。ただ、相手は猫語だがら人間側には猫語翻訳機能を追加する必要があるがな」


「ではミューキーも、もしかして?」


「あぁ、そうさ。言語能力を人間並みに高めてある」


「人間並みに!? どうやって? 人の脳を移植ですか?」


「いやいや入らんだろ。バイオチップを埋め込むんだよ」

所長は、こういうくだらない系のジョークは大好物らしく、笑いながら答えてくれる。


「頭に穴を開けて?」


「おいおい、ずいぶん野蛮で原始的な手法だな。現代において脳機能の拡張は注射1本で完了なのだよ。ナノロボットが脳に到達すると、注射液中から必要元素を抽出し1週間でバイオチップを作り上げる。役割を終えたナノロボットは血管を通って腎臓から体外に排泄されて終了だ」


「もしかして、人間にも処方出来るんですか?」

平静を装って質問したつもりだったが、少し声がうわずってしまった。


「ははぁーん、ナノロボットで白痴化の進行を止められないかって話だな。発想は評価するが、今の技術じゃ無理だ。真っ白な白紙をいくら追加したところで失われた記憶は戻らないからな」


「あれ? てっきり白痴化治療のネタ振りで、私にナノロボットを注射する確認だとばかり。では、この話は何の枕詞だったんですか?」


「あぁ、そうだな。期待させてすまんな。美雪はテロで運動機能のほとんどを失ったことは、先日話した通りだ。記憶の修復は出来なくても、運動機能はゼロから再構築可能なんだ。だが、神経の再接続は可能でも、身体の自由を取り戻すには継続的で地道な訓練が必要だ。身体の動かし方を1から学ばねばならんからな。しかし、美雪はもう諦めてしまっていて、身体を動かそうという意思が皆無だ。だから、ミューキーと共に育てて、ミューキーと遊びたいと思わせようとしている。そして、軽蔑するかもしれんが、双方にバイオチップを埋め込んでお互いの感情を共有出来るようにしてある」


「人と猫の感情を共有ですか!」


「そう大声を出すな。美雪が怯えるだろ」


「す、すみません。しかし、それは世間の常識にも倫理にも反します。そんなことマスコミにでも知られたら世界中から叩かれますよ」


「その心配は無いさ。バイオチップの分解もナノロボットがやってくれる。バレることは無いさ。それに人工的に作れない一部の臓器は今でも動物を使って、動物の命を代償に生産している。それに比べればはるかの人道的だよ」


「ですが……」


「君に委託している『ミューキーと遊んでもらう』という案件は、ミューキーが楽しいと感じれば、美雪も楽しくなる。それが身体を動かすきっかけになればと思ってのことだ。身体の自由が一部でも取り戻せれば感情の共有は不要になる。その時は速やかに切断するつもりだよ」


「私がとやかく言うことではありませんので、これ以上はあれですが……」


「それに、長期間、感情の共有が出来ない理由もあるのだよ」

自身に言い聞かせるようにそう言うと、ミューキーを撫でる手が止まった。

ミューキーはもっと撫でろとせがむように、仰向けになって短い手足で所長の手に絡みつき始めた。


 これは治療というより人体実験であり、動物実験だ。

しかし、この2人を見ていると、倫理とはいったい何だろうという根本的な疑問を考えざるを得ない。

 そもそも知能強化自体、倫理を欠いているのかもしれないが、人と共存していくために臭腺を切除したり、小型で扱い易い品種を生み出していくのと何ら違いが無いんじゃないだろうか。


いくら考えても結論なんて出てくるもんじゃない。



「ところで、先日の発作には驚いただろう」

所長も沈黙を気まずいと感じたんだろうか。

それとも、ここから先が本題?


「はい。危険な状態だったと。そして、何ヶ月かに1回あると聞いてます。」


「3ヶ月だ。2人はGATEを使った量子もつれの応用で心をリンクしている。GATEって月に1回使えなくなる時間帯があるのは知ってるか?」


「いえ、初耳です」


「以前、時空間ゆらぎの話をしたろ? 地球と月、太陽の位置関係によって、1ヶ月に1度、ほんの数分だけワームホールが不安定になり接続が切れてしまう。その程度なら美雪たちに何の影響も無いんだが、切れる理由はそれだけじゃない。平行世界にも月があって、同様の現象が3ヶ月ごとに発生するんだ。こればかりはタイミングをずらして接続することも出来ず切断が数時間にも及んでしまうんだ」


「それが発作のタイミング?」


「あぁ、そうだ。最初の頃は、共有されていた感情が突然遮断されて孤独を感じ、強いストレスからパニックを引き起こし深刻な発作に見舞われていた。今は切断されるタイミングで、直前の感情を模倣した信号を送っているんだが、それでも微細な違和感を感じて発作は起きるんだ。だが3ヶ月と少し前、君が森の中でミューキーを救ってくれた。あの経験で美雪にも心境の変化があったらしく治療が大きく前進したんだよ。それだけでも君には感謝しているんだ」


そういうと、俺の肩をポンポンッと叩いて、背中越しに手を振りながら所長は子供部屋を出て行った。


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