ミューキーとの時間1
ヨシさんの機能検証結果を聞いてディスカッションをしていたら遅くなってしまった。
16パターンの個性を検証する場合、初期インパクトが大き過ぎるために一番最初に触れた個性をベストと感じてしまうと、少し前に佐藤主任が主張していたが、ヨシさんが選んだのもたしかに1つ目だった。
周囲の人の心が分かってないのに、それが理解出来るのは、さすが主任と言うしかないだろう。
前島リーダーからも、ホームノイドに搭載するなら音声応答のみではなく、動作にもクセを反映するべきではないかという案も出て来た。
人によっては機械学習に必要なだけの動画が残っていないケースもあるし、クセを盛り込んで不安定化した挙動が思わぬ事故を誘発する可能性もある。
それに、そもそも動作制御を目的とした動画解析は行っておらず、メモリーチームとホームノイドの動作制御チームだけでは対応は難しいという佐藤主任の意見ももっともだ。
どうしてもやりたいなら、導入後にバージョンアップで対応するしかないと結論が出た。
こんな感じで15時を回ってようやくディスカッションは終了し、そのままプロジェクトルームを飛び出して子供部屋に来たのが今だ。
いつものようにドアを開けると、部屋は今までに感じたことがない緊迫した空気と断続的なアラーム音で満たされており、目の前で繰り広げられている光景に呆然と立ち尽くしてしまった。
黄色いカーテンをしつらえた大きな窓は消え、可動式の壁が観音開きに開いて隣の監視ルームとひと続きになっていた。
子供部屋の天井からは透明な除菌カーテンが吊られ、運び込まれた医療機器やモニター類をぐるっと取り囲んでいる。
除菌カーテンの間を縫って、何人もの白衣を着た看護師が慌ただしく部屋を行き来しながら対応しており、モニターの数値を読み上げる声や、投薬を指示する声などがあちこちから聞こえ、注射器が何本も載ったステンレス製のトレイが運ばれて来る。
カーテンの向こうに、チューブを鼻に入れられた美雪がかすかに見える。
心拍や脳波、酸素濃度などが表示されたバイタルモニターには、赤文字のアラートがいくつも点灯していて、数値の読み方が分からない俺にだって緊迫していることくらいは伝わってくる。
美雪のすぐ隣には、顔を覆うように酸素マスクを着けられたミューキーがタオルにくるまれてぐったりしていた。
やはりバイタルモニターは点滅するアラートで埋め尽くされており、美雪と同じくらい危険な状態らしい。
「やはり3ヶ月の壁か」
「今回は持ちこたえてくれそうか?」
看護師たちの会話が聞こえるが、3ヶ月の壁とは何のことだ?
近くで忙しく立ち回っている看護師を捕まえて話を聞こうか迷っていると、監視ルームから利根川が真っ直ぐ歩いてくるのが見えた。
「坂崎様」
「利根川さん! これはいったいどういう状況なんですか? 美雪ちゃんは?」
「30分ほど前に強い発作が起きまして、医療チームが対応中です。定期的に起きるものなんですが、今回も何とか治まってくれるはずです」
「さっき3ヶ月の壁って看護師が話していたけど、この発作のこと?」
「はい。だいたい3ヶ月ごとに癲癇に似た激しい発作に見舞われるんです。こんな小さな身体なのに……。回復したら連絡いたします。申し訳ありませんが、本日はこれでお引き取り頂けませんか」
美雪とミューキーに取り付けられた2台のバイタルモニターは連動しているかのように、ほぼ同時にアラートが赤く点灯し、アラート音も同期しているように聞こえる。
深い絆があるというのは、このことを言ってるのか。
でも幼児と子猫にどんな絆があれば、こんな現象が起きるのか全く見当もつかない。
「分かりました。俺がここにいても何のお役にも立てませんね。今日はお暇させて頂きます」
「申し訳ありません。後ほど、状況はご説明いたします」
邪魔にならないように退出したのだが、心配が解消したわけではない。
今夜にでも利根川に連絡してみた方が良さそうだ。
いつもより1時間ほど早く自宅マンションに帰り着いたが、あんな状況を目の当たりにしては絵を描く気にもならない。
ベッドに腰掛けて、ボーッと天井を眺めていると、これまでのことが自然と思い起こされる。
初めて美優とミューキーに遭ったのは、あの公園だった。
それまでにも、たまにベビーカーを押す利根川とすれ違うことはあったが、隣にミューキーが寝ていることには全く気が付かなかった。
美雪の姿はかすかに覚えているような気もするが、ベビーカーには赤ん坊が乗っているものという先入観だけかもしれない。
だから、出会ったと言えるのは、公園での一件が最初と言い切っていいんだろう。
公園での出会いから3ヶ月が過ぎようとしている。
たしか、出会ってすぐの頃にも数日、公園に来なかった日があったように思う。
もしかしたら、あの時も発作を起こしていたんだろうか。
今日のあの状況を見てしまうと、わずか数日で回復出来るようには思えない。
それほどまでに医療スタッフが優秀ということなのかもしれない。
子供部屋でミューキーと遊んでいる時、美雪は寝かされたきりで、誰かが抱いたり、あやしたりしているところを今までに1度も見たことがない。
所長が言うように、2人に深い絆があって、感情か何かを共有出来ていたとしても、美雪にも少し気を配ってあげるべきだったのだろうか。
契約書には『猫と遊ぶことに関する制約事項』しか書かれていなかったから、ミューキーと遊ぶのが仕事だと認識していた。
利根川に聞いてみた方がいいだろう。
違う反応といえば、ずっと忘れていたが、森でミューキーがしゃべったように感じたことがあったっけ。
公園以来、時々、ミューとか鳴いていたけれど話しているように感じたことは、ただの1度も無かった。
しゃべったという記憶自体が思い違いか何かだったんだろう。
とりとめの無いことを考えていたら、そのまま眠りに落ちていた。




