故人AP機能検証2
週に5日、被験者から想い出話を聞き、イメージスケッチを描いてきたヒアリングルームで、被験者を交えた最後の工程である機能検証を行うという。
平たく言えば、ちゃんと意図した受け答えが出来るか、そして、故人の性格が付与出来ているのかを被験者が評価するテストのことだ。
俺も成果を見られるのが楽しみだし、何より、本当に人の心を助ける研究なのかが気になっている。
ドアを開けると、俺がRinに加入して初めてヒアリングスケッチを担当したヨシさんが待っていた。
「おはようございます。ヨシさん、本日はお忙しい中、機能検証へのご協力感謝いたします」
あの佐藤主任が常識的な挨拶をしたことに面食らった俺と中西は、思わず顔を見合わせてしまった。
資料には個人情報を記載しないため"被験者No"が書かれているのだが、それでは会話に支障が出るため、ニックネームでヨシさんと呼ぶことにしていた。
「おはようございます。今日は会話が出来るようになると聞いて、我慢出来なくて予定より早めに来ちゃったよ」
照れたように頭をかきながら話すヨシさんの声から、これまでの寂しさと決別出来ることへの強い期待感が滲み出しており、今日という日をただの機能検証以上の意味を持って迎えてくれたことがよく分かる。
「ヨシさん、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
中西の笑顔で緊張がほぐれたのか、笑顔でうなずくと、いつものヨシさんに戻ったようだ。
「ヨシさん、準備しちゃうからちょっと待っててね」
こちらも、"いつもの佐藤主任"に戻り、コンソールのセットアップとセンサー類の調整、カメラの画角確認などを1人で手早く進めている。
その手元を興味深げに見守るヨシさん。
ヨシさんは、中肉中背で身なりが良くて物腰穏やかに見えるのだが、その実、話好きで、いくらでも想い出話が出てくるタイプだ。
昨年夏に長年連れ添った奥さんを亡くし、やっと落ち着きを取り戻したタイミングで研究所から声がかかり、Rinに協力することになったという。
夫婦揃ってキャンプ好きだったそうで『会社をリタイアしたらキャンピングカーでのんびりと日本中を旅するつもりだったんだがなぁ』と、寂しそうに天井の隅を見つめていた姿が思い出される。
俺の役目は、中西がヒアリングした"印象に残った2人のエピソード"を元にイメージスケッチを描き起こすことだ。
スケッチを見て話が膨らみ、2人のエピーソードに細かなディテールが追加され詳細になってゆく様は、今思い出しても楽しく、感動的で、かつ充実した時間だった。
ヨシさんと奥さんの出会い……。
初めての大げんか……。
子供が生まれた時の喜び……。
子供たちを連れて初めてのキャンプ……。
娘の結婚式……。
久しぶりの2人旅……。
亡くなる前日の会話……。
ヨシさんから何時間くらい想い出話を聞いただろうか。
時には嬉しそうに、時には涙ぐみながら話を続ける姿が瞼に浮かんでくる。
「準備出来たよ。さぁ、ヨシさん。話しかけてみて」
佐藤主任の声で否応なく現実に引き戻された。
ヨシさんは我々を順番に見回してから、ふぅと軽く息を吐くと意を決したようにコンソールと向き合った。
沈黙が流れ、モニターに表示されたオシロスコープにわずかな環境ノイズが微細な波となって表示されている。
「亮子。 ……聞こえるかい?」
ヨシさんは、震える唇で恐る恐る声をかけた。
佐藤主任はモニターを流れる文字列とオシロスコープに映し出された波形を見ながらニヤッと笑うと、[ AUTO ]をポンッとタップした。
ピッと微かな電子音が響いてすぐに、故人APが女性の声を発した。
「あら、あなた。どうしたんですの? そのシャツ、襟がヨレヨレじゃないの。ちゃんとアイロンかけないと」
スピーカーを通しているとはいえ、目の前にその人がいるかのような自然な発話を聞いて、俺と中西の顔には安堵の表情が浮かんだ。
「亮子、いきなりそれかい。全くおまえはいつも細かいんだから……それに……久しぶりだってのに……」
「あなた、久しぶりだからって。いい歳してるんだからシャンとなさい。周りの皆さんが困ってるでしょ」
その後は言葉にならない嗚咽が部屋に響いていた。
もう十分な成功だ。
俺と中西は、むせび泣くヨシさんに声をかけることも出来ず、そっと退室した。
油圧レギュレーターにシリコンチューブの束、多数のケーブル類に金属製の骨格、マイクロジェネレーター、量子ハイブリッドチップの頭脳、人工筋肉をセンサーが埋め込まれたバイオスキンで覆ったメイドロボ。
モデルによっては好きな服装をさせることだって出来る。
無機質な部品の寄せ集めに過ぎない機械に故人の性格を再現し搭載したホームノイドは、本当に人の心を救えるのかもしれない。
少なくともヨシさんは救われるだろう。
だが、この研究を主導している所長の心を救うことが出来るんだろうか。




