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美雪とミューキー  作者: よしなし つづる
所長と美雪
18/28

故人AP機能検証1

 出勤し、Rinプロジェクトルームの扉を開けると賑やかな笑い声が聞こえて来た。

珍しく佐藤主任が部屋におり、前島リーダーと楽しげに談笑している。


「おはようございます。主任が朝からいらっしゃるなんて珍しいですね」


「ようっす。まさにベストタイミング。静ちゃん、坂崎氏借りてってもいいかな?」

よくこの砕けすぎた態度で主任が務まるもんだと常々思っているのだが、態度と裏腹に目が全く笑っていないところが、この人の怖いところだ。


「まったく。静ちゃんは、よして。今日はもともとスケッチは入れてないから、好きな時間に行ってもらって大丈夫よ」

リーダーは俺の方に振り返りながら意味ありげな笑顔を向けて来た。


「いったい何があるんですか?」


「ふっふっふっ。なんと今日は、故人AP火入れ式があるのだよ。君も興味あるだろ? 技術の進化ってやつを」


「ヒイレシキ? 何かの供養ですか?」


「坂崎くん、それね、昨日までスケッチしてもらっていた被験者さん専用APをコンソールで起動して実証試験をするってことよ。被験者さん1人で最大16パターンも検証してもらうことになるから時間かかるよ。途中で抜けても大丈夫だからね」


「了解です。リーダー」


「ということだ。では、行こうか」


「今すぐですか!? ちょ、ちょっと荷物だけ置いて来ます」


「美桜っちも来ていいぞ」


「みおっち……」

ハッとした顔で振り向いた中西の表情までは見えなかったが、ボソッと呟いた俺の背中に視線がチクッと刺さったのを感じた。



 先に立って歩く佐藤主任の後に付いて部屋を出た。

被験者に検証してもらうと聞いて、隣のヒアリングルームに行くものだとばかり思っていたのだが、前を歩く佐藤主任はドアを通り過ぎてずんずん進んでいく。


 しばらく進むと、白地にイエローのストライプで囲まれた重厚なドアが廊下の終点に見えて来た。

あの金属製のドアをくぐるとセキュリティレベルが2ランク上がる厳重機密エリア、Lv0だ。

立ち入るためには、所長他、ごく数名にしか付与されていない特権が必要だと聞いている。


「どこに向かってるんですか? ここから先は……」


 佐藤主任がカードをかざすと、厚さが20cmもあるドアがゆっくりと開いていった。


「オレのお気に入りの部屋の1つ、天玲コンソールルーム。この研究所で最もセキュリティが厳重な部屋に招かれるなんて光栄なこと滅多にあるもんじゃぁないから心しておき給え。美桜っちも初だっけ?」


「……3回目ですよ」

あぁ、この声の低さは完全に不機嫌極まりない状態だ。顔を見なくたって分かる。


「んー、言われてみれば、そうだった気もする。美桜っち無口だから気付かないんだよなぁ。ま、それはともかく、この扉の先がコンソールルームだ。勝手に中の物をいじくったり、持ち出したりしちゃダメだ。それから動画も静止画も撮影禁止。音声のみでもダメ。スケッチもNGだぞ。分かった?」


「了解です」


 主任が天敵の中西は来ないだろうと思っていたのに、無言でついて来ていたことにも驚いたが、全く振り返りもせずに中西がいると確信していた佐藤主任にも驚いた。いや。この人は『いてもいなくても気にしていない』が正解なのかもしれない。

それでは中西に嫌われるのは当然だろう。


 そっぽを向いてる中西の返事は待たずに佐藤主任が慣れた手つきでカードをかざすと、ピピッと微かな電子音が響いてドアがスライドした。

中は、3mくらいの短い通路になっており、突き当たりにもう1枚のドアがあった。

こちらも同じようにカードをかざして通り抜けると、そこは近未来的な雰囲気ではあったが、想像していたよりもこじんまりとした空間だった。


「ここが初めての坂崎氏、簡単に説明するよ。まずこの部屋だが、天玲プロジェクトのために開放されている6号機のコントロールルームだ。ガラスの向こうに見える白い大きな円筒形が天玲。 そして! 隣にある直径15cmの金属リングがGATEの接続プローブだ。あの輪を取り囲む突起がガンマ線レーザーの放射口。放射口1つを作るのに天玲と同じくらいの金がかかる。起動するとリングにシールドが張られ、その向こうでワームホールが生成される。電気代は天文学的な金額になるから、自前のジェネレーターを併設してる。それと、天玲に何かあった時のために厚さ30cm以上ある特殊な強化ガラスとセラミックの壁で囲われていて、さらに電磁波影響が最小限になるよう金具類は全てチタン合金製だ。分かるかぁ? そこにある書類キャビネットだけで1億円以上するんだぞ」

これが所長の話してくれた天玲なんだと感動する前に、佐藤主任が一気にまくし立てた趣味に振り切れた金額の話で、とんでもなくお金のかかった設備だということ以外は心から抜け落ちた。

説明をありがとうという気持ちすら消え失せ、感動を返せと言いたい気分だ。


 コントロールルームには天玲オペレーターが2名、コンソールが5台設置されている。

オペレーターは研究所のマークが刺繍されたグレーのジャンパーを羽織っているので、ひと目で分かる。


「諸君、おはよう。 佐藤聡、予約2057、コンソールNo3使うよー」

オペレーターに声をかけ、一番手前のコンソールについた。


「これから行うのは故人APの生成プロセスなんだけど、記憶の再構築は依頼者からもらっている画像、動画、音声データなどからメモリーチームが作業を終えている。そこに君たちがスケッチを元にした性格の味付けを行うことで個性というものが生まれるわけだ。人間の性格タイプを大まかに作り込んだ16パターンのAPと故人の個性を融合すると故人APが出来上がるって寸法さ」


 コンソールは今時珍しいキーボードとタッチ画面、音声操作を組み合わせたもので、裏ではAIが自立制御で動作補助を行っているらしい。

チラッと覗くと画面に映し出されたタスクは、すでに[ 実行 ]ボタンを押すばかりになっている。


「今回は、火入れ式だ。16タイプのベースAP全てに対して記憶の付与、味付けを行い、故人APに統合する。昔の言い方だとビルドが最もしっくり来るかな。知ってる?ビルドって?」


聞いておきながら返事を待たずに話を続けた。

「故人APは、そのままではインターフェースが何も無い。声も届かなければ、何も見えてもいない。だから依頼者がヒューマンインターフェースで検証出来るようにバーチャルコンソールにセットアップするのさ。質問ある?」


「ヒューマンインターフェースって何ですか? 初めて聞く単語です」


「視角、聴覚、嗅覚など、人間が本来持っている五感のことだよ。コンソールに味覚、嗅覚は無いけどね。ところで、故人APを天玲を使わずに生成すると、どのくらいの時間がかかると思う?」


「1時間?5時間? 見当もつきません」


「1APあたり、約1日。16APだから少なくとも16日はかかるかな。それが天玲だとどうなるか? 百聞は一見にしかず!」

そう言うと佐藤主任は勢いよくポンッと[ 実行 ]をタップした。


 ファイルコピーとムービーのフラッシュが画面に一瞬だけ流れて準備終了

室内が一瞬暗くなり、耐圧ガラスの向こうで直径15cmの金属リングに真っ黒な液体が満ち、次の瞬間、パッと消えた。

画面には『作業完了』と表示されている。


「さっきの黒い液体がシールドになっていて、あの後ろで針の先ほどのワームホールが生成され、データとコマンドを送出し切断、再接続して結果を受け取って切断と、2回、時空の向こうにある天玲と接続したんだよ。ワームホールはシールドの向こう側だから見られないのが残念なんだけどね」


 つまり、これは16日分の処理がわずか数秒で完了したということになるのか。


「どうだ、GATEって凄まじいだろ」

ポカンとしている俺に佐藤主任が追い打ちをかけて来た。


「さ、ここでの用事は終わり。ヒアリングルームに移動するよ!」

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