ep2.出会い
翌日。
ルナは起きるとまだ寝ぼけた頭で今日しなければいけない事を改めて整理する。
まずは「虹の山海亭」に行ってオーナーに休みをもらう。
暗殺の期間は1週間となっていたので念のためそれだけ休みをもらっておこう。
その後は馬を借りてさっさとハレオの村に行く。
せっかく行くんだしゆっくり村の見学をしてもいいかもしれない。
美味しい食べ物に出会えるかもしれないし。
タイミングを見計らって対象者と接触を図る。
暗殺するのには接触しなくてもいいんだが、暗殺対象となる人間だ。どれだけひどい奴なのかを確認してみたい。
あとは宿として泊まれる場所を確保して今日はそこまでにしておこうか。
ベッドから起き上がり、鏡の前に立って長い黒髪を櫛で鋤く。
少し長くなったかな。
この仕事が終わったら髪を短くしてもいいかもしれない。
髪を結ぶと寝間着を脱ぎ捨てる。
鏡に映る自分の体は他の女の子と比べるとどうなんだろう。
別に男に好かれたいとは思っていない。
ただしなやかな筋肉のついた体を好むような男がいるのだろうか。
その辺は分からない。
出かけるために普段着に着替える。
作業用の服は別途カバンに詰め込む。
愛用の短剣は2本、腰に縛り付ける。この恰好なら護身用と言ってもおかしくはない。
実際には護身用レベルではないほどの良品で、鍛冶屋で特注で制作してもらってからは肌身離さず持っている。
準備ができると部屋を出て下の階に降りていく。
「おはよう、ルナ。今日はどこか出かけるのかい?」
下に降りるとシーアがルナの恰好を見て不思議そうに尋ねる。
確かにいつもの仕事に行く恰好ではないのでそう質問されてもおかしくはない。
「うん、仕事でハレオの村まで行ってくる。1週間。」
シーアは元々はリグルの愛人だ。ルナが仕事と言うと話が通じる。
「そうかい。気をつけて行ってくるんだよ。無茶はしちゃダメだからね。」
ルナは「うん」とだけ言うと家を出る。
外は雲一つない晴天だ。
馬に乗って走れば非常に気持ちいいだろう。
これだけの晴天の中、馬に乗って出かける事ができるというのはある意味休暇かもしれない。
「虹の山海亭」に行くとオーナーに1週間の不在と休暇の希望を伝える。
オーナーはにこやかに「おう、たまにはゆっくり休んで来い!」と言い、昼食にとサンドイッチを作ってくれた。
そのまま近くの馬屋に行くと1週間分馬の貸し出しを申し込む。
別に急いでないから早い馬でなくてもいい。逆にせっかくだからのんびりと行きたい。
馬を借りるとルナは早速乗って馬を歩かせ始めた。
馬の乗り方については小さい頃から教え込まれている。
暗殺対象を仕留めた後に素早く逃げるためには馬を扱えるのは必須だ。
ルーヴァンの堅牢な城門を抜けると、視界は一気に開け、地平線まで続く大草原が眼前に広がる。
春の陽光を浴びた新緑が生命の息吹を放ち、若草の香りを乗せた風が頬を優しく撫でる。
その緑の絨毯をまっすぐに貫くように、遥か彼方へと続く一本の大きな街道。
それは新たな冒険へと旅人たちを誘う、希望の道筋であった。
街道は朝にも関わらずルーヴァンへ向う者、ルーヴァンから出かける者が多い。
徒歩で進む者、ルナと同じように馬に乗って駆け抜ける者、護衛の冒険者をつけて馬車で進む者と様々な人がいる。
ルナはゆっくりと馬を進める。
少しでもこの景色を堪能しながら進みたいのだ。
お昼ごろになり、ルナは馬に乗りながら「虹の山海亭」のオーナーからもらったサンドイッチを頬張る。
パンにハムと野菜を挟みソースをかけただけの簡単なものだが、この景色を見ながら食べると言うのは普通に食べるよりも美味しく感じる。
昼食をとって少し進むと街道沿いに小さな集落が見えてきた。
小さな子供達の遊ぶ姿が見えている。
貧民街の子供達とは大違いだ。
ここは穏やかな村だ。
ハレオの村は人口が少なく農作業を営んでいる人が多いようだ。
ルナは村の中にゆっくりと入っていく。
馬から降りて手綱を引きながら歩くと遊んでいた子供達が周りに近寄ってきて話しかけてくる。
ルナは他愛のない話をしながら村の中央へと着くと厩のある宿を探す。
宿で1週間の予約をしてお金を払い馬をしまってまずは最初の目的はクリア。
次は村の中を歩いて色々な景色を見て回った。
村の広場まで来ると先ほどの子供達が集まって遊んでいる。
ルナはここで情報収集をする事にした。
大人相手に情報を集めようとすると忖度ない意見が聞けなかったりするため、子供からターゲットの情報を聞き出すのはルナにとって基本である。
「ねえ君たち、この村にお医者さんっているかな?」
「いるよ! ニルス先生!」
ビンゴだ、この子供達はターゲットの情報を持っている。
ルナは色々聞いてみる事にした。
「そのニルス先生って怖い? 村にある間に病気にかかった時に怖い先生だと嫌なんだよね。」
「ニルス先生は優しいよ! 俺たちともよく遊んでくれるし! 」
ルナの質問に一番元気のいい男の子が答える。
「でもさ、ニルス先生ってこの前雑貨屋のおじさんとケンカしてたよな?」
「ケンカ?」
別の子の言葉にルナは関心を寄せる。
「どんなケンカしてたの?」
「うーん...よく知らないけどお金の話してたよ。あとは新しい薬がなんとかって言ってた。」
お金の話はよくある事だ。
金関係で暗殺依頼を出してくるやつなんか5万といる。
しかし新しい薬の話とはなんだろうか。
ちょっと引っ掛かるワードだ。
「ニルス先生のところに行きたいならそこの坂道を登った先だよ。」
少年達が診療所の場所を教えてくれる。
いいチャンスだ。そのニルスに会ってみてもいいかもしれない。
ルナは子供達に礼を言うと坂道を登って行ってみる事にした。
ゆるやかな上り坂を進むとやがて小さな一軒家が見えてくる。
おそらくあそこが対象であるニルスの家なのだろう。
窓は開いており、今家の中にいるであろう事は確認できる。
ルナは玄関の前まで辿り着くと、ゆっくりとドアをノックしてみた。
中から男性の返事がする。
少し待つとドアがガチャリと開き、中からメガネをかけた高身長の男が出てきた。
間違いない、この男がニルスだ、ルナは直感する。
「えっと見た事ない方だけど新しく引っ越してきた方ですか?」
「違います。1週間ほど小旅行でこの村に来ました。滞在中に何かあった時のためにとお医者さんを確認しに来たんです。」
男はなるほどと言うとルナの事をじっと見る。
「なんですか?」
「いや......どこかで見た事あったような気がして...気のせいかな。」
普通の女性だとナンパか?と疑うような事を言う男だが、ルナは特に気にしていない。
というよりもナンパなどされもしないし、寄ってくるのはせいぜい酒場に飲みに来る連中ぐらいだ。
「ああ、失礼しました。僕はニルス。あなたが言った通り僕がこの村の医者です。お名前を伺っても?」
「私はルナ。話した通り1週間ほどこの村に滞在させてもらいます。何かあった時にはよろしくお願いします。」
「分かりました。いつでも声をかけてください。だいたいはこの家にいるんで。」
そんな話をしてる時、登り道を叫びながら走ってくる男がいた。
「先生! うちの母ちゃんが怪我しちまって! 見に来てくれないかい!?」
「分かりました!」
ニルスはそう返事をするとルナに向かい、
「すみません。ちょっと診察に行ってくるのでまた今度ゆっくりお話させてください。」
そう言って家の中へと入っていった。
ひとまずターゲットは確認できた。家の構造もなんとなく分かった。あとはニルスの行動パターンを調べて暗殺できるタイミングを考えよう。
ルナはニルスの家から離れていった。
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