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tuer la romance 〜彼女が彼を殺すまで〜  作者: かみやまあおい


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14/16

ep14.tier la romance

ニルスは迷いなく部屋の窓から闇の中へと飛び出すと街中を駆け抜けた。

彼の心には、ルナとの思い出が鮮明に蘇っていた。

初めて出会った日の、獲物を狙う獣のような鋭い瞳。

あの時はまだルナは記憶を取り戻しておらず、自分を暗殺対象として見ていた。

しかし、村で過ごし記憶を取り戻した事で、彼女は時折、年相応の少女のような、優しい笑顔を見せてくれた。

それは、ルナからのかけがえのない愛だった。

そしてニルス自身も過去から抱いていた愛を思い出していた。


(僕の過去のせいで、ルナはギルドを裏切ることになった。僕のせいで、彼女は全てを失ったんだ…)


彼の心は、自責の念で押しつぶされそうだった。

シーアが語った真実が、重い鎖となって彼の心を縛りつける。

自分が作った「星屑の砂」によって、暁の牙の首領は家族を失い、その恨みがルナに暗殺依頼という形で向けられた。

ルナは、何の罪もないのに、彼の過去のせいで愛する人を殺さなければならないという絶望的な運命を背負わされたのだ。


「これ以上、ルナを苦しめるわけにはいかない。」


ニルスは、自らの命をもって、この悲劇に終止符を打つことを決意した。

それは、ルナを苦しみから解放するための、彼なりの償いだった。

彼にとって、ルナがギルドの掟に縛られず、自由な人生を歩めることが、何よりも大切なことだった。


(僕の命と引き換えに、ルナが幸せに生きられるなら…)


ニルスは、ルナとの思い出が詰まったペンダントを握りしめ、静かに息を吐いた。

彼の目には、もう迷いはなかった。


「ルナ、君を愛している。だからこそ僕は自分自身でこの話にケリをつける。」


そう呟くと、ニルスは闇の中を走り続け、暁の牙の隠れ家へと向かっていった。


――――――――――――――――――


ニルスが窓から飛び降りた後、シーアは絶望に打ちひしがれていた。

しかし、彼女にはまだやるべきことがあった。

ルナを、この悲劇から救い出すこと。

ニルスが命をかけて守ろうとしたルナの未来を、何としても守り抜かなければならない。


シーアは、夜の闇に紛れて、ルナの元へと急いだ。

ルナが隠れ家として利用している、ギルドから遠く離れた廃墟にたどり着くと、彼女は荒い呼吸を整え、意を決して中へ入った。

ルナは、壁にもたれかかり、膝を抱えながら、虚ろな目で一点を見つめていた。その瞳には、かつての鋭い光はなく、ただ深い絶望だけが宿っていた。


「ルナ…」


シーアが声をかけると、ルナはゆっくりと顔を上げた。

その目は、シーアをまるで敵のように見つめていた。


「どうして…来たの…」


ルナの声は、か細く震えていた。

シーアは、ルナの隣にそっと座り、彼女の肩に手を置いた。しかし、ルナはそれを拒むように、身を硬くした。


「ごめんなさい…ルナ。私は…あなたを助けたかったんだ…」


シーアは、震える声で話し始めた。


ニルスが「星屑の砂」の製造者であること。

暁の牙の首領がその過去を恨んでニルスを狙っていること。

そして、ニルスがルナを苦しみから解放するために、一人で死地へと向かったこと。


すべて正直に話した。


「ニルスは…自分のせいで、ギルドを裏切ることになった。だから、自分の命と引き換えに、お前を自由にしてやろうと…そう、考えたんだよ…」


ルナは、シーアの言葉を、信じられないという顔で聞いていた。

そして、その目に再び、かつての鋭い光が宿り始めた。

それは、怒りでも、悲しみでもない、純粋な絶望の光だった。


「どうして…どうして、もっと早く言ってくれなかったの…!」


ルナの叫び声が、廃墟に響き渡った。シーアは、ルナに胸ぐらを掴まれ、激しく揺さぶられた。


「お前は…お前は、私を助けるために、ニルスを見殺しにしたの…!?」

「違う…! 私は…ニルスを止められなかった…!」


シーアは、涙ながらにルナに訴えた。

しかし、ルナの耳には、もう何も届いていなかった。

彼女の心は、絶望と怒りに支配されていた。


「私は......絶対にお前を許さない......!」


ルナは、シーアを突き飛ばし、立ち上がった。

その目に宿る光は、まるで獲物を狙う暗殺者、そのものだった。


「ニルスは…私にとって、唯一の光だった。それを…お前は…」


ルナは、踵を返し、廃墟の出口へと向かった。


「ルナ…どこへ行くの!?」

「ニルスの元へ…! まだ間に合うかもしれない…!」


ルナは、シーアの制止を振り切り、夜の街へと飛び出していった。

彼女の心には、ニルスを救うという、たった一つの希望だけが残されていた。

たとえそれが、どんな絶望的な状況だとしても。


ルナは、夜の街を無我夢中で駆け抜けた。

シーアから聞いた「暁の牙」の隠れ家の場所が、彼女の脳裏に焼き付いている。

風が頬を切り、追っ手の気配はもうない。

しかし、彼女の心を焦らせるものは、ギルドの追跡よりも、ニルスが一人で死地に赴いているという絶望的な事実だった。


「待ってて…ニルス…早まらないで...!」


ルナの足は、悲鳴を上げる体を引きずりながらも、止まることを知らなかった。

彼女の心には、ニルスを失うことへの恐怖と、彼を救いたいという純粋な願いだけがあった。


ようやくたどり着いた隠れ家は、首都ルーヴァンの外れにある、古びた倉庫だった。

闇に溶け込むように建つその場所から、微かに金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。

ルナは、物陰に身を潜め、中の様子を窺った。

そこには、ニルスと、厳つい男が一人、対峙していた。

男は「暁の牙」の首領だろう。

ニルスは、すでに全身に傷を負い、立っているのがやっとの様子だった。


「お前が...お前が作ったもので私の家族は死んだ! お前はその手で…私の家族を奪ったんだ…!  この辛さが貴様に分かるか!」


首領の怒声が、倉庫の中に響き渡る。

ニルスは、その言葉に反論することなく、ただ静かに首を垂れていた。

彼は、一切の抵抗をしていなかった。その姿は、まるで自らの死を受け入れているようだった。


「ニルス…!」


ルナは、思わず叫びそうになったが、間一髪で口を塞いだ。

しかし、首領がニルスに最後の攻撃を仕掛けようとした、その瞬間だった。


(駄目…!)


ルナは、物陰から飛び出し、首領の前に立ちはだかり、その手の短剣で首領の剣を受け止めた。


「これ以上はやらせないわ…!」


ルナの突然の登場に、首領とニルスは驚き、動きを止めた。

ニルスは、信じられないという目でルナを見つめていた。


「どうして…ここへ…?」


ニルスの声は、掠れていた。

ルナは、首領の剣をはじくとニルスの手を強く握り、首領を睨みつけた。


「ニルスには…指一本触れさせない…!」


ルナの言葉に、首領は嘲笑した。


「お前、その戦闘スタイルは暗殺者(アサシン)か。まさか暗殺に失敗するどころか依頼対象を守るとはな。」

「この人は私にとって大切な人。絶対に殺させはしない。」

「そうか。ならばお前もまとめて殺してやる!」


首領が剣を振るいルナに襲いかかる。

ルナは2本の短剣で首領を迎え撃つ。

だがさすがに犯罪組織の首領になった人物だ。

その剣技は凄まじく、さすがのルナでも防戦に徹するのがやっとだった。

なんとか勝機を見出そうとするルナ、だが首領の力は凄まじくルナの短剣が弾き飛ばされた。


「これで終わりだ、暗殺者!」


首領がルナに襲いかかろうとした瞬間、ニルスは最後の力を振り絞り、ルナを背後から突き飛ばした。


「ルナ…逃げろ…!」


ニルスの声が、ルナの耳に届く。その直後、首領の鋭い剣が、ニルスの腹部に深く突き刺さった。


「…あ…」


ニルスは、苦しみに顔を歪ませたが、その瞳は、ルナだけを見つめていた。彼の口から、血が溢れ出る。


「ごめん...君を…苦しめてしまった…」


ニルスは、そう呟くと、ルナに手を伸ばした。しかし、その手は虚空を掴み、力なく垂れ下がった。


「ニルス…! 嫌…死なないで…!」


駆け寄ってニルスの胸に顔を埋め、ルナは声を上げて泣いた。しかし、ニルスの命の灯火は、もう消えかけていた。彼は、かすかに微笑むと、ルナに最後の願いを託した。


「ルナ…僕を…楽にしてくれ…」


彼の言葉は、もはや聞き取れないほど小さかったが、ルナの心には、はっきりと届いていた。

愛する人を、苦しみから解放してほしいという、彼の最後の願い。


「嫌…! そんなこと…できない…!」


ルナは叫んだ。愛する人を自らの手で殺すなど、考えられなかった。

しかし、ニルスは、血で汚れた手で、ルナの頬に触れた。


「ルナ…君の…ためだ…」


ニルスの瞳は、もうほとんど光を失っていたが、そこにはルナへの深い愛だけが宿っていた。

彼は、ルナがギルドの掟に縛られず、自由な人生を歩むことを望んでいた。そして、そのために、自らの命を終わらせることを選んだのだ。

ルナは、ニルスの瞳を見つめ、彼が何を望んでいるのかを理解した。

これは、彼の命を奪うことではない。これは、彼への最後の、最大の愛の行為なのだ。

涙で滲む視界の中、ルナは震える手で、懐にしまっていたナイフを取り出した。

ナイフを握る手の震えが止まらない。


(ニルス…ごめんなさい…)


ルナは心の中で呟いた。その瞬間、彼女の脳裏に、失われたはずの過去の記憶が蘇る。

まだ暗殺者として覚醒する前の、穏やかで満たされていた幼い日々。

ニルスが、彼女に花を摘んで贈ってくれたこと。

焚き火のそばで、二人で温かいスープを飲んだ夜。

過去の幸せな思い出が、今の悲劇と激しくぶつかり合い、ルナの胸を締め付けた。


「愛してる…ニルス…!」


ルナは、ニルスの胸に手を置いた。そして、震える手で、彼の心臓を貫いた。


「ごめんなさい…ごめんなさい…!」


ルナの声が、悲しい(こだま)となって、倉庫の中に響き渡った。

ニルスの命の灯火は、完全に消えた。

ルナの手は、愛する人を殺した、血に染まった手となった。

その手からは、ニルスの命が、まだ温かさを保ったまま、確かに失われていくのが感じられた。

ルナは、崩れ落ちるようにニルスの亡骸を抱きしめた。

彼女の胸には、ニルスを殺した痛みと、彼への愛が、深く、重く残されていた。

そして、彼女の心に宿る光は、完全に消え去った。

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