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tuer la romance 〜彼女が彼を殺すまで〜  作者: かみやまあおい


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12/16

ep12.裏切り

夜が明けても、シーアは戻らなかった。

ルナは前日の激しい戦闘と、それに続く心労から、死んだように深い眠りに落ちていた。

窓から差し込む朝の光が顔を照らし、ようやく彼女は重い瞼を開ける。

身体中の関節がきしみ、鈍い痛みが残っていた。一晩中、戦闘の記憶と、ニルスやシーアとの会話が夢と現実の間をさまよい、疲労はピークに達していた。


「シーア……」


隣のベッドに目をやるが、もぬけの殻だ。彼女が潜り込むには早すぎる。すぐに前日から戻っていないのだとルナは気づいた。

何かあったのではないかという不安が、ルナの胸にちりちりと燃え広がる。

重い身体に鞭打って支度を済ませ、ルナはすぐに「虹の山海亭」へと向かった。

早朝から賑わう酒場の喧騒は、ルナの不安をさらに掻き立てる。カウンターの奥でグラスを磨いているオーナーに声をかけた。


「オーナー、シーアは来てないかしら?」


オーナーはグラスを置くと、ルナのただならぬ気配を察して真顔になった。


「いや、来てねえな。あいつはいつも、朝に一度は顔を出すんだが、昨日は一日中来なかった。どうしたんだ? 喧嘩でもしたか?」


ルナの心臓が、ドクン、と不穏な音を立てて高鳴った。

昨日、シーアは「依頼主の情報を探してくる」と言って家を出ていった。もしかしたら、ギルドの資料室で、追っ手に捕まったのかもしれない。

自分がギルドの追っ手から逃れている身である以上、迂闊にシーアを探しに行くことはできない。

しかし、彼女がたった一人の家族であり、自分を守るために危険を冒してくれたのだ。ルナは歯がゆさに奥歯を噛み締めた。


「あんまり思いつめるな。」


オーナーは、ルナの肩を軽く叩いた。


「どうせ、あの元気な娘のことだ。どこかで情報収集に熱中しすぎて、朝まで帰るのを忘れてたんだろうさ。それより、ニルスって野郎は無事だぞ。」


オーナーの言葉で、ルナははっと我に返る。

ニルスは「虹の山海亭」に預けていた。彼が狙われていることを考えれば、一刻も早く彼の無事を確認しなければならない。


「ニルスは…」

「ああ、心配すんな。」


ルナの言葉を遮るように、オーナーはニカッと笑った。


「店の裏の部屋で寝泊まりしてる。表には顔を出さねえが、裏で皿洗いや仕込みの手伝いなんかをしてくれてるぜ。手際もいいし、気が利く野郎だ。お前さんが惚れるのも無理はねえな。」


ルナはオーナーのからかいに軽く眉をひそめたが、ニルスが無事で、しかも店の裏で安全に過ごしているという事実に、安堵のため息を漏らした。


「何かあったら、すぐに連絡して。必ず私が戻ってくるから。」


ルナはオーナーにそう言い残すと、来た道を急いで引き返した。

家に戻ると、部屋の中は朝来た時と何も変わっていなかった。

そのはずだった。

テーブルの上に、一枚の紙切れが置かれているのを見て、ルナの全身が凍り付いた。

部屋には鍵をかけていた。侵入者の気配もなかった。

にもかかわらず、その紙切れは、まるで最初からそこにあったかのように、静かにルナを待っていた。


震える手で紙切れを手に取る。

そこには、簡潔な筆跡で、ルナの心臓を鷲掴みにするような文字が記されていた。


『シーアを捕らえた。救いたければ、たった一人でギルドに来い』


ルナの全身から血の気が引いていく。やはり、シーアは捕まっていた。そして、この紙切れは、ギルドからの呼び出し状であり、罠だった。

ギルドへ行けば、待っているのは裏切り者への制裁だ。それでも、行かなければ、シーアがどうなるか分からない。

ルナは迷うことなく、懐から二本の短剣を取り出すと、家を飛び出した。

向かう先は、彼女が生まれ、育ち、そして一度は捨てたはずの、血と鉄の匂いが染み付いた古巣。暗殺者ギルドの本拠地だった。


ギルドの本部へ向かう道すがら、ルナは誰にも気づかれることなく、巧みに身を隠しながら進んだ。

ギルドの追っ手が待ち構えているかもしれない。あらゆる可能性を警戒し、注意深く周囲を探るが、幸いにも不審な気配はなかった。

本部の扉を叩くと、中から現れたのは見慣れた顔のギルドの構成員だった。


「待っていたぞ、ルナ。」

「家に置いてあった手紙を読んだわ。シーアは今どこにいるの? 彼女は裏切り者じゃない。私が頼んでギルドに来ただけなのよ。」


男は、ルナの言葉に無言で頷くと、奥へと続く階段を指差した。


「シーアはギルドマスター共にいる。2階のギルドマスターの部屋だ。ついてこい。」


地下ではなく2階。ギルドマスターの部屋。

それは、処罰ではなく話し合いの場であることを示唆していた。ルナは警戒を解かずに、男の後ろについて階段を上がった。

部屋の扉が開かれると、ルナは息を呑んだ。

そこにいたのは、予想だにしなかった人物だった。

部屋の中央には、現ギルドマスターのビブリオが、重厚な椅子に腰掛けている。そして、その隣には、ルナが探し求めていたシーアが、無傷で立っていた。


「シーア……!」


ルナがシーアの名前を呼ぶと、彼女は目を伏せてルナから顔を背ける。

ビブリオは、重々しい声でルナに言った。


「シーアから、話は全て聞いた。君とニルス・グウェルのこと、そして君の失われた過去のこと、全てをだ。」


ビブリオは、ギルドマスターでありながら、ルナにとっては、幼い頃から訓練を共にした、兄のような存在だった。彼と前ギルドマスターのリグルがルナを育て、暗殺者としての技術を教え込んだ。


「彼女は、君を救うために私にすべてを話した。君を裏切り者として処分するのではなく、説得してギルドに連れ戻すために、だ。」


シーアがルナに顔を向けると、その瞳には悔恨と悲しみが浮かんでいた。


「ごめんなさい、ルナ……でも、そうするしかなかったの。今のままじゃあんたはギルドから追われる身になってしまう。そうしたらあんたは普通の生活ができなくなってしまう。あんたを、生きてこの街から追い出すことはできなくなるのよ。」


シーアの言葉は、ルナの心に鋭く突き刺さった。シーアが自分を裏切ったという事実は、ルナにとって、あまりにも大きな衝撃だった。


「シーア……あなた……」

「ルナ。落ち着くんだ。」


ビブリオが、ルナに制止の言葉をかけた。


「シーアは、君を想ってのことだ。私とて、君を失いたくはない。君は、私と共に特訓を乗り越えてきた最高の暗殺者だ。君の命は、ギルドにとって、代えのきかないものだ。」


ビブリオの言葉には、ルナを気遣うような温かさが感じられた。しかし、ルナの心には、シーアに裏切られたという事実が重くのしかかっていた。


「ビブリオ、私にはニルスを殺すことはできません。彼を殺すくらいなら、私が死んだ方がましです。」


ルナは、ニルスのことがどれほど大切かを訴えた。彼女の言葉は、感情のこもった、強い響きを持っていた。


「彼こそが、私の失われた過去の全てなのです。彼がいなければ、私は、私が誰なのかも分からないままだった。」


ルナは、ビブリオに、ニルスとの再会、蘇り始めた記憶、そして忌み地で火事が起きた夜の出来事、雑貨屋の主人の告白、ニルスの自己犠牲の申し出、そして自分が愛する人を守るために依頼主を殺すと決意したこと、全てを語った。


ビブリオは、ルナの告白に静かに耳を傾けていた。

彼の表情は、ルナの話が進むにつれて、徐々に険しくなっていった。

そして、ルナが話し終えると、彼は深く息を吐き出した。


「……分かった。君の覚悟は、この耳でしかと聞いた。」


ビブリオは、席を立つと、ルナの肩に手を置いた。


「だが、残念ながら、君をこのまま見逃すわけにはいかない。これはギルドのルールなんだ。」


その言葉と同時に、ビブリオは部屋の扉を開け、外に控えていた数人のギルドのメンバーを招き入れた。彼らの表情には、一切の感情がなかった。

ルナは、自身の両腕を掴まれ、その場に立たされた。

ギルドマスターであるビブリオの命令は絶対だ。だが、ルナは、最後の抵抗を試みた。


「シーア……」


ルナがシーアの名前を呼ぶと、彼女は涙を流しながら、しかし、ルナから顔を背けたまま、無言で首を横に振った。


「ごめんなさい、ルナ……」


シーアの言葉は、ルナの心に絶望の刃を突き立てた。

ルナはもう誰にも頼ることはできない。自分は、たった一人だ。

しかし、その瞬間ルナの心に、ニルスの顔が鮮明に浮かび上がった。


『君だけを行かせるわけにはいかない。僕も一緒に行く』


ニルスの言葉が、ルナの心に力強い光を灯した。

ルナは、もう迷わなかった。

ルナは、自分を掴む男たちの腕を、瞬時に払い除けた。

彼女の動きは、まるで風のようだった。男たちは、ルナの素早い動きに、一瞬、呆然と立ち尽くす。


「馬鹿な……!」


ビブリオが驚愕の声を上げた。

ルナは、振り返ることなく、窓を割って外へと飛び出した。ギルドの本部は、城壁の真ん中にある。逃げ出すのは容易ではない。

だが、ルナの心には、ニルスの存在があった。

味方を失ったルナは、たった一人で、再びギルドに追われる身となった。

彼女の心は、疲労と絶望に支配されていた。

しかし、ニルスとの再会、そして彼がくれた愛の光は、彼女の心の奥底で、まだ力強く燃え続けていた。

ルナは、瓦礫の山を駆け上がり、街へと続く路地へと逃げ込んだ。

そして、彼女は、再びたった一人で、暗闇の中を走り出した。

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