第33話 デート
瑠璃と一緒に駅前の方まで歩いていく。
瑠璃に手を繋がれて、蒼介は落ち着かない。振り解くのが憚られるのは、瑠璃の持つ独特な雰囲気のせいだ。
昔からそうだった。瑠璃は皆んなのお姫様だから、皆んなが瑠璃のために、瑠璃の言うことを聞くんだ。
瑠璃は一方的に昔の思い出話をしたり、学校生活を面白おかしく話しては、蒼介の顔を見上げて微笑んだ。
昔と変わらない子供っぽさと、お嬢様学校で身に付けた所作が合わさって、瑠璃は文句のつけようの無い美しく愛らしい少女へと変貌していた。
駅に近づきすれ違う人が増える。
背広姿の男性が瑠璃の顔を口を開いて二度見する。
カップルが瑠璃に見惚れ、その女性の方が恋人の腕を不機嫌そうに引いて行く。
若い男の集団が露骨に瑠璃を指さす。
「皆んな私たちのこと見てるね。恋人同士だと思われてるかな?」
「さあ?兄妹とでも思ってるんじゃ無いか?」
「えー?蒼ちゃんと私の顔にてないよ」
瑠璃が少し拗ねた様に唇を尖らせてみせるが、その表情すら計算づくの愛らしさだった。
でも、蒼介は頭が働かず、その可愛さを愛らしさを感受するだけの精神的な余裕が無い。
本当に瑠璃なのか?
生きていたのか?
じゃあ……ルカは瑠璃を殺していなかった。
ルカは無実だった。
もっと早く言ってくれれば……いや、確かに新聞なんかは置いといて、他の誰も瑠璃が死んだなんて言っていなかったか。
「どうしたのボンヤリして。もし、私と一緒なのに他の女の子の事考えてたら怒るよ」
瑠璃は子供っぽく頬をふくらませてみせる。
「ああ、悪い……」
駅前の喫茶店に入る。
この間雪人と来たところだ。
なんとなく……自分が奢ることになるんだろうなと思う。
不満はない。
瑠璃はお姫様だから。
向かいのソファ席に座った瑠璃をようやくマジマジと観察する。
服は少女趣味だが華美すぎる事はなく、彼女によく似合っている。
服には詳しく無いが、値段が高そうだ。
蒼介の来ているTシャツはセールで五百円(税抜)だったが、きっと10倍くらいするんだろうな。
瑠璃が子供の頃からお姫様扱いされていたのは、今思い返せば、家が金持ちだったのもあるのだろう。
かつての瑠璃の家は、今の蒼介の家よりもずっと広かったし、庭には白やピンクのバラの花が咲いていた。
「わぁ!期間限定だって!これ美味しそう!でも、私こんなに食べ切れるかな……」
頬に手を添えて小首を傾げる。
「食べ切れないなら俺が残り食べるよ」
「本当?ありがとう蒼ちゃん」
瑠璃はニッコリと愛らしく微笑んだ。
注文したものが届いたところで、蒼介から切り出す。
「死んだって思ってた。今までどうしてたんだ?
……知っているのか?あの、学校の事故の真相。
どうして百々瀬と一緒に来たんだ?」
「蒼ちゃんせっかち。
でも、いいよ。教えたげる。
あのね、事故の時のことは覚えてないの」
瑠璃はチェリーのタルトに添えてあるアイスクリームを少し掬って、タルトと一緒にスプーンに乗せてから、嬉しそうに口に運ぶ。
蒼介はコーヒーを一口啜ってから話の続きを待つ。
「でもね、目が覚めたあとのことなら話せるよ。
本当は誰にも話したらダメって防衛省の人に言われてるけど、蒼ちゃんは特別ね。
あのね、宇宙人に怪我してるところの血とかをたくさん飲まれたり、お腹のお肉食べられちゃったらしいの。
あ、でも今は傷跡とか全然無いんだよ。
あのね、私を齧った宇宙人が緊急用の宇宙船のポッドに私を運んで月にいる仲間のところに運んだの。メッセージ付きでね。
それで、私を食べたおかげでその宇宙人は助かったから、だからそのお礼に仲間に私をちゃんと治療する様にって。
でも、宇宙の仮基地の機材だと皮膚に跡が残っちゃうって、宇宙人の人達の中に日本語話せる人に言われてね、
そんなの女の子の身体なのに酷いでしょ?宇宙船が落っこちたせいで私は怪我したのに。
だから綺麗に治してくださいって言って、母星に連れていってもらったの。
色々な決まりがあるからって外には出してもらえなかったけど、凄かったよ。
空中に半透明の道があって、その上を人が歩いていて、その道が電光掲示板みたいに文字みたいなのを流していて、
自動で必要なものを運んでくれる、空飛ぶお盆があって……楽しかったな。
でも、治療の後の検査みたいなのを受けて、結局3日くらいなのかな?それくらいで地球にまた戻されたの。
その後は、防衛省の人にたくさん話を聞かれて、なんだか監視されることになっちゃった。
もしかしたら、そろそろ私がコッソリ蒼ちゃんに会いに来たのバレるかな」
瑠璃は悪戯っぽく笑う。
とんでもない話だった。
その話が本当なら、おそらく瑠璃は地球で最初の異星人の星に降り立った人類だ。
そりゃあお国は瑠璃を監視対象にもするだろう。
異星人の治療も受けた身体だ。
「こんな所に勝手に来て大丈夫なのか?」
「モモちゃんが話を付けてくれるって。
あの髪と目を見てすぐに分かったよ。あの子が宇宙人なの。
理由はわからないけど、蒼ちゃんとまた仲良くしてねって言ってくれたよ。
宇宙人って優しい人多いね。そんな訳だから、これからたくさん会いに来るからよろしくね」
「ああ、いや、でも、たくさん会えるかは分からなくて……、あ、でも偶になら……」
どうにも瑠璃の頼みをすっぱり断れないのは、三つ子の魂と言う奴か、あるいはお姫様として扱われてきた少女の雰囲気がそうさせるのか。
蒼介は混乱の中にいる。
だからだろうか?
瑠璃との、初恋の人との再会の喜びは未だに無い。
そして、瑠璃の話を頭の中で咀嚼する。
……ルカは瑠璃を助けたのか。
脱出ポッドを自分で使うことは考えなかったのか?
ルカも最初から説明してくれれば……いや、話す必要性とかよく分かって無さそうだしな。
結構ボーッとしてる奴だから。
ルカは今日みたいな休日は何をしているのかな?また戦いに行ったりしてないと良いけど。
喫茶店の大きな窓から外を眺める。
と、目が合った。
窓越しに他の女子と一緒に歩いている由香里と目が合った。
由香里はパチクリと瞳を瞬かせた後、蒼介の顔と、瑠璃の顔を見て、そして……ルカそっくりな瑠璃の顔を驚いた様にじっと見た後、
他の女子に声を掛けられて、去った。
「……………………」
蒼介は立ち上がる。
なんとなく何か言い訳というか、説明が必要な気がする。
「どうしたの?」
瑠璃が不思議そうに小鳥の様に小首を傾げる。
「あの……知り合いが……」
「女の子?」
「あ、その……うん」
「ダメだよ。今は私とデート中でしょ?
それに、ここの支払い私にさせるつもり?お会計してからだと、きっと間に合わないよ」
そう言って、瑠璃はタルトの最後の一口を口に入れた後、モグモグと咀嚼し、紙ナプキンで優雅に口を拭った。
……普通に一人で食べ切れてるじゃ無いか。
「ねえ、蒼ちゃん。これ、タルトと迷ったムース、やっぱり食べたいから頼んで良い?」
上目遣いでおねだりしてくる。
……もう、由香里に今日説明するのは諦めよう。
「分かった。頼んで良いよ。俺も何か食べようかな」
蒼介は再び腰を下ろす。
大きなパフェをヤケクソで頼んだ。
「あ、そっちも美味しそう。一口ちょうだい」
蒼介の返事も聞かずにスプーンが伸びてくる。
蒼介がまだ口を付けていないパフェの頭部が、ごっそり削られた。
お嬢様とは思えないほど大きく口を開けて、ぱくんと一飲み。
「あ、間接キスになっちゃうね」
「そうだね」
蒼介は大人しく残りのパフェを食べた。




