第32話 幼馴染との再会
瑠璃が呆然とする蒼介の横をすり抜ける様に家に入ってきた。
「素敵なお家だね」
キラキラした飾りの付いたサンダルを屈みながらのんびり脱いで、細い白い指で摘んで玄関の端に寄せる。
下を向くと長い黒髪がサラサラとこぼれ落ちる。
キューティクルが光の曲線を変化させながら輝き、フワリとシャンプーのムスクの甘い香りが広がる。
「私は帰るね!幼馴染み同士積もる話もあるでしょ?」
モモが目をぎゅっと眇めてニヤリと笑った。
……多分、宇宙人的に意味のある表情で無いのなら、今のはウインクをしたくさいな。
出来てないが。
機嫌良さそうに去っていく後ろ姿を蒼介は無言で呆然と見送る。
その背中が見えなくなって、ようやく少し頭が回ってくる。
「えっと、本当に……本当に瑠璃なのか?本当に?」
「えへへ、見違えちゃった?」
クルリとその場で一回りする。動作に遅れて長い髪とワンピースが円を描いて広がる。
小首を傾げて蒼介を下から大きな瞳で見上げる。そのあざとさは、周囲の女子の反感を買う事もあったが、教師が彼女の味方だったので、彼女の敵は彼女に頭を下げて謝らせられることになっていた。
もしや、目や髪の色を変えたルカかもと、頭の隅で考えていたが、その可能性はほぼ無くなったと言っていいと思う。
ルカは自分をこんな風に上手く飾ることはできない。
「瑠璃ちゃん。昔もお姫様みたいに可愛かったけど、すっごく美人になったね。
子供の頃の事故で死んじゃったって聞いてだけど誤報だったんだね!
瑠璃ちゃんのこと憧れてたから会えて嬉しい!
今日はどうしたの?もしかして近くに引っ越してきたとか?」
美空が目を輝かせてはしゃいでいる。
そうだ。
確かに死んだって報道されてたはずだ。
「報道規制酷かったし、情報錯綜してたからね。
実はしばらく意識不明だったの。
うちは私を診てくれる大きな病院に近いところに引越しして、蒼ちゃんたちも引っ越しちゃったから ……ずっと会えなくて、私も寂しかったよ」
眉根を寄せて悲しいをアピールする表情。
蒼介の両手をそっと握り、ウルウルとした大きな瞳で見つめてくる。
「とりあえず……お茶でも飲んで、ゆっくり話そう」
リビングにとおす。
「あ、あたし麦茶とお茶菓子持ってくるから!」
美空が気を利かせてくれる。
向かい側にちょこんと座った瑠璃は、ルカと顔の区別が付かない程にそっくりだ。
楽しげな笑みは昔と変わらないが、やはり少しは大人びた感じはする。
美空が麦茶を配膳する。
「ありがとう。美空ちゃんも大きくなったね」
瑠璃は目を細めて美空を懐かしげに見る。
「私ね、今、聖アンデレ女学院通ってるの。
中等部から。だから同い年の男の子と話するのすっごく久しぶりだからドキドキしちゃうな」
瑠璃は頬に手を添えてフフフと笑う。
「え!凄い!お嬢様学校だよね!
シャンデリアとかあるところだよね!小学校の時の友達で行った子がいて、自慢してたよ。
制服も可愛いよね。瑠璃ちゃんなら絶対似合う!着てるところ見てみたい!」
「うん。制服は気に入ってるよ。でも、規律とか規則とか厳しくて大変。
男の人は父兄でも校門前に数分いるだけで、守衛さんが何人も集まってくるよ」
「すごーい!」
美空は手を叩いて驚き喜び、瑠璃の話を聞いていた。
蒼介は何も話さない。
美空がいる状況では碌に知りたい事も質問できない。
「そう言えば、美空ちゃん受験生よね。邪魔しちゃったかな」
「え、ちょうど息抜きしようとしてた所だからお構いなく!」
美空が両手をブンブン振って、邪魔じゃ無いアピール。
「そう、ありがとう。でも、今日は蒼ちゃん達の顔だけ見にきただけだから、そろそろ帰らないと。
蒼ちゃん、駅までで良いから見送ってくれる?」
「え、あ、うん」
急に話を振られて、こくこくと蒼介は頷く。
「瑠璃ちゃんはお嬢様なんだから、ちゃんと送っていってよ。
というか、暇なんだから家まで送っていってあげなよ!」
美空はすっかり美人なお嬢様に夢中な様だ。
「お願いね。美空ちゃん、お茶とお菓子ありがとう、ごちそうさま」
「絶対また遊びにきてね!」
美空も玄関まで見送りに来る。
「バイバイ!」
美空が手をブンブン振って見送るのに、瑠璃は微笑み優雅な、しかし可愛さとあざとさを含めた所作で手を振りかえす。
「駅は、こっち。ちょっと歩くぞ」
先に歩き出した蒼介の指をを、ひんやりとした手がキュッと掴む。
「蒼ちゃん。歩くの早いよ。私サンダルだから、ゆっくり歩こう。
……本当はね、蒼ちゃんと二人でお話ししたいから、少し時間あるから、ゆっくりで良いよ」
そう言いながら、瑠璃は蒼介の手を握り直す。
恋人繋ぎ。
「ね、ゆっくり行こう」
小首を傾げながら瑠璃の唇が笑顔を作った。