第30話 ブランコを漕ぎながらの問答
急に話がしたいだなんて……もしやモモも蒼介のことが好きなんじゃ?
モテ期ってやつか?
んな訳ないか。
無駄なことを考える癖を治したい。
「じゃあ、少し歩こっか」
モモは自分のペースに蒼介を巻き込む。
「話って何だよ」
隣を歩きながら蒼介は聞く。
「もー!せっかちだなぁ……」
モモがぷんぷんと怒ったふりをする。こっちの宇宙人は器用だな。
連れて行かれたのはいつぞやの公園。
夜なので流石にヒト気がない。
またベンチの方に行くのかと思いきや、そのまま前を通り過ぎて、ささやかな遊具の置いてあるコーナーへ。
モモはブランコに座り漕ぎ出す。
キイコ……キイコ……
揺れに合わせて金属が擦れる高い音が響く。
「これ、乗ってみたかったんだ。
単純な造りなのに楽しいね。
ほら、乗ってよ。一緒にやろうよ」
「訳わかんねぇ」
と言いつつ乗る。少しだけ漕ぐ。懐かしいな。
「乗ったことなかったのか?お前の故郷には無かったのか?」
「うん。似た様なのはあるけど、もっと安全に配慮してるから、この風を切る感じは無いよ。
もっと幼い姿ならもっと早く乗ってみようと思っただろうけど、高校生の姿で楽しむには幼稚な遊具なんでしょ?」
「こっそりこう言う人目の無い夜に乗れば良いんじゃ無かったのか?」
「それって不審者だよ」
「確かに」
「蒼介はやっぱり普段はもう乗らないんでしょ?」
「まあな。小学生の頃はよくここ来て遊んでたんだけどな……」
瑠璃と。
そうだ。そうだったな。
瑠璃との思い出はまだちゃんと自分の中にある。まだ思い出せる。
「ふーん……懐かしい思い出があるの?」
この宇宙人は本当に聡い。勉強もコツを掴んだら短期間で蒼介よりも得意になってきた。
高度な文明力は生き物としての高い知能に裏打ちされているのだろう。
ならば尚更、地球人に勝ち目はない。
「思い出は……たくさんあるよ。
で、そんな話をしに来たんじゃ無いよな?
本題を早く話せよ」
「うーん……今までのも本題と言えなくも無かったんだけどね!
蒼介のこともっと良く知りたいなって。
蒼介は由香里ちゃんと付き合わないの?
告白されてたでしょ。漫画みたいで見てて楽しかったけど、漫画みたいに結論先送りにするんだね」
「……用事があるとか外に出てたのは、俺たちを尾行でもしてたのか」
「うん!そう!」
モモはにこやかだ。
無邪気とも言えたが、それだけでは無い気もする。絶対的な強者の余裕。
弱者をエンターテイメントとして見ることに抵抗どころか疑問も無い。
モモのことは嫌いじゃ無い。楽しいやつだ。でも、こう言う時にズレを感じる。
ルカには感じないズレを。
「それで、もう少ししたら由香里ちゃんと付き合うの?
それともルカちゃんのことが好きとか?
ルカちゃんと付き合いたい?」
モモは何の衒いもなく矢継ぎ早に質問を重ねる。
蒼介が時間をかけて自分自身に問いたいものを、悪意無く急かしてくる。
「もう少し考えたいんだ。
由香里とはずっと友達だったし、これからもそうだと思ってた。
ルカは……出会って間も無いから」
「ふーん……じゃあ由香里ちゃんと付き合えなくても、友達でいられれば良いんだ。
じゃあさ、じゃあさ、
由香里ちゃんが他の男の人に取られちゃったら悲しい?
やっぱり俺が付き合っておけば良かったー!って思う?」
モモは眼を輝かせながら聞いてくる。蒼介と由香里の関係は、モモにとっては漫画を読む延長線でしか無いのだ。
「相手によるかな……。由香里を不幸にしない奴なら……」
思い浮かぶのは雪人の顔。
信頼できる親友。
もし二人が付き合ったら、蒼介は心から祝福できると思う。
……そしたら二人とこれからも友人で居られる。
俺……由香里とは友達でいたいな。
あっさりと結論が出てしまった。
由香里とは付き合えない。
友人として過ごした日々があまりに大切で、他のものに変えたく無い。
結論が出ても、心のモヤモヤは晴れないものだな。互いの気持ちを知った上でこれまで通りにいられるかな?
これまで通りじゃ無くても、少し変化はあっても、それでも蒼介は由香里と友達でいたい。
……もっとゆっくり考えたかったのに。
蒼介はモモを恨みがましく睨む。
しかし、それは無視してモモは自分の好奇心を満たすために質問を続ける。
「ふーん。ならルカちゃんは?
ルカちゃんと他の人が付き合うのは?
幸せにしてくれるのならおっけー?」
いつの間にかモモはブランコを漕ぐのをやめていた。気付けば蒼介もだ。
ルカが前生徒会長とやらに告白されていた時のことを思い出す。
なんか、やだなと思ったのは事実だが……。
……いや、雪人がいる由香里とは違う。前生徒会長とか見たことはあるはずだけど、よく覚えてないしどんな奴か知らないし、そんな奴に友達を任せられるか分からないし、ルカはそれに宇宙人だからそれを知らない一般人とは付き合えないし、それに……そうだ、蒼介は……。
「星名のことは俺が防衛省の偉い人から頼まれてるんだよ。
だから、他の人はそもそも許されないって言うか……」
モモは不思議そうな顔をした。
「別にルカちゃんが他の人が良いってヒトコト言えば、蒼介は用済みになると思うけど?」
モモの表情には、口調には、嫌味もからかいも何も無かった。
不思議に思ったことを口にしただけ。
ただ、それは真実だった。
蒼介はいつの間にか思い違いをしていた。
蒼介の特別性は、ただ、ルカが蒼介に執着しているということの一点だ。
それだけだ。
モモの言う通りに、他の人に興味を持ち、他の男に執着し始めれば、蒼介は政府にとって無価値となる。
防衛省はルカが付き合い始めた男の方に、接触し、協力を強制するのだろう。
「……そう、だったな」
嫌だな。特別じゃ無くなるのが?それともルカをとられるのが?
「別にルカちゃんのこと嫌いじゃ無いなら付き合えば良いのにぃ」
モモはまたブランコを漕ぎ出す。
足を高く上げ、銀色の髪が風に広がる。
金属の擦れる音が響く。
蒼介は漕がずにそれを見るだけ。
近くの灯りに虫がぶつかってバチバチと音を立てている。
「それは……」
言い淀む。
「もしかして……他に気になる人が……いるとか?」
ブランコの揺れに合わせてモモは言葉を発する。
喋りづらそうだからやめれば良いのに。
……そう言えば瑠璃も同じ様にブランコに乗りながら蒼介に色々他愛のない話をすることがよくあったな。
「気になる人か……」
気になる……意味はモモの想定しているのと違うが、瑠璃こそが、ルカとの関係におけるネックとなっているのは確かだ。
「え!?いるの?」
「いや、昔死んだ子が……」
「うそ!?やったあ!漫画みたい!ドラマチック!」
モモははしゃぎながらピョンとブランコから飛び降りた。
蒼介の目の前に眼を輝かせて迫る。
「どんな子?いつ?教えて!何で死んだの?名前は?」
こいつ……人が死んだ話に嬉しそうにするとか不謹慎という範囲を遥かに超えてるぞ。
怒る気にもならないのは、常識が異なる宇宙人だと分かっているからで、地球人ならブン殴るところだ。
「名前は……天野瑠璃。昔引っ越してくる前、近所に住んでた幼馴染みで、顔は可愛いかったよ。
小学生の頃死んだ。以上」
これ以上をモモに話す気にはなれそうにない。
「どうして死んだ子が気になって、ルカちゃんと付き合うのの邪魔になるの?」
モモは本当に不思議そうに聞いてくる。
クリクリの目は好奇心で輝き夜でも光をよく反射している。
「……ただ、瑠璃のこと忘れて過ごすのに罪悪感があるだけだよ。
死んだ人は忘れ去られた時に、本当に死ぬって言うだろ……いや、地球以外では言わないのかも知れないけど、とにかく好きだったのに死んだ人のこと忘れた様に過ごすのってどうかなってさ」
「これからも一生忘れずに過ごすの?その瑠璃ちゃんのこと」
「……そうじゃないけど……忘れるのは今じゃない気がしてさ」
「ふーん……」
モモは納得していない顔をしたが、何も言わなかった。
口に手をやり、何か考え込んでいるが、どうせ碌な質問はしてこないだろう。
モモの質問は蒼介に眼を逸らしたい、眼を逸らし続ければ安穏と過ごしていけるはずのことを表立たせてしまう。
蒼介はただ皆んなと友情で繋がれればそれで良いのに。
一歩関係を踏み出せば、その分向き合わないといけない問題が立ち塞がる。
瑠璃を殺したルカと付き合う?ルカに瑠璃を差し出した蒼介が?
友人として付き合っているのすら、疑問が完全に消えた訳じゃ無いのに?
「………………そろそろ話は終わりか?
もう遅い時間だから俺は帰るよ。お前も遅くならないうちに帰ったほうが良く無いか?」
宇宙人に門限があるかは知らないけどな。
「そうだね!じゃあ私は帰るから、蒼介も気をつけてね」
モモはニッコリいつもの様に笑った。
笑顔は本当に愛らしい。
背中からウィングが飛び出る。
……制服破けてるが、何着替えを持っているんだろう。
夜空に光の筋が走って消えた。
一人で帰る道は何と無くいつもより寂しく感じた。




