第29話 考える時間
そして、次の日
由香里がちゃんと出席していて、他のクラスの女子とも楽しそうに話していてホッとした。
一瞬目が合う。
手を軽く振られた。
だから蒼介も手を軽く上げてから自席へ行く。
良かった。
いつも通りだ。
大丈夫。いつも通りで、これからも変わらない。
何となく女子達からは距離を保たれている気もするが、女の為に戦った漢という評価を得て、クラスの男子からはからかい半分に声を掛けられる様になった。
ついでにルカも声を掛けられてる。
「星名さんイケメン振ったんだって?見る目あるよ。青木の方がゼッテーいい男だから!」
「そうですか」
「俺じゃ女子相手に啖呵きれないからな」
「そうですか」
ルカはそれには淡々と答えていた。
単に何を言っていいか分からないから適当に返事だけしてるのだろう。
前までなら、いちいち相手の言葉を掘り下げまくって質問攻めにしたり、変な答え方をして周囲を困惑させていたが、人慣れして来ている気がする。
それを蒼介は微笑ましく見ていたが、ふと、頭を過ぎる考えがあった。
――こんなに短時間で人慣れできるなら、今まで地球人と会話する機会がよっぽど無かったのか?
こいつが地球に来てから何年も?
もしかして、ひたすら誰ともマトモな交流を持たずに戦わされて来たのか?生まれ故郷から遠く離れた星で?
その考えにゾッとした。
……いや、単なる妄想だ。
歳の近い奴とかが周りにいなくて、それで、まあ、こんな感じに笑ったりもあんまり無くて……。
「青木も星名さん大事にしろよ!浮気とかしたらソッコーで星名さんにチクるわ」
クラスメイトのカップリングが楽しいらしいが、流石に訂正する。
「いや、別に星名とは付き合ってる訳じゃねぇよ。友達だから」
「おお!段階踏むねぇ!」
「何だそりゃ」
くだらないやり取りに蒼介も笑う。
昔のことは考えなくても良いのかな。難しいことは考えなくても、今が楽しければそれで……。
そして、放課後の勉強会。
モモも大分勉強追いついて来たので、いつものメンバーで宿題を終わらせてからダラダラ過ごす会になりつつある。
雪人だけは塾のテキストを開いてたりするけど、他は漫画本を開いてる。
「忙しくて買い物に行けてない。飲み物も食い物も何も無いんだ。誰か買って来てくれ」
「あ、俺行きます」
蒼介が手を上げながら言う。
「……私も行く」
由香里も立ち上がった。
「私も行く」
ルカもすかさず立ち上がったが……
「ごめんねルカ。私、蒼介と二人で話したいことあるから譲ってくれる?」
「………………………………わかった」
長い沈黙の後、ルカは頷いた。
前までならもっと粘った筈だが成長してるのか?
……話って何だろう。
この間のことは気にしないフリしてるが、二人きりになるのはまだ少し気まずい。
モモがそんな蒼介の心中を察してかニヤニヤ見てくる。
こいつやっぱり性格悪いよな。
「じゃあ、これメモ。これだけ買ってくれたら残りは好きに使って良いよ」
倉本先生が何と万札を出した。太っ腹だ。
行きは特に何も言われなかったので、蒼介から聞くことも無かった。
いつも通り。嫌な教師の悪口を言って、目に留まったものを話題にして、
買い物を終えた帰り道でも、話したい事とやらの話は中々始まらなかった。
色々話しているうちに、中学の時の思い出話になった。
「この間の……恵那達に喧嘩売った時の蒼介見て……中学の時を思い出したよ。
中学の時もいじめっ子達に絶対引き下がらなかったでしょ?」
「ああ、そうだな」
女子相手にしつこく言った話だから、武勇伝とするには格好が付かない気もするが、由香里にとっては懐かしい思い出の様で、楽しげに微笑んでいた。
何となく二人とも無言になる。
そして、由香里がまた口を開いた。
ついに本題に入るのだと蒼介は悟った。
「あたしね……雪人から告白されたよ」
由香里は前を見たまま蒼介と目を合わさずに言った。
何と答えるべきか分からない。と言うか、雪人行動起こすの早いな。
「えっと……付き合うのか?」
「ううん……あたし他に好きな人いるし。と言うか、蒼介のことが好きなの。中学の時から」
由香里は足を止めて、蒼介の目を見てもう一度言った。
「蒼介のことが好きだから、雪人とは付き合えない。
……あたしじゃダメかな?」
蒼介は息を呑んだ。
由香里は可愛いし、性格も良いし、結構モテるし、ダメな要素は一つもない。
でも、蒼介は由香里を友達だと思っている。好きだと言われた今も、変わらずに友達だと思っている。
答えられない蒼介に由香里がさらに質問を重ねる。
「ルカの事が好きなの?」
それは蒼介自身が知りたい。
ルカは蒼介の初恋の人そっくりな顔で、初恋の人との記憶を上書きし侵略する。
蒼介はいつの間にかトラウマの様になっていた過去の記憶と決別し掛けている。
それは、幼い日、宝石の様に大切に思っていた天野瑠璃への裏切りの様で、自分自身をまだ許せない。
蒼介は、ただ時間が欲しかった。
自分の中で折り合いをつける時間が。
誰かに急かされる事なく、自分の気持ちを知る時間が必要だった。
でも、由香里は、多分中学の時からきっと何年も待っていた。
蒼介が過去と決別する時を。
多分、由香里も雪人も、蒼介の変化を感じ取っているからこそ、今、告白し、事態を動かそうとしているのだ。
蒼介はもう少し、穏やかなぬるま湯の日々を過ごしたいのに。
「……答えられないってことは、まだあたしにもチャンスあるって思っても良いよね?」
由香里は宣戦布告する様に微笑んだ。
「俺は……今まで考えたことなくて……」
蒼介の返事はみっともなく情けないものだったが、
「ならこれから考えてみて。
返事はすぐじゃなくて良いから。とりあえず、しばらくの間は……今まで通りに接してほしいかな。
気安い関係がずっと好きだったの。
ほら、帰ろ。そろそろ急がないとアイス溶けちゃうかも」
「ああ、そうだな」
倉本先生のルカの家までもう少しの距離だった。
「ただいまー」
靴を脱ぎ散らかしつつ玄関に上がる。
「ほら、揃えてよ」
と言いつつ由香里が蒼介の靴まで揃えてくれた。
「わりぃわりぃ」
荷物を両手にぶら下げてるので、由香里の優しさに甘えた。
「あれ?モモは?」
「ああ、お前らが出て行った後に、用事があるとかで外出たぞ。すぐ戻るって言ってたな」
「あたし、先に帰るね」
由香里は玄関からは上がらずに言った。
「え、アイスは?」
「蒼介食べて良いよ。じゃあ、また明日ね」
「ああ、うん、じゃあ」
由香里は笑顔で手を振ってすぐに去ってしまった。
蒼介にも気まずさが少しあったから助かった。
多分由香里も気まずさから帰ったのだろう。
「あんまり人数増えると食費的にも厳しいが、人員プラス1なら夕飯作っても良いぞ。
青木、食べていくか?」
「あ、じゃあお言葉に甘えて……」
ルカがなんとキッチンに倉本先生にくっついて入って行った。
「星名って料理できるんですか?」
ルカは可愛らしいエプロンをつけている。なんと倉本先生とお揃いだ。
先生も似合わなくはないが、何と言うか意外性のある愛らしいデザインだ。フリルとか付いてるぞ。
「教えている最中だ。と言っても私も本来なら人に教えられるほどの腕前では無いがな。
……青木は料理はどうだ?
料理は女の仕事だなんて全時代的な事は言わんよな?」
圧力をかけられて屈した蒼介は、野菜の皮剥き係に任命された。
星名は絶対料理とか出来ないだろうとタカを括っていたが、なんと手付きは蒼介よりも鮮やかだった。
蒼介も普段は全然料理なんてしないが、宇宙人よりは何となく上だと思い込んでいたので、軽くショックを受けた。
みんなで協力して作るならこれだろうと、メニューはカレーになった。
中濃ソースとケチャップが隠し味だ。
隠し味を入れる時に鍋の中にルカがせっせとハート型にケチャップを入れていた。
もちろうすぐに撹拌してハートは壊れて消えた。
「何そのハート……」
礼儀として聞いてやる。
「愛情の投入」
淡々とした口調で当然の様に言われた。
……そんな無味乾燥な表情と声で行われる行為か?
カレーは愛情は置いといて普通に美味かった。普通サイコー。
食後のアイスも二つ食べて結構限界まで満腹だ。
「そろそろ俺も帰るよ。また明日な」
「蒼介。バイバイ」
顔の横で手をメトロノーム様に振ってお見送りしてくれた。
その様子に苦笑しつつ夜道を歩く。
ちょうど良いタイミングでバスが来た。
バスの中で由香里のこと、ルカのことを考える。
……どれくらい由香里は返事待っててくれるのかな。
……俺は時間を貰えたら、どんな答えを出せるのかな。
考えるのは疲れる。
バスを降りて、自宅へ向かう。
玄関前に小柄な影。
肩口程の長さの闇夜に浮かぶ銀髪。
「百々瀬……」
「待ってたよー。帰ってくるの遅いよ!待っちゃったよ。蚊に刺されて最悪!
何でこいつら痒くしてくるのかなぁ。
地球の虫って絶対おかしいよ」
「……何しに来た?」
一応意味は無くとも警戒しつつ聞く。
「私も蒼介とお話ししたくなっちゃったの。
お話ししよ」
モモはニッコリと笑った。




