第23話 ルカとクウロとモモ
クウロについて歩いていく。
銀髪の頭は夜道もよく目立つから見失うことは無さそうだ。
黒の詰襟を着ているが、どこかの学校の制服だろうか。
近隣の高校の制服なら見ればわかるのだが……。
「今現在、Lufが何をしているか知っているか?」
蒼介の方を振り向くことすらせずにクウロは問いかける。
「ルフ?」
聞き覚えのない単語に蒼介は聞き返すと、クウロは感情を見せない声で端的に答える。
「星名ルカ」
「いや、知るわけないだろ?」
そこでようやく振り向くが、街灯が無く、その表情は分からなかった。
クウロがスッと何かを差し出す。
蒼介が何かを確認する前に目の前が歪み、青に赤に黄色に緑に紫に光が通り過ぎた。
「え……うあ!」
蒼介はどこかの空の上にいた。
手をバタつかせるが掴むものなど何も無い。
星と月が蒼介を照らす。
「ジタバタするなよ。みっともない未開人だな」
すぐ左から声がした。
クウロが蒼介と同じく宙に浮かんでいた。
ポケットに両手を突っ込んでいる。
かっこつけの嫌な奴だ。
「あんまり長時間はここにはいられない。結構高価な道具使ってやってるんだ。感謝しろ」
クウロはいちいち偉そうで一方的に話すが、蒼介には何の話をしているのか分からない。
しかし、こんな嫌な奴でも、今宙に浮けているのはコイツの道具とやらのお陰らしいので、機嫌を損ねて地面に落下させられては困るどころでは無いので、蒼介ができるのはせめて押し黙っているしか無い。
雲が足元のその下で薄く流れている。
その下には地面。
少なくとも都会では無いのか、夜景は見えない。
そして、七色の光の筋が凄まじい速度で飛び回っているのが見える。
「アレがLu……ルカだ」
クウロは七色の光の筋の先端を指差す。
その光に向かって白い光の玉が幾百も迫る。
七色の光は旋回し、不規則に揺れるような動きをし、その白い光の本流から逃げ惑っているようだ。
「あ!!」
蒼介の叫び声が虚空に響くことなく消える。
ルカに白い光がぶつかったように見えた。
ルカの七色の光が高度を落とす。
それにまだ大量にある白い光が追い縋る。
「危ないんじゃ!!おい!あれ助けた方が!!」
「まだ平気だろ。騒ぐなよ」
クウロは余裕のある態度を改めない。
ルカはギリギリのところで光球から螺旋を描くような動きで逃げ延び、そして七色の光の帯が四方に広がりながら撫でるように光球の集団を薙いだ。
辺りを眩い白い光が埋め尽くし、蒼介は目元を覆ったが、それでも目が暫くチカチカした。
「多少怪我はしたろうが……まあ、文明力の差だな」
クウロはつまらなそうに言ったが、蒼介は慌てて聞き返す。
「怪我したのか!?大丈夫なのか!?」
「平気だろ。戻るぞ」
また目の前に光が広がり、気がつくと元いた場所に戻っていた。
心臓がバクバクしている。
宇宙人同士の戦いだ。
それも……殺し合いだ。
「星名は……いつもあんな風にたたかわされてるのか?」
「さあな……」
クウロはまた歩き出す。仕方なく蒼介はついて行く。
……ルカはこれまで何年もどんな生活をしてきたんだろう?
たった一人で未開人の中で、未開人を守るために戦わされて……。
鼓動が収まらない。
蒼介は頭を振って考えるのを無理矢理キャンセルする。ルカだって納得して地球にいるんだ!
それに自由が無いのは今や蒼介も一緒じゃ無いか。
他の奴に構ってる暇なんて……。
ついたのは広めの公園だ。端っこの方にささやかな遊具がある。
クウロはベンチに座った。
蒼介に着席を勧めるつもりは無いのか、ど真ん中に一人座る。
あまり明るく無い外灯が銀髪を夜闇に浮かび上がらせる。
蒼介を嘲るように薄っすら笑みを浮かべた顔は、絵に描いたような美形だ。
中性的だが、男らしさもどこかあるような。
「思い知っただろう?未開人。
彼女は元々ボクと結婚する予定だったんだ。
関わるのを止めろよ。
……そうすれば、この星の未開人どもにも多少は土地を使うことを許してやる」
「何だと……!」
どこまでも偉そうなクウロに反射的に噛みつきたくなるが、しかし、別に蒼介もルカと付き合いたいだの、結婚したいだのと言う気持ちは無い。
しかし、頭に思い浮かんだのは保健室で見た、本来の姿。幼なげな美しい華奢な生き物。
自分の気持ちも定まらずに蒼介は言葉が続かない。
地球を守りたいなら、ルカの言うことを聞いて付き合って……結婚するのがいいのか?
ルカは少なくとも目の前の青年と違って、地球人の話を聞こうとする姿勢がある。
でも、そんな理由で結婚だなんて……。
「黙ってんなよ……未開人。せっかく未開人相手にボクが意思を確認してやってるのに」
何を言えば良いのか分からずに、俯く蒼介。
その時、
「btha deefn!」
聞き覚えのある声で、聞き慣れない言語が聞こえた。
夜空を見上げると、モモが背中のウィングを折りたたみながら、地面に降り立った。
「afzeo ghaalhg……」
しかし、クウロに続けて話しかけたモモの言葉が途切れる。
モモの体が吹っ飛び、地面を滑った。
「おい!何やってるんだ!」
クウロがモモの顔を殴りつけたのだ。
「abnue dalg!!」
クウロがモモを怒鳴りつける。
何を言っているかは分からないが、それでも蒼介はモモを背に庇う。
荒事は苦手だ。でも、女の子が殴られてるのに何もしない程の臆病者にはなりたく無い!
クウロは苦々しげに蒼介を睨みつけたが、フイと踵を返した。
「Lufもお前のような未開人には直ぐに愛想をつかすだろうし、それまでいい気になってると良い」
クウロの背中が見えなくなるまで、蒼介は油断せずに動かなかった。
そして、モモの方を見る。
「……大丈夫か?手当必要か?」
モモは頬を片手で押さえながら、えへへと笑う。
でも、その笑顔はいつもよりも精彩を欠いていた。
「大丈夫!……ちょっと虫の居所の悪い時に話しかけちゃったから」
「普段からよく殴られてるのか?」
モモは少し目を泳がせた後、困ったような表情で、諦めたように言う。
「まあ、私出来が悪いからね」
「……俺たち地球人は未開人だけど、兄が妹を殴るのは、どんな時だって最低の行為だ。
冷やした方が良いんじゃないか?うち近くにあるから寄ろう」
俯いたモモの目から涙が零れ落ちた。
こう言う時、女の子の泣き顔を見てても良いものか判断出来るほどの経験が不足していた蒼介は、見なかったことにして自宅まで先導する。
「行こうぜ。茶くらいなら出せるし」
「じゃあ……お邪魔するね」
夜道を後は黙って縦に並んで、少しの距離を空けて歩いて行く。
家に着いた時にはモモの瞳に涙は見えなくてホッとした。