第1話 初恋とトラウマ
初恋の人を他の皆はどれくらい覚えているだろうか?
家が近く、親同士も仲の良かった天野瑠璃とはいわゆる幼馴染だった。
彼女は甘えん坊なところがあって、いつも蒼介の後ろをついて回るような娘だった。
天野さんの家は、一人娘の瑠璃を目に入れても痛くない程に可愛がっているのが、よく分かった。
蒼介は約束も無しにいきなり瑠璃の家に行ったりしていたけど、いつも瑠璃のお母さんは――あら、いらっしゃい蒼ちゃん――なんて言って歓迎してくれた。
頭をいつも可愛いリボンで飾りつけられて、どこかにお出掛けするような、フリルやリボンやお花のついたワンピースを着ていた瑠璃は、皆からお姫様の様に扱われていた。
小学校の担任の先生もその様に扱っていて、難しい問題では瑠璃には当てなかったし、
瑠璃がわかりません、と答えてもニコニコして他の人に当てなおしていた。
他の人が間違うとネチネチ嫌味を言う先生も、瑠璃には言わなかったんだ。
お人形さんの様な格好は、瑠璃にはよく似合っていた。
あの日の瑠璃も白いフワフワのワンピースを着ていて、花嫁さんみたいで可愛くて、こっそり褒めたら抱きついてきて……
あの日瑠璃と外にいたのは……なんだっけ?
あ、そうだ体育の時間だったけど、瑠璃がドッジボールは嫌だからって仮病を使ってて、瑠璃のワガママで何故か一緒に見学することになってて……
二人で授業そっちのけで、瑠璃の取り留めないお喋りに付き合ってて……
その時……空に変なものが浮いてるのに気がついた。
丸くて銀色で白くて、周りが青空なのに、その丸いものの周辺の空はグニャグニャピンクとか緑とか紫になってて、ゆらゆらしてた。
「あれ、なんだろう?」
蒼介が空を指差すと
瑠璃も空を見上げる。
それはグラグラゆらゆら不規則に揺れていた。
その動きに合わせて、空も不気味な七色に……
「蒼ちゃん、なんか怖いよ。」
クラスメイト達も空を指差した。
空全体もいつの間にか暗くなってる。
青空なのに太陽が出てるのに、どうしてだか太陽がもう落ちた後の夕方みたいな暗さ。
その中でどうしようもなく目立つそれ。
「UFOだ!」「先生!あれUFOだよ!」
皆が大騒ぎする。
「怖い!怖いから学校の中に逃げよう。」
瑠璃は怖がりだった。
先生は騒ぐクラスメイト達を宥めている。
「せんせー!瑠璃が具合悪いから教室行ってまーす!」
先生に一応声を掛けたという体裁をとって、瑠璃と手を繋いで教室に戻る。
少し早歩きで戻った。
そして教室に着いた時、
UFOは真っ直ぐに蒼介達のいる教室に突っ込んできたんだ……
瓦礫に埋もれた蒼介はなんとか這い出した。
天井が穴が空いてて上からパラパラと天井の破片が降ってくる。
UFOは斜めに床に刺さり、穴の下の階下の教室を僅かにのぞかせる形で、教室を両断していた。
UFOそのものも無傷とはいかず、大きく亀裂が入って内部が見えている。
「瑠璃……どこ?」
「蒼ちゃん……痛いよ……助けて……」
蒼介の呟きに答える声が聞こえた。
急いで倒れた机のそばに近寄ると、その向こうにお腹の周りを真っ赤にした瑠璃が倒れていた。
白いフワフワのワンピースがみるみる血に染まる。
「瑠璃!待ってて、大人の人呼んでくるから!」
「……うん。」
瑠璃はいつも以上に真っ白になった顔を小さく動かして頷いた。
その時、
パタン……
何か軽いものが落ちた様な音。
UFOの近くに白く僅かに発光する、蒼介よりも少し小さな子供が倒れていた。
慌てて蒼介が近づくと、それは目を開ける。
銀色の瞳、銀色の髪の毛
真っ白に淡く光る皮膚
銀色の体にピッタリとくっつく服
「……宇宙人?」
それは人間によく似ていた。
しかし、顔にあまりにも大きな傷があり、美醜を判断する余裕は無かった。
銀色の液体……多分血なのかな……たくさん出てる。
UFOがズズッと音を立てて更に傾く。
このまま放置しておくと、この宇宙人はUFOに押し潰されるかも知れないと思った。
だから
だから宇宙人を、可哀想な怪我をした宇宙人を瑠璃のそばに持って行ったんだ。
瑠璃はすっかり意識が無かった。
早く大人を呼ばないと、と思ったのに……
UFOが大きな音を立てながらもっと教室に深く刺さり、天井が更に崩れてきて……
頭にポカンと何かがぶつかって……
蒼介は頭の痛みを感じながら目を覚ました。
外は既に夜になったのか酷く暗い中、それは淡くとも発光しているからよく見えていた。
それは食べていた。
ぐちゃぐちゃ……ガツガツ食べていた。
宇宙人が……蒼介が起きたのに気がついたのか、振り向いた。
顔を真っ赤にした宇宙人。
その向こうにワンピースを大きく捲られてお腹も胸も赤く中身を晒して……撒き散らした瑠璃が見えた。
次に目が覚めた時、蒼介がいたのは病院だった。
病院のベッドの上だった。
病院のお医者さんに何があったのか何度も聞かれた。
怖くて最初は答えられなかった。
でも、答えなければ家には帰れないし、お父さんにもお母さんにも会えないと言われたので、泣きながら答えた。
その日の午後には、そのお医者さんとは別の人にも同じ質問をされた。
毎日別の人達に同じ質問をされた。
同じ質問をされ続けた。
そして家に帰れた。
瑠璃の家は引っ越ししていた。
蒼介も両親と共に間も無く少し離れた町に引っ越した。
引っ越し先の小学校の総合学習の時間に、地方の昔の新聞を図書館で調べる方法を習った。
パソコンの使い方を習った。
インターネットで調べ物をする方法を知った。
瑠璃と蒼介のいた小学校は、あの日、事故でアメリカの軍隊の戦闘機が校舎に突っ込んだらしい。
それで何人も死人も怪我人も出たのに、軍事機密だから日本の警察とかはしばらく出入りができなかったらしい。
それで近くのアメリカ軍の基地に、色んな活動家が集まって道路で連日デモが行われたそうだ。
死んだ生徒の中に瑠璃の名前を確認した。
その後何を調べても、誰に聞いても……両親に聞いても、UFOの話は出て来なかった。
蒼介は……自分で言うのも何だが、大人びたところがあったので、周りを心配させない為に、あの日のことは誰にも言わないことを決めた。
ただ……瑠璃と、あの宇宙人を思い出すので、人形みたいに綺麗すぎる顔立ちの女の子に苦手意識を持つ様になった。
いつか誰かと付き合うなら人間味のある、明るい女の子と。
そんな日は、高校2年生になってからの今日までも、まだ来ないまま。
今年度からこの高校に来た担任の倉本先生が、独特なハスキーな声でいつも通り淡々とホームルームを進めている。
飾り気がなくキツイ印象だが、眼鏡の下は美人では無いかともっぱらの噂だ。しかし、その素顔を見たものはいない。
蒼介は五月病の末期の為にぼんやりと窓の外を見ている。
外は晴れている五月晴れ。
幸いあの日の様な不気味な七色も見えない
ハッピーなサニーデイだ。
「はい、というわけで転校生を紹介する
入ってきなさい。」
担任の倉本先生が両手をパンパンと叩くと、教室の引き戸がガラッと重い音を立てて開け放たれる。
教室に感嘆とどよめき。
その少女は華奢で人形の様に整った顔をしていた。
それだけじゃ無い。
外国の血が入っているのか、見事な白銀の長い髪に、銀色にも見える灰色の瞳。
その瞳がヒタリと蒼介を捉えた。
蒼介は息を吸うのも忘れて、その美貌を見つめる。
倉本先生が少女の名前を黒板に書いた。
国語の教師だけあって達筆だ。
『星名 瑠花』
「ホシナ ルカ、最近までアメリカの方に住んでいたから日本のことには詳しく無い。。皆んなで色々教えてやってくれ。
ついでに席替えをする。
座席は既に考えてきている。」
倉本先生がいつもの調子で一方的に決定を通達し、黒板に机の位置と名前の書かれたA 3を貼り出す
「では各自勝手に確かめて座る様に。」
そう言い残すと教壇から立ち去り、教室を出る……直前に振り返り
「青木は放課後残れ。
少し話がある。」
「えっ!?あ、はい。」
転校生、星名瑠花に気を取られて返事が遅れた
倉本先生は、そんな蒼介には興味も無さそうに今度こそ教室を去った
後には大騒ぎの教室
瑠花に女子達がこぞって話しかけつつ、急いで席を移動している
男子達は瑠花の美貌に気が引けているのか、遠巻きに見ている。
蒼介はルカの顔から中々目が離せない。
だって、
その顔は、初恋の……そしてトラウマの少女、瑠璃とそっくりだったから。
しかし、他の人の邪魔になるので、いつまでもボサっと突っ立ってる訳にもいかなかった。
黒板に張り出された座席表を確認する。
席は教室の一番後ろ、窓際から二番目
そして、隣の窓際の席にあった名前は
……星名 瑠花
席を移動し、座ると更に強い視線を隣から感じる。そちらに向き直って挨拶する
「あの……俺、青木蒼介。よろしく。」
「知ってる。」
声は……瑠璃に似てる気がする。
わからない。もう何年も経ってしまった。
顔は、でも、似てると思うけど、髪と瞳の色も違うし、年齢も違うから……他人の空似か。
短すぎる返答が理解できずに聞き返す
「え、知ってるって何を?」
「私は青木蒼介を知っている。」
その後は、ルカが女子達の質問攻めにあっていたので、話すタイミングを逸してしまった。
ただ、やっぱり授業中も彼女は蒼介の事ばかりを見つめていた。
ここから恋愛メインで何とか話を構築する予定です
何も考えてないけど、とりあえずなるべく毎日更新したいです
イラストは一枚だけで、今後はこの話では付けません
イラストはアレレだけど、目を細めて心の目で暖かい気持ちで見てください