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第十九話「話すのは疲れます。勇気がいります。だから、人は休みたくなるのです」


 この世界に生まれ落ちてから決まっていることは、死ぬことです。

 繁殖するか、繁栄するかどうかは本人の技量によるところが大きく、平均的な行動とはいえません。ですので、死ぬことは必然とあるわけです。

 不老不死はなく。

 不死身もなく。

 魔力で生き長らえることなんてのもありません。

 生きたら、死ぬ。

 自然の摂理通りに事が運ぶ世界に、魔力があって延命する技術は多少なりとも()()()()()存在する。

 そんな次元に、当然老化現象はあるわけです。


「お爺さんが転落する事件。これが本人の証言からして『不思議』でもあったわけです」


 部屋が開かないからではなく、部屋からどうやって出るかが分からないから。誰かが悪戯に部屋の鍵を閉めたなんてことはありません。

 一人暮らしだったわけですから。

 であれば、お爺さんは自力でこの部屋に入ってきているのです。

 そして、今まで問題が無かったとすれば、本人への違和感に繋がるわけです。


「……でも、扉の立つけが悪かったとか」


 決して、本人を前にしていい会話じゃないのかもしれません。

 でも、魔女さんが見つめるのは虚空を眺めるお爺さん。狼さんは名前も知らない、さっき会ったばかりのお爺さん。

 強烈なナニカを傍に侍らせるお爺さんなのです。

 まるで、聞こえているのなら怒って欲しいと、嘆願しているように見つめているのです。


「いいえ、扉は正常に開きました」


 だから、否定する声もか細くなってしまうのかもしれません。

 過去を振り返ることは、いいことでも悪いことでもないのです。現実を再び叩きつけることは、残酷なのです。


「そういった、()()()()()()()()()()()()()。不治の病でもあります。ブラブも、前の村にそういった人がいませんでしたか?

 例えば、常にどこかを歩き回り、会えば『私の、ワシの家はどこだったかな?』と聞くような人は」


「……あまり見たことは無いな」


「そうですか。あまり類を見ない病でもあります。他の魔女からも、そういった人は一人いるかいないか程度でしかないと聞いたことがあります。

 流行病ではなさそうなだけ、安心しました」


 嘘でしょう。

 魔女さんが安心したとは程遠い感情を持っているのは、手を握りあっている狼さんが気づいているのです。

 目の前の人がそういった流行病にあるだけ。

 そうじゃなければ、自分の愛する人が豹変していることに納得もできないのです。

 諦めるしかない。

 諦観するしかない。

 それはあまりに残酷です。


「原因は……?」


「不明です。魔力での透視を試してみましたが、脳の萎縮が少し早い程度です。失ったものを戻す薬も、魔法もありませんから、困ったものです」


 唇が震えます。

 感情が揺れます。

 魂が、崩れそうな魔女さん。

 今にも瞳から雨粒が落ちてもおかしくないほど、彼女は悲哀に、悲愴に、つかれているのです。槍のように、突き刺さっているのです。


「ですので、ブラブ。こういった人も、私は救いたい。もちろん、あなたの体を戻すことも最優先にしたい。そういった傲慢な魔女の、強欲な願いを、助けてくれませんか」


「……俺よりも、お爺さんを優先していいんだぞ」


 狼さんは魔女さんへ優しく、撫でるように提案します。ふわりと、まるで綿毛のような言葉を、魔女さんはくすぐったく感じたのでしょう。


「相変わらず優しいですね……。ですが、ブラブを優先します。あなたの魔法薬で気づいたことがありまして。お爺さんの治療はほぼ八方塞がりですが、ブラブの呪いに効く薬ができれば、それが壁を打ち破る術になるかもしれません。

 きっかけも、閃きも、打開策も、些細な気づきだって、貴重で手に入れたいことなんです」


 お気持ちは嬉しいのですよ?――そう、握り返します。

 魔女さんは諦めているようで、雲を掴みたいのです。

 飛べないからといって、今までの空を飛ぶための羽や羽ばたきの筋力が無駄になったと思いたくないからこそ、魔女さんは別角度の知識と経験が欲しいのです。


「特に、ブラブに渡している薬と今日配った薬やもちろん、お爺さんのための物は違います。ブラブのは魔法が何重にも折り重なった結晶のようなもので、皆さんのはせいぜい吸収しやすいような薬草が入っているだけです。

 なので、魔法や魔力、魔術といったそれらが萎縮していく脳やその他病の原因になりそうな物質に効くかどうか、それが分かるだけでも大きいのです」


 狼さんには、よく分かります。

 狼さんは、理解できます。

 魔女さんが真剣なことも、先程の諦めていた様子からは信じられないほど、突き進むような意思があることも。

 決して、魔女さんが強いわけではないのです。決して、魔女さんが心身共に健康で、ネガティブな事柄を跳ね除けるような楽観者でもないのです。

 困難を打ち砕き、克服し、糧とする。

 そんな強い人ではないのです。

 実際、諦めていたのは事実です。言葉が二転三転したとすれば、一度諦めた。でも、奮起させる存在がいたからこそ、魔女さんの頭の中で忙しさが居場所を満たせたわけです。

 狼さんは何もしていないわけではない。

 しかし、なにかしたわけでもない。

 手を繋いで、握って、確かめる。

 それだけで、魔女さんの心を真っ直ぐにできたのでしょう。


「…………ブラブ。あなたにこんな重いことを背負わせる気はありません。優しいあなたのことです。自分の姿が戻ったら、お爺さんのために東奔西走駆け巡ることでしょう」


「……それは、どうだろうかな」


 嘘をつくのが狼さんは下手くそです。

 魔女さんの言葉は、正しく狼さんが抱いていたこと。

 自分が治れば、次はお爺さんの番。

 魔女さんをここまで育ててくれて、薬学の教えも教授した人を、はいお疲れ様でした、と放って元いた場所に帰るなんてことはできません。

 魔女さんに言われるまで、そんな考えなど思いつかなかったのです。

 ただ、魔女さんは狼さんのことがよくわかっています。

 そして、わからない振りもするのです。


「もし、もし……ですよ。あなたの優しさを頼ってもいいのなら。一緒に、この方を――救ってくれませんか?」


 そう言いながら、魔女さんは狼さんを見つめます。

 真摯で、純粋で、ひたむきな想い。

 それらと、ベッドの上で今も尚、窓の外を眺めるお爺さんを映します。

 何を想い。何を感じ。感情があるのか。考えがあるのか。何も狼さんには判断がつきません。

 でも、でも。

 魔女さんはこの人を助けたいのでしょう。

 優しい人で、部屋がとっ散らかるようなズボラな人で、考え事をしながらお茶を飲めばむせるような人。

 その人が、かつての先生を救いたい。

 なれば、狼さんのすることは一つしかないでしょう。


「魔女さんは、この人が治ったら何をしたい?」


「それはもちろん。ブラブが作ったお菓子と紅茶でのんびりお茶会をしながら、あなたのことと私のことをたくさん話します。そして、私とお爺さんのこともブラブに話します。そうやって、昔のことを一つずつ、大切に思い出してもう一度仕舞うんです」


「じゃ、美味しいお菓子に一番いい茶葉を用意しとかなきゃな」


 魔女さんがしたいのなら、手伝う。

 狼さんはそれで充分なのです。

 いえ。

 狼さんもそれがしたいのです。

 誰のためでもなく、自分のために。

 ただの傲慢で、単なる強欲。

 二人を繋ぎ、前へ進むのはたったそれだけの単純なものでいいのです。

 

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