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第十八話「大切で、大事で、ちょっとの心配」


 その部屋は奥まったところにあるものの、適度に日差しが入り込んでは居場所を作るほどでした。

 春は穏やかな暖かさ。

 夏は気だるい熱気。

 秋は過ごしやすい空気。

 冬は寂しくも傍にいるような温もり。

 そんな空間に、大きなベッドがどーんとあります。

 天蓋付きのいわゆる貴族が寝ていそうなベッド。曇りなきガラスのついた化粧台が横にあり、そこには小さなティーカップが黄金のアクセントが施された飲み口と持ち手。更には白百合が彩られ、それを青碧が包んでいます。

 いかにも、お金持ちが使っているようなもので。狼さんや魔女さんがお客様へ出すくらいにしか使わず、そのまま棚の中に入って寝ていそうな品物なのです。

 決して、普段使いするものではないものを、お爺さんは使っています。


 しかし、カーペットは取り除かれたのか、ベッドの下は木目が裸になっています。この部屋までは赤めの絨毯が敷かれていたのに、ここだけはないのです。

 意図的に剥がされただろう跡が、部屋の隅っこでは主張していますし、なにより、余計な物がないのです。

 クローゼットはあります。

 化粧台もあります。

 ベッドもあります。

 ただ、本棚はありません。

 絵画もありません。

 燭台も、椅子も、花瓶もない。

 無機質な世界を、たった一枚の窓ガラスが外との繋がりを有しており、その唯一の窓が、頑丈な鉄格子で網をされているのです。

 それこそ、窓から外に飛び降りられないようになっているかのようです。


 脱獄犯のための牢屋。

 逃亡者を捕まえた時の檻。

 そういった意味合いが強いのかもしれませんが、前略省略の上で上記の理由で鉄格子がされているわけではない。そうはっきりと言っておきましょう。

 明言しておきましょう。

 理由はそのうち分かりますから。


「我が主人様。お孫さんがいらっしゃいましたよ」


 我が主人――メイドことメリッサさんの雇い主でもあり、魔女さんの昔馴染みのお爺さん。

 その方は、真っ白な髪をボサボサにしたまま天蓋付きのベッドで横になっています。

 いえ、横たわっています。


「孫じゃありませんけど、孫みたいな可愛い女の子ですよ」


 魔女さんはそう言いながら、そう茶化しながらベッドへ歩を進めます。

 きし、ぎしっと自身の存在を意味する音を響かせます。その後をリードに繋がれたような狼さんがついて行きます。

 しかし、悲しいことに。

 狼さんが今まで感じていた違和感。本能が畏怖を示し、警戒しなければいけないことを明白にしており、威嚇を顔の尖った部分に集中させています。

 そう、畏怖です。

 遠ざけるために、自身の力や体の大きさを誇示しなければいけないのです。


 それほどに、狼さんが近くで――魔女さんの隣で見たお爺さんの姿は、形容しようがないのです。


「…………」


「ブラブ。よく聞いてください」


 驚き、瞬き、戦慄し、恐怖が心の中で渦巻き、凄惨な心情を描いている中、魔女さんは囁くようにつぶやきます。

 例え、小さく。か細く。繊細で、類まれなる才能で培われた精彩で精細な音は、狼さんの耳にはしっかりと聞こえるのです。

 それを意図して行っているのです。


「お爺さんは、元々一人暮らしなのです」


 一人暮らし。

 つまりは、この広い屋敷で一人っきり。

 孤独なのです。

 その中、天蓋付きのベッドで寝て――いえ、目を開けているものの垂れ下がるシルクの幕を眺め、一切魔女さんだけでなく狼さん。更には、メリッサさんですら見つめない老人。

 それがお爺さんなのです。

 目元には目脂がついたまま。口髭も、顎髭も、伸びきっており、口元も涎が流れ出て止まることもない。

 枕元はその流涎(りゅうぜん)が高価な布地を我が領地にしています。

 唾液分泌過多。

 口が僅かに開いていることからも、閉じる気力もないのかもしれません。

 白髪に、ボサボサ。

 とても身なりがいいとはお世辞にも言えない状態です。


「ここで一人、昔から薬を作って、病気かどうか、どの薬が効くかどうかも診ていた人です。

 医師でもあり、薬師でもある偉い人でした。ブラブも薬品の匂いだけじゃなくて、他の匂いがしたはずでしょう」


「……あぁ」


「私へ薬学を教えてくれたのもお爺さんですし、薬がどういったものか、薬の副作用などが載った本をくれたのもお爺さんです。

 私の先生でもありますし、師匠でもあるわけです」


「そうか……いい人、なんだな」


「はい、とても。とても……。だから、あまり怖い顔をしないでください」


 ここでようやく、狼さんへ魔女さんが指摘しました。

 絞り出して、喉が詰まるような想いをようやく吐き出したのです。

 だから、その想いを受け取った狼さんは、畏怖や恐怖を抑え込もうとしますが……どうしても無理そうです。

 どうにも無理なのです。

 安心ができないのです。

 お爺さんが怖いからとかではなく、お爺さんの近くを警戒しているのです。

 だから、頑張っている狼さんを見兼ね、魔女さんは優しくその手を握ります。


「ブラブ。お爺さんは、この状態になってから長くなります。三年前、そこの窓から飛び降りたのです。投身自殺でも、窓の縁に腰掛けていてあやまって落ちたわけでもなく。

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 しかし、安心感とは別で衝撃的な過去が耳を打つのです。思わず、思わぬことです。

 狼さんがどうにもできなかった本能が、その話、その単語、その音。その魔女さんの悲哀をこめられた震えに、狼さんの心境が広がったのです。

 本能を覆い隠すほどに。

 威嚇していた表情を和らげるほどに。

 大切な人の、悲しみを、悲嘆の心を、受け取った狼さん。思わず、自分の手よりも小さな存在を、優しく握り返すのでした。

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