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第十五話「村への配達です」


「では、ブラブ。その手の荷物をこちらへ渡してくれますか」


「これか? 重いぞ」


「重いでしょうけど、浮かせばいいので大丈夫ですよ」


 村へ到着するなり――聖域から魔女さんが来られるように、わざわざ均された道の先で。二人は浮かぶ鞄達と共にいました。

 おそらく、白樺の木でしょうか。少なくとも、魔女さんの家近くへ生えている木々と似たようものです。

 薄く、クリーム色が長年の雨風によって多少の劣化を伴って、魔女さんを迎え入れる。それだけ、この門はあったということでしょう。


「…………よし、これで大丈夫です。はい、ブラブ。任せました」


「……? 任せたって」


 魔女さんは、なんらかの瞑想を挟むと、手にしていた鞄を狼さんへ返します。

 それをなんとなくの疑問もなく、受け取った狼さんへ。突如として、流れてくる映像。

 それは狼さんの意志に関わらず、積もった雪跡を進み、ある一つの家を映します。門から始まり、右へ進み、五軒目の三角の屋根。真っ黒な扉を狼さんへ叩き込むと、その突然現象はパタリと違和感なく、終わります。


「……魔女さん、これって」


「『道標の魔法』です。いきなり、頭の中に映像が流れませんでしたか?」


「あぁ……。この門から右へ曲がって五軒目、真っ黒な扉の家が見えて、そこで終わった」


「では成功ですね。その家へ、手にした鞄ごと渡してあげてください。何か言われたら『中に入った手紙を見てください』と伝えてください」


「……はぁ」


「ほら、早く配りますよ。大仕事です、惚けている暇なんかないですよ」


 魔女さんへ急かされるままに、狼さんは釈然としない呆然を道連れとして、『道標の魔法』通りに進みます。

 門から入り、ある程度の人とすれ違いながら、白んだ街並みを歩きます。朝には小雪程度だった空気も、いつしか大きな粒を落とすくらいには冷え込み始めています。


「……早く終わらせなきゃ、魔女さんが風邪をひくかもしれないな」


 そそくさと。

 白色矮星の如く、たなびく吐息の中、狼さんは行きます。不思議な力と、カチャカチャと揺れる鞄を手にしながら。



 そんな、狼さんが到着するのはすぐの話で、コンコンとベル代わりにドアノッカーを叩きます。すると、多少の慌てた足音がして、鍵の回る音がします。


「はいは――あら、ブラブさん。今日はどうしたの?」


「こんにちは。今日は魔女さんの手伝いで」


 中からは、頬へ白い粉が僅かについた奥様が出てきました。狼さんの鼻がピクリ、と甘い匂いを察知します。

 これはこれは。ベーグルでしょうか。それとも、パンでしょうか。小麦が焼け、香ばしくも優しい匂いがするのです。

 そんなあわてんぼうの奥様へ、狼さんは鞄を手渡します。


「あら、あららら。てっきり、今月は無いのかと思ったのに。魔女さんも大変だったでしょう」


 どっしりとした鞄をいとも容易く奥様は抱えます。

 心配性な狼さんは、その姿にあたふたしますが、大丈夫だと確信しては、体勢を整えます。


「大変……だったと思います。俺がいる時は滅多に作らないのに、大量の薬をいつの間にか作ってたので」


「まぁまぁ、それはそれは。大切にしなきゃ。……一応、中身を確認してもいいかしら?」


「はい、どうぞ」


 奥様は、鞄の口をゆっくりと片手で開けていきます。また、器用なことで。しかも、片手で重い鞄を持ってです。


「あら、手紙が」


 と、そんな奥様を待っていたのは一枚の便箋です。綺麗に折り畳まれ、封代わりに赤い花で閉じられています。

 くちゃくちゃになりそうなものが、綺麗な造形を保ってオシャレな手紙になっているのです。


「開けるのがもったいないわ……。と、思ったら簡単に外れるのね。すごい、あたしも作ってみたいわ」


 乙女心を刺激したのでしょう。奥様は、爛々と瞳を輝かせます。

 それもそのはず。狼さんはピンときていないでしょうけど、この村でもそうです。押し花をするとすれば、栞が精々なもので、手紙を閉じるためにしようとすれば摩擦や、紙質次第で剥がれやすくなります。

 後、乾燥も充分にできないので、とてもとても手紙にできるものじゃありません。となれば、魔法によるものでしょう。


「…………あら、ふふ」


 その手紙へ目を通す奥様。何が書かれていたのか、微笑まれて狼さんは気になってしまいます。

 でも、盗み見するわけにはいきませんし、聞くのもこはずかしいものです。

 そう思って、そっぽを向くようにしていたのですが。


「ブラブさんも気になるでしょ?」


「いや、俺は……」


「いいわよ。恥ずかしいことなんて書かれてないし、個人情報もないわよ。丁寧な、魔女さんらしいものよ」


 そう言われ、渋々の姿勢を作って手紙を受け取る狼さん。微かに、その鼻は穏やかな匂いを感じます。

 いやらしくない。品のある、とりわけ高級なものでもなく、かといって貧しいわけでもない。

 とにかく、心が安らぐ甘みと豊かさなものがします。


『お久しぶりです。薬の配達が遅れていまい、そして手紙による挨拶となってしまい申し訳ありません。以前頼まれていた痛み止めと胃薬を入れています。次の満月までの分と、満月から一週間後までを予備で入れています。もし、足りなくなった場合はそちらを使ってください』


 前半部分でこれだけ、丁寧かつ配慮があるとは狼さんに意外な印象を与えます。普段、家ではズボラな魔女さんが、これほど綺麗な文字で誠心誠意込めたと分かる文章を書き切るなんて、驚きです。

 しかも、それだけではないのですよ。


『恐らく、手荒れが気になっているはずでしょうから、肌荒れ防止の軟膏も入れておきます。一日一回から二回、朝と夜寝る前に少量を塗り込むように、満遍なく使用してください。

 後、旦那様へは小さな小瓶をお渡しください。

 使い終わった瓶はこの鞄へ戻し、家の前へ置いていてください。残ったものは、そのまま必要な時に使っても大丈夫です。

 では、満月を共に歓楽した後、またお伺いします』


 ……思わず、狼さんは口を閉ざします。

 前半部分は、丁寧な女性だったはずが後半部分は魔女らしいものです。

 それは、奥様の反応が証明していたのです。


「毎回、びっくりするのよね。あ、いや怖がってるとかじゃなくてね。どうして、あたしが肌荒れを気にしていたことを知っていたのかしら? 前会った時に言った覚えもないし、魔法とやらは不思議ね」


 そうです。

 魔女さんは、奥様が気にしていることを把握していたのです。

 それも狼さんと一緒にいて、把握している限りでも魔女さんはあの家から出ることはなかった。それも、庭までの活動範囲です。

 どうやって、奥様の手を気にして、軟膏を贈ろうなんて思う余地があるのでしょうか。

 そのことばかり気になっていた狼さんですが、「これ、薬のお礼に渡してください」と香ばしい黄茶色のベーグルを渡されます。

 紙袋の外からでも、焼きたての美味さを存分に漂わせるものを抱え、奥様への別れを告げる狼さん。


 (魔女さんに聞いてみるか)


 ただの知的好奇心で。

 狼さんの足は、先程魔女さんと別れた門まで戻って行くのでした。

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