彼のいる街
起きたら悪魔の頭は、ヤギの頭からヤギの骸骨になっていた。
「もうツッコまないけど、今日は骸骨なんだな」
「そう、気分によって変えるんだ。骸骨にするか普通にするか人間にするか」
「なるほど、お洒落みたいなもんか。んで、今日はどうすんの」
「何も決めてないけど。っていうかこの街に心当たりないの?」
「心当たり…」
俺は頭の中のぐちゃぐちゃになった本棚を漁り出す。最近特に整理してないから、記憶という名の本は背表紙も薄れてきており、検索に時間がかかる。
「ああ、そうか。光希が住んでいる街だな」
俺の数少ない親友。俺の命を救ってくれて、俺が命を捨てない理由。
「そうそう。だから会ってきなよ。俺は適当に時間潰してるからさ」
まだこの街に梨の妖精が住んでるか探してみようかな、とふざけたことを言っている悪魔に甘え、俺は久々に光希に連絡を取ることにした。土曜日だからなんとか…会えるだろうか。
『久しぶり。出張で近くまで来てるんだけど会えたりしない?』
俺はメッセージを送る。メッセージは15分ぐらい後に返ってきた。
『うい。久々。いいよ、ちょうど暇してたし。喫茶店で茶でもしばくか』
俺たちは駅前の喫茶店に集まることにし、僕はちゃっちゃと身なりを整え、ホテルを出た。
ーーーーーーー
「久しぶり」
5年ぶりに会った光希は、少し痩せたが、学生時代のままだった。ボサボサとした黒髪で、中肉中背。目は細くもなく大きくもなく、よくある顔だが、肌は白くて綺麗で。俺はなぜもっと早く会ってなかったのだろうと、少し後悔した。
「久しぶり。ごめん、急に呼び出して」
「いや、全然。ちょうど暇してたし。外暑いからやることなくてさ。仕事でこっちきてたの?」
「そうそう。めんどくさい出張があってさ。せめて帰りには何か良いことがなきゃやってらんないなってなって声かけたわけ」
「そっか。仕事は?順調?」
「まあまあかな。光希は?」
「普通。まあ、まあまあならよかったよ。てっきりまた、病んでるのかと思った」
光希は少し笑いながら言う。学生時代、受験勉強で追い詰められた僕が、自分の命を終わらせようとした時、救ってくれたのが光希だった。
誰にも必要とされていると思えず、誰かからの慰めの言葉も、上辺だけの言葉にしか聞こえなかった。
なのに、何気なく「死にたい」と俺が言った時の光希の、本気の寂しそうなリアクションが、俺の命をギリギリこの世に呼び止めた。
「光希が『やめろよ』ってあの時言ってくれたから、今の俺があるからな」
俺は笑いながら言う。
「またそれ言ってる。絶対嘘。俺なんかの言葉で、誰かを救えることなんてないよ」
「死にたい時に救われる言葉なんて、何気ないもんなんだわ」
本当に、そう思う。
俺たちはそれから、何気ない会話を続ける、5年間の、隙間を埋めるように。
「光希は彼女とか、できた?」
「できたよ。会社の後輩。仕事教えてるうちに仲良くなって。そのまま」
「福利厚生の一環じゃん。じゃあ、こんなところで俺と油売ってる場合じゃないな」
今日、この街は消えてしまう、そんなことは誰も知らないし、誰もわからないまま消えていくんだろうけど、自分の大切な人間は、せめて大切な人間といてほしいと思った。
「良いよ、別に。もともと今日会う予定じゃなかったし。今日は1人でボーッとしようと思って」
「うるせえ。幸せなやつがゴタゴタ言ってんじゃねえ、早く連絡とってイチャコラしな。とりあえずここ集合で何かしなよ」
俺はお金置いて席を立つ。
「マジで行くの?じゃあせめて彼女来るまでいなよ。折角だし」
まあ、それもそうか。最後なんだから、少しでも一緒にいるべきか。
「じゃあお言葉に甘えて」
「やっぱなんかあっただろ」
「なにも。ただ、自分の好きなやつはみんな幸せになって欲しいだけ」
それ以外はどうでも良いともいう。
10分後ぐらいに彼女がきた。突然呼び出された彼女は不思議そうな顔をしていたが、久々に会った俺がどうしても挨拶をしたかったということにし、少し談笑した後、俺は光希と別れた。
「じゃあ、元気で。死ぬなよ」
光希は冗談めかして言う。冗談めかして言っているが、本気で心配してくれているのだろう。
「はいはい、そちらこそ、幸せにね。彼女さんもありがとうございました」
お金を少し多めに置いて、俺は喫茶店を後にした。
光希と別れた後は、やることもなく、悪魔と合流した。悪魔は無事野生のふ◯っしーを見つけたらしく、梨ジュースをもらっていた。
「楽しかったかい?」
「とても。世界が終わる最後の7日で、一つでもやってよかったことができてよかったよ」
元カノと円満に話す方は、失敗してしまったし。
「じゃあいよいよ次で最後だね。次の街に移動しようか」
俺は悪魔に導かれるまま、次の街に向かうのだった。