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彼女のいる街②

「相席、いいですか?」


 満席の落ち着いた喫茶店で、店員は彼女に相席を尋ねる。まさか、かつて付き合っていた男が案内されているとも知らずに。


「あ、どうぞー」


 目の前に座ると、かつて好きだった女性は目を丸くした。最後に、一方的に拒絶した男性が、目の前に現れたら、どんな気分なんだろうか。


「何…?正気…一体…何しに…」


 相変わらず可愛いなと思う。ぱっちりとした目に雪のような白い肌。触ると崩れてしまいそうな細身な体つきに、小柄な身長。本当に好きな見た目だ。中身はまあ、本当に合わなかったけれど。


「落ち着いて聞いてほしいけど、今ここに座ったのはたまたまだ」 


 ほんとはたまたまじゃないけど。


「たまたまこの街に来る用事があって、たまたまこの喫茶店に入って。たまたま相席を促されてー、たまたま飛鳥の目の前にいる」


 ほんとはたまたまじゃないけど。


 俺の話を聞いている間に、帰り支度を進めていた飛鳥は、目が合ったと思うと、呼び出しベルを押した。


「お会計」


「ちょっまっ」


 俺は慌てて彼女を引き止めようとするが、彼女はひらりとかわして出口へと向かう。


「話すことなんて何もない。2度と会わないと誓ってた。じゃあね」


 それだけ言うと、彼女はお会計を済ませ去っていった。残された僕は、落ち着いて、テーブルに置かれた珈琲を飲むのだった。


「…苦い」


 砂糖とミルクを入れ忘れた。彼女はブラック派だった。店員が目を丸くしてこちらを見ていた。



「ダメだったわ」


「だろうね。他の席から一部始終を見ていたよ」


 悪魔は笑いを堪えながら言う。


「こうなることがわかってたんなら先に言えよ」


 俺はぶっきらぼうにいう。


「ごめんごめん。確証はなかったからさ」


「しょうがないからA4のコピー用紙10枚にびっしりと現状と言いたかったことと伝えたかったことを書いてポストに入れてきた」


「きもちわる!」


 俺は書いた内容を思い出す。


『そもそも君に会いにきたわけじゃないって言ってるのに突然席を立つのは間違ってない?久々に会ったんだから少しぐらい話をしてくれたって良いじゃないか。思えば君は最後もそうやって、一方的にー』


 途中でめんどくさくなって、思い出すのをやめた。


「言われたんだよな、あなたって自分のことばっかりねって」


「何も変わってないじゃん。こわ」


 悪魔は異物を見るような目で言う。


「変われてたら、君と一緒に、こんな旅に出てないんだよ」


 きっとあそこで、人格を変えることができたのなら。次に踏み出すことができていたのなら。人生は輝きだし、前を向けていたんだと思う。こんな、破滅しか待っていない旅に、付き合うこともなかっただろう。


 だからまあ、きっと、俺は運が良かったのだろう。


「これで別の場所に引っ越してたら笑うよな。見知らぬ人から見知らぬ人へ怪文書が届くっていう」


 彼女はもうあの部屋にはいないのだろうか。引っ越してしまったのだろうか。僕との思い出を消し去るために引っ越している気もするし、僕なんか意にも介さず、まだそこに住んでいる気もする。


「まあぱっぱと次の街に移動しようぜ。どうせ今日消える街だ」


俺はそういうと、悪魔と一緒に電車に乗るのだった。思い残すことは、何もなかった。

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