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1 ヒーロー活動


 この世界にはかつて転生者がいた。

 魔王を打ち倒し、文明を発展させ、あまねく人々を救った英雄。

 富と名声を手に入れた彼だったけど、その最後はニホンという国、元の世界への帰還だった。

 きっと帰りたくなかったと思う。

 元の世界でどうだったかは知らないけど、こっちの世界では間違いなく英雄だ。

 それに愛する妻と息子がいた。

 絶対に帰りたくなかったはず。

 でも、帰ってしまった。帰らされてしまった。

 その日から十数年、立派に成長した息子はいま――


「こんな良い天気の朝に三対一だなんて卑怯だとは思わないの?」

「なんだ、てめぇは」


 薄暗い路地に人目を憚るようにして三人の男が一人の男を殴ってる。

 正々堂々とはとても思えない所行を見過ごす訳にはいかなかった。


「高ぇところから」

「見上げられるのが好きでね」


 路地に掛かったアーチ状の屋根から飛び降りて四人の前へ。


「やるならせめて一対一でしょ。殴られてる方が何したかにもよるけど」

「お、俺はなにもしてない! ちょっと肩がぶつかっただけなのに、骨折したって!」

「あぁ、そうだ。だから慰謝料もらわねーとと思ってな」

「あらら、それは可愛そうに。若いのにそんなことで骨折なんて。カルシウム足りてないんじゃない? 牛乳飲んでる?」

「あ?」

「すぐキレるし」


 怒りの感情が込み上がってくる様子が表情に出てる。

 隠し事できなさそう。


「上等だ、お前にも金を出してもらうぞ。狼仮面」

「その場合、なに料になるわけ?」

「俺を苛つかせた料だ!」


 握り締められた拳が振るわれる。

 狼の仮面越しにそれを見切り、軽く躱して胴体に手を添えた。

 そして魔法を使って吹き飛ばす。


「がはッ!?」


 三人の側を通り過ぎてボールみたいに跳ねて路地に転がった。


「なあッ!?」

「なんの魔法だ!?」


 残りの二人が臨戦態勢に入る。

 拳に宿る炎、手の平で踊る水。

 先に迫ったのは雨粒の弾丸だった。

 視界を埋め尽くすほどの弾幕を、魔法を用いて一つ残らず右隣の壁に叩き付ける。

 その隙間を縫うように燃え盛る拳が迫ったけれど、それも届かない。

 今度は左隣の壁に叩き付けられ、拳が割れて頭を打った。

 悲鳴が上がったかと思ったら意識も同時に飛んだみたい。


「な、なんなんだよ。なにしたってんだよ!」

「引力って知ってる?」


 懲りずに放たれた雨粒の弾丸、その一粒一粒と右隣の壁を魔法の対象に指定。

 魔法を発動すると互いに引かれ合う性質を帯び、雨粒の弾丸は標的を逸れて壁に弾痕を刻む。

 この魔法が発現したばかりの頃は範囲指定に四苦八苦したものだけど、今じゃ感覚的にそれが行える。


「それから斥力も」


 靴底が地面と反発し合い、この身は急速な加速を得る。

 びゅんと跳んで残った最後に残った三人目の目の前へ。

 一人目にそうしたように彼の腹部に手を添えて魔法を発動。

 右手と腹部が反発し合い、三人目は一人目と同じ末路を辿った。


「これに懲りたら人から金をせびらないこと。って聞こえてないか。忠告っていつも無視されるものだし」


 三人とも意識がなさそうだし。


「あ、あのありがとうございます。助かりました」

「いいよ、いいよ。好きでやってることだから、それにいい絵が撮れたし」

「いい絵?」

「ほら、俺たちの頭上にご注目」

「あ、撮影ゴーレム」


 魔力で動く撮影ゴーレム。

 浮遊の術式が施されていて、どんな角度からでも撮影可能。

 一機十二万はする高い奴だ。


「あれで撮影を?」

「そういうこと。ちなみに生放送中」

「え!?」

「大丈夫、ちゃんとモザイクフィルター掛けてあるから。キミの顔はわからないよ」

「あ、そ、そうですか。格好が悪いところ撮られたかと」

「昨今、コンプライアンスを気にしないとだからね。ま、こんなとこ撮影してる俺が言うのもなんだけど」


 コメント欄でもちらほらそんな意見も見掛けるし。

 ガン無視してるけど。


「よかったらキミも見てみてよ。フォー・ウルフって名義でやってるから」


 靴底と地面の間で斥力を発生させて跳び上がりアーチ屋根へ。


「高評価とチャンネル登録よろしく!」


 更に跳び上がって建物の上へ。

 着地はせず魔法を発動、指定対象を近場の背の高い建物と自分に設定。

 魔法を発動して引力を引き起こすと、この身は一気に引き寄せられる。

 このままだと当然、ぶつかってしまうからそうなる前に魔法を解除。

 また指定対象を別の建物に映せば、体はまたそちらへと引き寄せられていく。

 これを何度も繰り返せば、擬似的な飛行だって可能だ。

 慣れないうちは滅茶苦茶壁にぶつかって怪我をしたけど。怪我の言い訳をどうしようか、いつも悩みながら家に帰ったっけ。


「そこの空飛ぶ魔法使い!」

「うわ、やば。自警団だ」

「撮影してるでしょ! 立派な迷惑行為よ! 今すぐ下りてきなさい!」

「不味い不味い不味い。捕まったら母さんに殺される!」


 自警団が乗っているのはゴーレムバイク。

 自警団の中でも特に運転に長けた人しか乗れない専用機だ。

 幾ら角を曲がってもぴったりついてくる。


「たしか時速は300キロだっけ? シルフもびっくり。小回りも利くから振り切るのはかなり難しいか。追い掛けてる相手が俺じゃなきゃだけど!」


 地上から遠く離れた空中で姿勢を反転、魔法の指定対象を変更し、進行方向の真逆へと舵を切る。


「方向転換!? 待ちなさい!」

「待ちません! すみません! 逃げます! お仕事お疲れ様です!」


 ゴーレムバイクがUターンに必要な僅かな時間を使って距離を稼ぐ。

 このままランダムに建物の角を曲がれば見失ってくれるはず。

 実際、この案は実に冴えてた。


「ふぅ、なんとかなった。ここを曲がったら今回は終わりに――」


 俺の視界を塞いだのは、一機のゴーレムだった。

 さっきのゴーレムバイク? いいや違う。


「ゴーレムヘリコプター!」


 咄嗟に斥力を噛ませて減速、ゴーレムヘリのフロントガラスに着地を決める。


「ぐえぇ、体の表側に大ダメージ」


 プロペラのほうに接触しなくてよかった。

 ミンチになるところだった。


「ん? なに? なにか言ってる? 後ろ?」


 パイロットが何か必至に伝えているので振り返ると、すぐそこまで建物が迫っていた。


「嘘でしょ!? なんで前見て運転しないの! ――あぁ、俺が塞いでたのか、ごめーん!」


 目の前の建物とゴーレムヘリを指定対象として魔法を発動。

 斥力を引き起こし、どうにかして二つの接触を防ごうとするけど、勢いが付きすぎてるのかじわじわと近づいてしまう。


「これは、やばいかも!」


 フロントガラスを背に足を突き出してなんとか接触を拒む。


「バックとか出来ないわけ!? このゴーレムヘリ! ――そうだ!」


 たしかゴーレムヘリが前進するときは機体を前に傾けて推力を得ていたはず。


「つまり頭を上げてケツを下げれば!」


 ゴーレムヘリの尾翼をピンポイントで指定し、同時に地面も対象として魔法を発動。

 両者間に発生した引力がゴーレムヘリを後ろに傾け、抵抗力を発生させた。

 それは後方へと引き戻す力の流れとなってゴーレムヘリは建物から距離を取ることができた。


「はぁ……助かった」


 こんこんとフロントガラスからノック音がする。

 運命を共に仕掛けた仲なんだし、サムズアップでも送ろうか。

 そう考えていたけど、振り返った瞬間に頭が冷えた。

 パイロットの制服は自警団のものだ。

 良く見てみるとゴーレムヘリの塗装もテーマカラーの青色。

 操縦士も副操縦士も怒ってるみたいだ。


「あははー……パトロールお疲れ様です。マジですみません! それじゃ!」


 ゴーレムヘリから飛び降りて地上スレスレを滑空。

 死角に回り込むようにして建物の隙間に身を隠し、地上へと降り立った。


「ふぅ、やばいやばい。生放送はどうだった? 面白かったら高評価とチャンネル登録をよろしく!」


 ヘリの音が大きくなる。


「俺を探してるみたい。見付からないうちに退散だ、じゃあまた」


 生放送は無事に終了。

 衣服に施された術式を起動して形状を学生服に変更する。

 最後に仮面を外して、大きく息を吐いた。


「帰宅モードに設定完了っと」


 撮影ゴーレムは自動で自宅の自室に戻るように設定してある。

 仮面も仕込んでおいた術式でキーホルダーにしてるし、バレる心配はない。

 路地から堂々と出て大手を振って歩いていると、道路を猛スピードで掛けていくゴーレムバイクと擦れ違う。頭上ではまだゴーレムヘリのプロペラが回っているし、周囲はかなり騒々しい。


「配信ってホント大変、今度から自警団の人に見付からないようにしないと。迷惑掛けちゃ悪いし、追いかけ回されたくないし。でも、スリル満点で楽しかったなー!」


 うんと伸びをしながら歩いていると、携帯端末が音を鳴らす。

 設定しておいたアラームだと気がついたのは、画面に表示された時刻を見てから。


「やば、もうこんな時間。遅刻する!」

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