夏祭りの夜に
参ったな。迷子だ。
両親と来た夏祭り。
しっかり手をつないでいたのに、気がつけば僕はひとりだった。
でも、大丈夫。僕はもう8才。
ひとりでなんとかできる。
僕は顔を上げると、優しそうな人を探す。
「あら、坊や、ひとり?」
浴衣姿のキレイなお姉さんに声を掛けられた。
よし、チャンスだ。
「僕、迷子になっちゃったんだ……」
目をウルウルさせながら、お姉さんを見る。
「あら、大変! じゃあ、見つかるまでお姉さんと一緒に遊びましょうか」
お姉さんはにっこりと笑うと、僕の手をとって歩き始めた。
……ん?
一緒に遊ぶ? 誘拐か? いや、こんなキレイなお姉さんがそんな……。
「ふふふ、楽しい」
お姉さんが振り返って笑う。
さっきまでと同じ笑顔がどこか不気味に見えた。
あ、これはヤバいやつだ。
「あ、あそこにお母さんが! み、見つかったよ! ありがとう!」
僕はテキトーな人を指さして、お姉さんの手を離そうとした。
「え~、どれどれ?」
お姉さんはしゃがみ込むと指さした方を見た。
「違うわよ。全然似てないもの。さぁ、お姉さんと行きましょう」
お姉さんはにっこり笑うと、また僕の手を引いて歩き出した。
ああ、もうダメかもしれない……。
僕がそんなことを考えていると、明るい屋台の前でお姉さんが止まった。
「はい、どうぞ」
お姉さんはそう言うと、赤いツヤツヤしたりんご飴を僕に差し出した。
「りんご飴、嫌い?」
「ううん……好き。ありがとう」
僕はりんご飴を受け取った。
お姉さんはにっこりと笑う。
僕とお姉さんはりんご飴を舐めながら歩く。
「私ね、りんご飴を一緒に食べるの夢だったの」
お姉さんは僕を見て、にっこりと笑った。
りんご飴を食べるのが夢?
変な人だな……。
「ありがとう……。大好きよ」
お姉さんはどこか寂しそうに笑った。
「……え?」
気がつくと、僕はまたひとりだった。
僕はりんご飴を見つめる。
「達也!!」
そのとき、人混みをかき分けてお母さんが僕のところに来るのが見えた。
お母さんは僕を力一杯抱きしめた。
僕は辺りを見回す。
さっきのお姉さんはもうどこにもいなかった。
7年後、僕は高校生になった。
中学を卒業するとき、僕は両親から真実を告げられた。
僕が二人の子どもではないこと、僕の母親は僕を生んですぐ亡くなったこと。
新しい制服に袖を通して、鏡を見る。
「ああ……、そっくり」
鏡の中には、あのときのお姉さんの面影があった。
「りんご飴が好きなのは遺伝かな、お母さん」
僕は面影にそっと笑いかけた。