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しあわせのたまてばこ  作者: 月美てる猫
8/9

第一節 かずみが小学一年生になるまで ~もうすぐ一年生 その8

学芸会が始まり舞台演劇が始まる。鑑賞しながら「二人」の脳裏には過去から今に至る出来事が走馬灯のようによぎっていた。


*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」  

 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/

 シリーズもの別編です。


第一節 かずみが小学一年生になるまで


もうすぐ一年生 その8



 幼稚園児だった頃の記憶は大人になってどれだけ思い出せるものだろうか。おそらく断片的なほんのワンカット、ツーカットくらいがふと脳裏をかすめる程度だろう。学芸会であったり、運動会であったり、遠足であったり、行事をいろいろとこなしながらも、「幼稚園はこうだった」という大枠で印象に残るのは行事よりはむしろ友達や先生、両親や兄弟など「人間」との出会い触れ合いかもしれない。幼稚園や小学校は子供達が人間社会へ溶け込む入口であり人との関わりを経験する大切な機会なのだ。そして行事をこなす中で「好き」「嫌い」、「合う」「合わない」、「気になる」「気にならない」がすりこまれることがあるかもしれない。絵を書くのが苦手、楽器の演奏は嫌い、かけっこが好き、動物や植物が気になる、お母さん大好き、など。

 かずみにとって幼稚園時代は病床の父親と、父親の看護に明け暮れる母の姿をいつも気にする日々だった。父の死後、慰問に来る親戚への対応、行政処理や遺品の整理からやや落ち着いて母子の二人暮らしになって、母親のはるかはすさんでいた時期もあったがかずみにとって大好きな母であることに変わりはなかった。

 父親の死は悲しかったが天国なのか心の中なのか、まだどこかで生き続けているであろうという思いを胸に秘め、そして短くても自分と共に生活したその人がいたという事実をいつも心に留めて、父が生きていたときと少しも変わらない子供を無意識に演じていた。今日の学芸会は舞台の上でいつもと違う自分を演じることになる。それはある意味、かずみにとって新たな自分へと生まれ変わり、再出発する機会であったかもしれない。しかしかずみにとってこの学芸会はただただ、母を喜ばせたい、という思いしかなかった。

 母はこの夏、四十九日の法要前後で体調を崩しながらもかずみには楽しい夏休みを過ごさせてくれた。夏休みが終わってすぐに迎えるこの学芸会にも行き掛かり上ではあったが積極的に関わり、先生や他の母親たちとの調整役になっていた。園児たちはお稽古を重ねるたびにチームワークがとれ、それぞれで交流して親交を深めるようになっていた。そんな中で生涯の友達になる子を見出す子もいるのだろう。舞台役者を目指そうと心に決める子もいるかもしれない。舞台で使う張子やセロハンを使ったステンドグラス風の壁、動物のマスクなどに触れて施工技師を志す子もいるかもしれない。かずみに関してはそのような盛り上がりの輪からは一線を画して、ただ大好きな母親が一生懸命自分に、自分の幼稚園のために尽力をつくしてくれたこの演劇の自分の役柄を無事にこなすことにのみ集中をしていた。

 

「舞台裏ってこんな感じだったんだなあ」

 コーラスの発表をしている子達を舞台そでで見つめながら、はるかは自分が幼稚園児だった頃のことを思い出そうとするが、ほとんど思い出せない。記憶は断片的なものでしかない。運動会の徒競走で何等だったのか、遠足はどこへ行ったのか、写真の数枚は残っているが見返してもよく思い出せない。はっきりとした記憶が残っているのは学芸会で王子役の夫の健志が「悪い魔法使い」と言うべきところで、「悪い先生」と言い間違えたこと、「白雪姫はどこだ」と言うところ、「はるかちゃんはどこだ」と言い間違えたこと、眠っている白雪姫に顔を近づけるときに、顔が近いのを嫌ってはるかが寝返りを打ったこと、小人の背丈が皆、健志やはるかよりも高かったこと。

「お父さん、お母さんもこんな風に舞台を見てくれていたのかなあ」

 はるかの両親ははるかが成人して間もなく他界している。二人ともごく平凡な父と母であった。自身の生き方に関しては平凡であることに満足をせず、学生のころから様々なことに挑戦してきたはるかであったが、そんな自分を両親はどのように見ていたのだろうか。いまにして思えば平凡であることの幸せもまた理想的な幸せのような気がしている。はるかはかずみには母のような平凡でも平穏で普通の幸せを手にしてほしいと思っていた。だから学芸会はお姫様ではなく「ヒラメ」でもよかったと内心思っていた。

 

「ロビン浦島」を前にしての発表が全て終わって、プログラムは「玉入れ」へと進む。運動会の日が雨模様で「玉入れ」ができなかったため、この学芸会でその「玉入れ」を行って紅白の勝敗を決しようという先生たちのアイディアだった。北海道では運動会は6月頃に行われる。諸説あるが梅雨の無い北海道では比較的天候に恵まれるから、という理由のようだが、この年はぐずついた雨模様で後半の競技が中止されていた。

 玉入れの玉はそれぞれ各家庭で一個ずつ用意されていた。布生地は幼稚園から配布され、中に入れるものは綿か古布、それを裁縫で綴じて園児が持参することとされた。6月運動会の際に用意されたものと、今回再び各家庭で用意してもらったもので数は充分あり、玉は観客席にも配られ、園児も観客も玉を投じる。


「懐かしいですね、私が子供のころは、中は小豆でしたよ」

 崇が配られた白い玉を手にして築島を向く。

「そうですね、私のところもです。玉入れやら綱引きやら、昔の運動会は家族ぐるみ地域ぐるみの一体感がありましたね」

 築島の言葉に耳を傾け、深くうなずき、

「そう、築島さん達の目指していたものもそうでしたね」

 築島が持っている白い球を見て、自分の白い球を両手で包み込む。

 崇の手元を見つめ、

「同じ白い球ですね、白い球は?と・・・」


 先生が舞台に出てきて、舞台の下、ヒップホップダンスが披露された床に立てられた「カゴ」を示して、

「白い球をお持ちの方は右のカゴ、赤い球をお持ちの方は左のカゴを狙ってください。先ず最初に園児達が投げます」

 築島が、

「ああ、右の方が白ですよ。ここから届くかなあ」

「はは、私はずっと40肩気味で」

「私もですよ、70肩と言うべきか、下からアンダースローで投げたほうがいいかもしれませんよ」


 園児達が入場してきて、キャッキャッとはしゃぎながら玉を投じる。終了の笛が鳴って、先生がカゴの玉を観客席に投じながらの数を数える。赤の方が優勢だ。


「それでは観客席の皆さんどうぞ」


 笛が鳴って観客席から紅白の玉が投じられる。狙いが定まらずなかなか玉は入らない。園児達が「赤がんばれ」「白はいれ!」と声援を送っている。パイプいす席の一番前の真ん中にいた築島と崇の白い玉は二投とも、

「よし!」「入った!」

 幕の中、舞台では次の出し物、「ロビン浦島」の準備がされていた。最初に出てくるお城の兵隊、森の動物達、ロビン役の哲也が念仏のようにセリフを唱え練習している。舞台の外で笛が鳴って、


「はい、終了でーす」


 先生たちが再び玉の入ったカゴを持ち、玉を一個一個数える。


「赤が全部で60個、白も60個、玉入れ競争は引き分けでーす」

「はーい、みんなで拍手―っ」


 場内一体の拍手が鳴った。一番前のおじいさんが、

「いやあ、めでたい、わしのも入ったんだよ、見てた!?」

 まわりの人に聞き、まわりの人達がおじいさんに拍手している。


 築島が、少し興奮気味に、

「二人とも同じ玉が入ったお陰かな」

「ああ、全体が引き分けになってよかったですね」

 崇が笑ってうなずく。


 ざわめきの中、場内の玉、カゴが片づけられ、園児達が体育館わきの席につくと場内が薄暗くなり、


「それではお待たせしました。これより学芸会最後の出し物、ロビンフッド浦島太郎の大冒険、はじまり、はじまり」


 進行役のアナウンスが入り、続いて、ロビン浦島の脚本作りをしてきた若い先生がよく通る声でナレーションを入れる。


「昔々、ある国に小さなまずしい村がありました。国の真ん中にはお城があって、そこの王様は住んでいる人達から食べ物などを取り上げて贅沢な暮らしをしていました」


 幕が上がると舞台はお城の中、王様役でカツラの上から冠をかぶった園長先生の前にパイナップルやバナナなどを持った農民姿の園児が並び、「うちでとれた果物です」などと言って差し出し、「おう康介君、海で日焼けしたか」「やあ杏子ちゃん、自転車は乗れるようになったか」果物を手に取り「なんだかゴリラになった気分だ」などと最初からアドリブを連発している。黒子が「弓矢が飛んできた」かのように手で矢を持って運び「間仕切りのついたて」に吸盤を密着させる。王様が矢についていた手紙を開いて読み上げる。

「園児をいじめるのをやめなければおしおきをします ロビン」

 王様役の園長先生が目を丸くして観客席を見る。



 ・・・きっかけは貢物だった。いわゆる賄賂のようなものだ。取引先からの接待を受けているうちに切り離せない癒着になる。若かった崇は疑念を持ちつつも父や経営幹部のやり方に従った。舞台を見ながら崇と築島が回想する。



 舞台が暗くなって明るくなると、舞台後方に「お城」が描かれたタペストリーがぶら下がり、舞台上に「草」や「木」が描かれたセットが置かれ、森をイメージさせる。動物のお面をつけた園児と、さきほどの村民が集まり、

「このままでは村の食べ物をみんな王様に食べられてしまう」

「王様はあんなに食べてあんなに・・・」

 2番目の子がセリフを忘れたようだ。木のハリコを後ろから支えていた黒子の保育士が木ごと2番目の子に近寄り、「王様はあんなに食べてあんなに太ってどうしましよう」と、ささやき、

「王様はあんなに食べてあんなに太って・・・」

「どうしましょう」

「どうしましょう」

 と、フォローする。



 ・・・取引先との接待が続くと、帰宅時間も遅くなり家族との円満な関係が崩れる。蜜月の取引先一社との関係性を維持するがゆえに経営方針に柔軟性がなくなると、中間層の不平不満が高まる。体制はワンマンとなり、トップの声に賛同しない者は次々と閑職へと追いやられる。しかし、内部からの不満を鎮めることができず、行政やライバル会社など外部からの圧力がかかり始めると、悪気に邪念がとりつきトップは自身でも制御できない悪行に走るようになる。しかし行政はじめ、現地現場に抵抗勢力が生まれる。



 村民や動物達が集まる森へ武器を持った兵隊がなだれ込み、住民たちを縛り上げようとするが、縛り上げようとする兵士2名の息が合わず、長いロープをひきずってなかなか輪にならない。木の黒子が手伝って住民をまとめて縛る。

「いうことを聞かない子はお仕置きだ」と兵士が行って、ムチを取り出し、ぴしっと床を鳴らす。

「待て」と言う声がして矢を持った黒子が3人舞台に入って矢を床に立ててしりぞく。少し遅れて「シュッ」「シュッ」「シュッ」と、弓矢が飛んでくる効果音がする。効果音がズレたことにより、ロビンフッドが登場するタイミングもずれて、しばらくの「沈黙」があり、兵士や縛られている村民がキョロキョロする。



 ・・・会社内部にも抵抗勢力が生まれる。くまちゃんの父親が会長への反発姿勢を露わにする。くまちゃんの父親は「崇の父であった元の会長」の側近であった。そして息子のくまちゃんは「その元会長」のスキャンダルを追っていた。一方、外部の主な抵抗勢力は地域住民だった。後志支庁内に計画された巨大な施設建設に対して一部住民による反対運動が生じた。羊蹄山麓周辺の町長、村長への呼びかけをして建設計画を阻止しようとしたのが築島の父親であった。くまちゃんの父親は会社を追われ、くまちゃんも姿を消す。崇の父親は、取引先を通じて子会社や協力会社、各行政担当へも手をまわして、築島の動きを封じた。築島の父親は各町村の地主から施設建設反対についての充分な理解賛同を得るタイミングを逃し、対応は後手にまわる。施設建設反対の運動は持久戦に持ち込むこととし崇側に対して小刻みな妨害工作をする。地元地域住民も伸るか反るか、しばらくは沈黙を保ちこう着状態が続いた。



 ロビンフッドの仲間達が登場する。

「いまの王様は悪い魔法使いだ」「みんなだまされるな」

 そしてロビンフッドの哲也が弓を手に走ってきて、舞台中央に立つ。「誰だ」と兵士が叫ぶと、「僕はロビンフッドです」と言って腰に手をやり、うなずく。

 本来は「僕はロビンフッドだ」と言って、弓矢を天井へと撃つ動作をし、天井付近のクスダマは先生たちが紐を両舞台そでから引いて割る予定だったが、緊張のためかロビンが弓を構えない。クスダマは割られないまま劇が進行する。

 ロビンと村民、動物達はお城へ乗り込むことにした。村へ乗り込んできた兵士達はロビンに説得されて仲間になり、ロビンを城内へ案内する。ロビンは牢屋に閉じ込められていた王子役のひかるちゃんを助け出し、王子であるひかるちゃんは兵士達に

「ロビンに続け、王様は悪い魔法使いだ」と叫ぶ。



 ・・・崇の父親は「ある魔力」に憑りつかれていた。霊的なモノを見ることができ、それらを操ることができた。崇はじめ、父親に賛同していた一族にも魔物を見る能力、魔物を生み出す能力を持つ者、魔物を取り込み魔力を使うことができる者が現れる。社員の中にも魔物に憑りつかれる者が出てくる。崇は魔物達の王になったかのような父親を恐れるようになる。父親が霊的な者に飲み込まれようとしている、いや、すでに飲み込まれてしまった、と感じた。父親は社員を前に世界を席巻するかのような言葉を吐くようにもなる。崇は秘密裏に築島側との接触を試みるうちに、築島の一族にも霊的なモノを束ねる能力を持つ者がいることに気づく。両者の抗争は激しさを増し、やがて崇は父親と袂を分かつことになる。崇は両者の戦いを止めようと築島一族の一部の者と協力し、知床のカムイ達の協力をあおいだがそのことが逆に戦いの火種を大きくすることとなった。崇は戦いの鎮静化を試みたが時すでに遅く、おびただしい犠牲を払って戦いは終結に向かう。



 ロビン率いる村民や動物達はオモチャのハンマーで兵隊達と戦い、魔物に憑りつかれていた兵隊はオモチャのハンマーで叩かれると正気に戻り、ロビン達に加勢する。顔に貼りついた紫色のセロハンがはがれ、「魔法が解けた」というイメージが演出されている。

 王様のいる広間でロビン役の哲也君が「踏み台」に乗って玉座に坐る園長先生の頭を叩くと、冠とカツラが取れて、ナレーションが

「王様から魔物が離れて園長先生になりました」

 とアナウンスする。実際は「王様から魔物が離れて元の王様に戻りました」だったが、ナレーションの若い先生も緊張していた。ただし、不自然に毛のある王様から毛の無い園長先生に変わってリアリティが増していたためか、会場からはヤンヤの喝采が湧いた。

 紫の大きなセロハンを持った黒子が王様の方からゆらゆらと漂って、傍らにいた王子様役のひかるちゃんにセロハンを撒きつけた。

「今度は王子様に魔物が憑りついて、王子様は魔物にさらわれて海へ行ってしまいました」とナレーションが入る。

 舞台が浜辺の景色に変わる。王子様役で「灯台人間」二役のひかるちゃんが、

「ロビンフッドさん、魔物は海の中へ行きました」

 と、言って頭にかぶったヘルメットのライトを会場に照らす。ロビン役の哲也が会場を指さし、

「あ、本当だ、どうしよう、僕泳げないんだ」と言う。

 舞台の前でホッケ、鮭、サンマなどの、お面をかぶった魚たちがフラダンスを踊る。正面の真ん中にヒラメ姿のかずみがいる。乙姫様の衣裳を下に着ているので少し着ぶくれをしている。踊りの最中に魔物に扮した園長先生が出てきて魚たちを追いまわす。


「かずみ、どうしたの」


 舞台そでからはるかが小声を出す。ヒラメのかずみは一番前の真ん中、ゴザに坐っているおじいさんと見つめ合っている。





会場にいる観客の中にはどうやら「特殊な人」も混じっているようですが「おかまいなし」の園児たちによる演技が続きます。


※この続きが16日中に投稿されます。


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