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しあわせのたまてばこ  作者: 月美てる猫
7/9

第一節 かずみが小学一年生になるまで ~もうすぐ一年生 その7

学芸会の開演前、一部大人たちの思いが交錯します。そんななか、子供たちの中にも自己主張めいたものが生れてくるのです。


*このお話しは連載中の「しあわせのたぬき」  

 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/

 シリーズもの別編です。


第一節 かずみが小学一年生になるまで


もうすぐ一年生 その7



「遅くなりました、玉手箱です」

 作業着姿の若い男がみかん箱よりもひとまわり小さいくらいの木箱を、包んでいた風呂敷を解いて先生やはるかに見せる。

「まあ、立派」

 体育館の横に張られたテントは大道具小道具の保管場所になっていて、そこに先生や黒子役の保育士が待機している。脚本づくりを手伝ったこともあって、はるかもその場に呼ばれていた。開演まであと1時間を切った。かずみや園児達は自分の教室へ集合を始めている。

 はるかは木箱とその木箱を持参した男性の顔を見比べるようにしながら、

「確かあのときの・・・」

「やあ、覚えていてくれましたか。午前中にも何人か来ていたでしょう」

 午前中に訪れていた雷電海岸でアライグマを捕えた者達と一緒にいた男性だ。

「あら、『ひより工房』さんとお知り合いでしたの?」

 先生がはるかと男性の顔を交互に見て、「玉手箱」を手に取り、

「とても素敵、ちょうどいい大きさだわ」

「そうですか、幼稚園児さんにはちょっと大きいかなと思ったんですが」

 先生は男性に首を振り、

「いえ、体育館の後ろで立ち見する父兄からも見やすいようにと思って、このくらいの大きさでお願いしたんです」


 箱には「玉手箱」と彫られ黒字で塗装されている。年配のその先生ははるかを見て、

「この演劇が終ったあと、園児たちにお願いごとを書いてもらって、タイムカプセルにしようと思っているんですよ」

「えーっ、それはいいですね。いい思い出になります」

 男が、

「ええ、そのお話しを聞いて、傷みにくいように防腐剤も塗ってあります。元々この木材は丈夫でモチはいいんですが」

 先生が、

「ヤマザクラを使っているのよね」

「はいそうです」

 先生は、

「園内のオモチャや給食の食器、お箸やスプーンもみんなこちらの工房で作っていただいたものなの。桜の苗木を植樹していただいたのがご縁でね」

「そうだったんですね」


 かずみがいつもバスを待っている幼稚園の一室は木材がふんだんに使われていてはるかが訪れてもとても居心地よく感じていた。この幼稚園は運動場などにも木材がふんだんに使われている。園内に桜の木が植えてあったことも思い出した。春にはピンク色の見事な花を咲かせていた。


「それじゃあ、自分これで」

 と、男は帽子を脱いで一礼して乗ってきたワゴン車で幼稚園を出る。


 男を見送っているとかずみがテントへやってきた。

「かずみちゃん、丁度よかった。玉手箱が来たから、持ってみて」

 幼稚園児には両手で持つには少し重い。先生は風呂敷で包み直し、結び目をかずみに持つように言う。かずみは両手で風呂敷で包まれた木箱を持ち、持って歩くことは可能だ。

「かずみちゃんが持てたから、太郎君は大丈夫ね」

 はるかは玉手箱を浦島太郎が開くシーンを思い浮かべ、先生に、

「煙は外に漏れませんか?」

「段ボール箱で何度か実験して大丈夫でした。この箱の方が密閉性があって、イケると思いますよ。あとは太郎君次第ですね・・・」

 

 ロビンフッドは乙姫様の歓待を受けて年月が過ぎるのも忘れ竜宮城にとどまる。「いつの間にかロビンはこのような姿になっていました」のナレーションから、主役は西洋風のロビンフッドから漁民風の浦島太郎へと変わる。太郎は「もう帰らなければ」といいだす。魔物の呪縛から解き放たれ、乙姫の隣で宴会を楽しんでいる王子が太郎を召し出して、「父の国王から受け継ぐ予定だった陸の城を太郎に譲る」と言う。王子は乙姫と結婚し竜宮城へとどまることと、浦島太郎に城主になってもらう、ということを手紙にして父親である王様へあてて陸へ送っていた。浦島太郎が出発の日、乙姫が土産にと風呂敷包みの玉手箱を渡し、太郎が浜辺でそれを開ける際に、ドライアイスがちょうどよく溶けて煙となり、箱の中に入っている「ヒゲ」と「カツラ」を顔にはり付け、太郎は手鏡を見て「おじいさんになっちゃった」と、言う予定だが、果たしてうまくいくかどうか。


「念のため保健所や市役所にも確認しましたが、このくらいのドライアイスなら身体に害はないそうです。ドライアイスの煙は空気より重たいので箱の底に沈むのですが、変身の時にヒゲと一緒に外へ掻きだされますから、玉手箱の雰囲気は出ると思いますよ・・・」


 テントの外からこちらを覗いている二人と5匹がいる。5匹ははるか以外の人間からは見えない。


「あら、哲也君と太郎君」

 覗いていた二人はロビン役の哲也と、浦島役の太郎だった。当初は二人とも脇役で王様の家来だったが、タヌキ達の助言をはるかが先生に進言し急遽、二人は主役に抜擢をされた。元々控えめな男の子二人と、男子と遊ばないかずみは同じ幼稚園の園児でありながら初対面に等しかった。この数日間の練習では全く三人の息が合っていなかった。黒子役の保育士さんのフォロー付で「なんとか行けるでしょう」という評価、ぶっつけ気味の当日本番である。


 はるかがしゃがみこみ二人の目線になって、

「初めまして、乙姫役のかずみの母です。今日はよろしくね」

 なんとなく二人、もじもじしている。先生が、

「まあ、二人とも緊張気味かな。大丈夫だよ、哲也君のセリフはだいぶ短くしたし、太郎君も先生たちがついているから」


 浦島太郎が陸に戻ってあたりをきょろきょろし、代官から呼び止められるあたりは見せ場であり、「途方に暮れる姿」を何度も練習しているが、けっこうな演技力が必要とされる。二人とも真面目であり演技には真剣に取り組んでくれる。ただ、二人は「個性」と、いうよりは一種独特の「雰囲気」があり、「正義感」もあって、先生たちをてこずらせていた。


「あの、ぼく・・・」

「え、太郎君何?」

「やっぱりね、あのね、王様になってもいいの?」

「太郎君、またその話?」


 浦島太郎役の太郎はどうにも自分が城主になっていいものかと遠慮がちなのだ。役にはまっている証拠であるが、脚本が「事実と異なる」との意見だ。浦島太郎のお話しは玉手箱を開けたらおじいさんになって、その後、鶴になって飛び去るのが本来である、と言って、先生たちを困らせていた。そもそもロビンフッドが浦島太郎になること自体がファンタジーすぎるのだが。

 ロビンも太郎につられて意見めいたことを言う。


「王様や王子様をハンマーでたたいたりして、あとで怒られたりしないかなあ?」


「哲也君、王様や王子様をたたくんじゃなくて、王様や王子様をあやつる悪い魔法使いをやっつけるんだから。それに、ピンって音のなるプラスチックのハンマーだから」

「でも、王様はカツラをした園長先生なんでしょ?」

 練習のときは保育士さんが代役を務めていたが、本番の王様はカツラをかぶった園長先生が演じる。

太郎も、

「あのね、浦島太郎が王様になったら園長先生から怒られない?」

「だからね、そんなの心配いらないから。園長先生もいいよって言っているから」


 ずっとこの議論を続けてきたらしい。この開演間近になってもまだ同じことを言っている二人だ。はるかとかずみは冷めた目で見ている。先生が話題をそらす。


「玉手箱が来たんだよ、見てみる?」

 二人に玉手箱を見せると、

「うわあすごい」「かっこいい」

 と、喜んでいる。


 太郎が、

「ねえ、願い事を書いて入れて地面に埋めるんでしょ?」

「うん、そうだよ」

「僕もう書いてきたんだ。入れてもいい?」

 劇が終ってからにしてほしいところであったが、先生は、

「じゃあ特別だよ」

 と言って太郎の機嫌をとる。太郎はポケットに二つ折りに忍ばせていた願い事のメモに何か念仏を唱えるようにして箱に入れる。哲也は、

「僕はまだ書いていないんだけど、書くことは決めてるんだ」

 先生が、

「あら、そうなの?書いたことは誰にもナイショに・・・」

 そう言いかけている最中に、

「あのね、世界が平和になりますように、って書くんだ」

 そう言って、ロビンの衣裳で両手のこぶしを腰にあてて、うんうん、とうなずく。

 先生は顔を引きつらせながら、

「そうなんだ、哲也君、頼もしいね」

 世界が平和であることと、学芸会が無難に終わることを願う先生である。


 二人の男の子はテントから出て、控室へと向かう。

「かずみちゃんはそろそろ乙姫様の衣裳を着ましょうか」

 先生にうながされ、かずみは乙姫様の衣裳を着に、先生と一緒に大道具小道具の置いてあるさきほどの部屋へ向かう。


 テントに残ったはるかはそれぞれを見送りながら、かずみが価値観の違う複数人とともにひとつのイベントをこなす、その現場を見て、かずみの新たな成長への一歩を確信していた。あのタヌ仙人から言われた「魔力を秘めた男の子」の話はすっかり頭から抜けていた。

 タヌキ達にも「かずみの将来を左右するかもしれない男の子」がどの子なのかは特定できてはいなかった。主役の二人についても特に何かを感じることはなかった。ただ、計らずもその二人を「脇役から主役へ」と進言したのは自分達が無意識に何かを予見したからだったかもしれない、と、気にかけ、様子を見ていたにすぎない

 いま薄っすらとではあるがかずみの将来が揺れ動くのを感じる。幼稚園児であるかずみにとって初の本格的な人間社会とのかかわりが始まる瞬間のような気がしていた。人の生きる道は数々の人間とのかかわりで揺れ動く。あみだくじのようにちょっとした言動、他人とのかかわりで右にも左にも。ロビンフッドが浦島太郎に変身するかのような奇想天外な大変化はそうは起きない。しっかり者のかずみは地に足を点け、一歩一歩確実に幸せへと向かっていくだろう。タヌキ達は奇想天外な変化が起きて幸運が見えないヤミへかずみが向かわぬよう、かずみの身にふりかかりそうな外部要因からかずみを守るために注意を怠らないようにしている。

 密かに幼稚園のまわりはトビやハヤブサやリスが遠巻きに見張っていた。黒い影や邪悪な者が訪れないよう、細心の注意が払われていた。


 学芸会のプログラムは最初に園長先生の挨拶があって、次にヒップホップダンス、そして、合唱、木琴やハーモニカやカスタネットを使った演奏、英語の歌を披露など、音楽系の出し物が続き、父兄も参加しての紅白の玉入れがあって、最後に「ロビン浦島」の演劇がある。


 広い体育館の奥に舞台があって、いまは幕がかかっている。全ての窓には暗幕が張られ、昼間にして館内は夜のようであり劇場の風情だ。舞台から少しスペースがあり、続いてゴザが引かれていてその後方にパイプいすが置かれ、その後方は出口まで立見席とされている。


 気の早い観客が場所取りの敷物を敷いて待機している。劇場中央付近のパイプいすにひとりの紳士、町長の築島が座っている。崇が近づき、深々と頭を下げると、築島が立ち上がり、やはり深々と頭を下げた。およそ30年ぶりの対面であった。

 因縁ある二人、敵同士であった二人、しかしそれはもう過去のことであり、また、その「大戦」の時も決して相手を憎んでいるわけでもなく「敵視」もしていたわけではなかった。なりゆきがそうさせた、悲劇であった。

 ひとしきりおじぎをしたあと、築島が「座りましょう」というジェスチャーを見せ、ほぼ同時に席につく。言葉はなかった。築島の仲間達は父兄等に遠慮してか、立ち見を決め込んでいて、まだ会場入りはしていなかった。崇の一族もまだ誰も会場には入っていない。もっとも、築島の一族も崇の一族もその「大戦」も「因縁」も、その歴史的な事実を知る「人間」はいまやこの二人以外にはいない。その「大戦」はあたかも人間達によってそそのかされた精霊による「代理戦争」だった。ただ、精霊や魔物達を戦わせた首謀者はじめ加担した人間達のほとんどはその戦いのさなか、多くは「事故」による不審死を遂げ、あるいは病死している。首謀者は崇の父親であり、それに激しく抵抗したリーダーが築島の父親だった。

 30年という月日の流れは世代を変え、全ては過去のことになりつつあった。ただし、まだ未解決な問題を世界が抱えていることを築島は父の後継者である自己の責任ととらえ、解決の糸口を探している。一方で崇は父から受け継いだ建設会社の再建に奔走するのが精いっぱいであり、全ての後始末をするに至らなかったことを負い目に感じていた。そして、魔性のモノが未だ会社に存在する可能性と、父の側近的な位置にいた「クマ」と「イヌ」がまだ大戦後の再発防止と恒久平和を求めての活動をしていることを知り何らかの形で「けじめ」をつけたいと思い始めていた。抗争していた築島側との接触をこれまで避けていたのだが、いつかこのように詫びの姿勢を見せることができる日を心の中で追っていたのだった。


 二人に言葉はなかった。子供達のハレの舞台を心から楽しもうという気持ちでいる。それが何よりの「和解」のしるしであると、二人は心の中で通じていた。


「あの二人は知り合いだったの?」

 舞台そで、暗幕の影から二人の様子をはるかとタヌキ達が見ていた。タヌキ達がスッと姿を消す。開演間近、どやどやと父兄等が会場へ入ってくる中に和政の姿があった。和政は一緒にきていた取引先に「ちょっと失礼」というジェスチャーを見せ、築島と崇がいる前へ出てきて会釈をする。二人が席を立ち、崇が和政を紹介する。三人は笑顔になり、「ひ孫の発表会で」「知り合いの子が出るものですから」などと話しをしているのがわかる。 和政もこのような場でビジネスの話は無粋とわきまえているのだろう、名刺交換などもせず、取引先であり出演する子の父親が座っている横へ戻って、「あそこに私の祖父が来ておりまして」というような身振りを交えての話をしているのが見える。

 

 開演となった。ブザーが鳴り園長先生の挨拶です、というアナウンスがあって、頭のオデコから真上にかけて毛のない中年太りの園長が短い挨拶を終えると、軽快な音楽が流れて、舞台と舞台前の床でヒップホップダンスが始まった。

 タヌキ達は気配を消しながら舞台そでに持参した座布団を敷いてお茶をすすりつつ舞台鑑賞を楽しんでいる。大ダヌキ、トビやハヤブサ、リスなどの精霊はめいめい気配を消して舞台を見ている。

 カラスの精霊が気配も消さずに敷地のあちこちに陣取って舞台の様子を見ている。トビやハヤブサがいぶかしげにカラスを見る。 


「あのおじいさんは誰なのかなあ」

 はるかや先生達が微笑みながら見ている。一番前の真ん中、ゴザの上にあぐらをかいて坐っているおじいさん、妙にハイテンションだ。ダンスを踊る園児達に声援を送り、ひとつ踊りが終るたびに元気よく手を叩いて「ブラボー」などと叫び、まわりの観客もつられて声援を送り、会を観客席側から盛り上げてくれている。


 観客席はほぼ満席状態となり、立見席には築島の仲間達がいる。精霊の姿を見る能力を持った人間、または人間になりすました者は少なくとも会場に四人いる。それぞれ大人の態度で舞台を楽しむのであろう。霊的なパワーがこの園内で騒ぎを起こすことはないとタヌキ達は見ている。この学芸会は、当然ではあるが人間力だけによる催しとなる。ある意味それ故に、ハプニングは避けられないのだ。




大人たちは飽くまでも大人の態度で子供たちの成長を見つめます。ちょっと凝りすぎの演出は果たして大成功を導き出すでしょうか。

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