第一節 かずみが小学一年生になるまで ~もうすぐ一年生 その6
学芸会の当日、はるかとかずみを訪ねてくる人物。彼らははるかのまわりに漂っていた「黒い影」と何等かの関わりがあった者たちだ。ただ、学芸会というハレの日であるがゆえに事は平和裏に進む。タヌキ達も事態を静観するのであった。
第一節 かずみが小学一年生になるまで
もうすぐ一年生 その6
学芸会当日、はるかは開会前の朝からかずみを伴って幼稚園へ向かった。催しはお昼の休憩をはさんで午前から午後で予定されている。二年制であるこの幼稚園では、午前中に年少組が、午後からは年長組がそれぞれの出し物を演じる。かずみは年長組であり、「仮称、ロビンフッドと浦島太郎の物語」は午後でしかも学芸会最後の出し物であるため開演までは時間的にはかなりの余裕があるのだが、シナリオ作成に関わり、そして責任感が強いはるかとしては「何か手伝うことがないか」と前日から落ち着かず、かずみ以上に緊張していたのだ。また、舞台の大道具小道具やかずみが着る衣裳を確認しておきたかった。
シナリオと出演者が煮詰まり本番が近くになるにつれて、舞台の中心的な位置から少しずつ遠慮がちに観客席へと引いていったはるかである。学芸会の主役は飽くまでも園児と先生達であり、園児の一母親としては自分が場を仕切ることが良いことではないと思っていたのだ。
「うわあ、乙姫様の衣裳とっても素敵ね」
洋裁の心得がある先生が腕によりをかけてくれた。
「かずみちゃん、もう一回着てみようか」
その先生が声をかけてくれた。衣裳を身に付けたかずみを見てはるかは思わず涙がこぼれそうになる。
「かずみ・・・」
背後でかずみの名前をつぶやいてすすり泣く声を聞いて振り向く。乙姫様のかずみが声をあげた。
「あ、おじいちゃん」
ハンカチを目にやりながら祖父の崇が、
「ああ、かずみちゃん、とっても似合うよ。すばらしいお姫様だ」
崇にとってはるかは孫、かずみはひ孫にあたる。これまでははるかの運動会にも学芸会にも顔を見せたことがない崇だ。一流建設会社の会長で雲の上の人のような存在、社員からも一族からもカリスマ的な存在である崇はいつも重厚な趣で人を寄せ付けないようなところがあった。手紙をそえて学芸会のしおりを秘書を通じて届けていたものの、来てくれる可能性は低いと思っていた。
「来てくださったんですね」
はるかが涙目になりながら崇につぶやく」
「ああ、なんだか昨日の夜から眠れなくてな。まだ早いとはわかっていたが幼稚園の場所を確認しておかなくては、と、ここまで訪ねてきたよ」
ノーネクタイのワイシャツとジャケット、薄手のコートを手にどこにでもいるような庶民姿の崇が目を細めてひ孫を見つめる。先生が、
「冠もあるんですよ」
と言って、ティアラカチューシャをかずみの頭に乗せ、髪をリボンで結ぶ。
崇とはるかがため息をついた。
「せっかくだから写真を撮りましょうか」
と先生がいい、崇が、
「いいんですか」
と目を見開き顔をくしゃくしゃにして喜び、ひ孫の横に立つ。はるかも並んで立ち三人並んだところで先生が写真を撮ってくれた。崇が、
「彼もいっしょに写れたらいいのにな」
「えっ、誰のこと?」
かずみが崇を見上げる。
「あ、いや、その・・・」
「一緒に」は生前の健志を意味していたのだろう。ただ、視線の先に「変タヌキ」がいる。崇には変タヌキが見えていたのだとはるかは気づいた。
変タヌキも朝から落ち着かずマンションの入口にいた。はるかは「今日は学芸会でかずみはヒロインだから観に来て欲しい」と話していた。よもやタヌキ達や変タヌキの姿を見ることができる人物が幼稚園にくるとは、はるかは考えてはいなかった。
かずみのお姫様姿を見ていた変タヌキの二体がスウッと姿を消した。
「・・・和政のおじさんも今日はここに来るんだよ。まだ来ていないけどね」
かずみに健志の分身が居るなどと説明できない、または、亡くなった者と一緒に写真を撮りたいなどという願望は正しくないから、だろうか、被写体を「和政」にすり替えたようだ。はるかとかずみが、
「和政さんが?」
「おじさん?お寺にいた人?」
「ああそうだよ、覚えていたか?」
健志の法要はお寺で営まれた。取り囲まれたたくさんの、「おじさん」「おばさん」の中には和政もいた。
崇によれば崇と和政が取引先と商談後の雑談で、その取引先の社員が、自分の子が「その幼稚園」に通っていて、今度の学芸会で亀の役を演じるから観劇に行くのだ、という話をした。ひ孫であるかずみもその幼稚園だ、という話になり、和政も崇と一緒に顔を出すと言った、という話の向きだったようだ。同族会社であるはるかが勤める会社に席を置く親戚の何人かにも崇から声がかかり招集されているとのことだ。誰が何人来るかまでは崇も把握していないようだが。
夫である健志の死後、親戚やその知人、更にはタヌキや鳥やリスなど霊的な者が集まって見守ってくれることは素直に嬉しいはるかである。かずみも「なんだかいろんな人が来て楽しそう」と嬉しそうな顔をしている。
「それじゃあまたあとで」
と言って崇が一旦幼稚園から出て行く。近くの喫茶店で本でも読んでいる、とのことだ。
変タヌキは霊的な者を見る能力がある崇を前に姿をあらわにしていたが、5匹のタヌキは気配を消していた。タヌキ達は幼稚園にも学芸会にも悪い印象は持っていなかった。演劇がうまくいくかどうかはともかく、かずみにとってもはるかにとっても他の子達にとっても貴重な人生の一ページであり、それが良い思い出であっても苦い経験になっても次の成長への糧にできればよい、そういうものだろうと考えていた。
はるかにとってはかずみがヒロイン役になり素敵な衣装まで用意してもらえたこと、その姿を祖父に見てもらえたこと、それだけでも充分に幸せであろう。学芸会に向かって思いがけず母子が得た成果としてはもう充分だろう。タヌキ達は特に何もこの学芸会には関わるつもりはなく、幼稚園生活の一こまとして、気配を殺したまま遠くから観ているつもりだった。
ただ、気がかりなのはこの学芸会をきっかけに何かが起きる、という予感だ。止めようにも止められない時代のうねりのようなものを感じている。崇と和政とはるか、精霊を見る能力を持った者が少なくとも三人集い、さらに一匹。
「何時からはじまるんですか?」
「だだだだ!」「えぞりん?」「たぬりん!」「ぽんぽこ!」「たぬたぬ?」あ、わんこちゃん!?
イヌのわんこちゃん、タヌキ達がこの世に生まれて間もなく現れた素性不明の言葉をしゃべる生身の犬。色は赤毛、北海道犬と思われる。崇やはるかとも面識がある。「言葉をしゃべる」生身のクマと一緒に旅を続けている。「この世界を救う」カギを二匹で探しているという。
「たまたまですが『くまちゃん』と知り合いで、学芸会に出る人間の子と暮らしている父親代わりのクマさんから聞きました」
タヌキ達が一斉に首をかしげる。わんこちゃんが付け加える。
「ああ、そうですね、父親の見た目は人間です」
「だだだだたぬうき」くまちゃんも来ているの?
「ええ、さっきまでそこの垣根に隠れて中の様子を見ていましたよ。でもあの姿でこのあたりをうろうろすると大騒ぎになりますから、念入りに変装してまたあとからこっそり来ると言っていました」
くまちゃんは見た目はクマそのものだ。タヌキ達がキョロキョロして「クマさん編集局くまちゃん」が辺りにいるのかと、見回すが、
「たぬたぬたぬたぬ」あ、あそこにいるひと?
「ああ、そう、あの人が知り合いのクマさんで宮西さんです。精霊の姿と人間の姿を持っています。トラックの運転主で生計を立てているそうです。息子さんがこの幼稚園に通っていて、学芸会でネプチューン役のその子に持たせる子供用の農業ホークを用立ててきたようですよ」
「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」トラックの運転手は農業用フォークを持っているものなのかな?
幼稚園の玄関先で農業ホークを手に幼稚園の先生と会話をしている。宮西のトラックは農家から牧草などを委託で運ぶ仕事をしている関係で、農業用フォークを知り合いの農家から借りてきたようだ。宮西の子供が「先生がネプチューンの道具が無いと言っている」と父親である宮西に話し、宮西が農家をあたったのだろう。劇ではネプチューンが持つ道具に見立てて農業フォークを代用するのだ。先生と会話をしながら宮西がちらちらこちらを気にして見ている。精霊の目でタヌキ達の姿を見ることができるようだ。
「えぞりんえぞりんえぞ」あの人の子供はクマなの?
「わかりませんが、人間の子供を宮西さんが引き取って自分の子供として育てていると聞いています。宮西さんも元々は人間なのかもしれません」
タヌ仙人の予言を聞いてから「魔力を持った子」が幼稚園にいるかどうか気にしていたタヌキ達だったがそんな子は園内にはひとりもいない。ネプチューンを演じる子はおそらく普通の人間なのだろう。
宮西と先生は、繰り返しおじぎをし合い、宮西は幼稚園の敷地を急ぎ足で出ていく。ちらりとこちらを向いてわんこちゃんに手を振る。近くに停めてあったトラックに乗り込んで遠ざかって行った。仕事が忙しいのだろう。劇は観にこれるのだろうか。
入れ替わり、向こうから軽トラックがやってきた。
「こんにちは!」
軽トラックから降り、威勢のいい声で割烹着を来た男が園内へ入って行く。わんこちゃんもタヌキ達もいぶかしげに見る。何と表現していいのかわからない霊的な者だ。わんこちゃんがつぶやく。
「・・・魚の影がたくさん見えますが」
男は川岸と言い「精霊の一種」で板前だ。仕出し弁当を幼稚園の先生から頼まれていて、
「先ず10個お持ちしました。わあ、すごい、力作ですね」
早めに昼食をとるボランティアさんや先生のお弁当を持ってきたようだが、あたりに置いてあった手作りの大道具小道具を感心して見ている。
幼稚園児の演劇であるからセリフがうまく言えない子、動作の鈍い子はいるだろう。その辺りは黒子に扮する先生やボランティアさんのサポートや、「ナレーションでの解説」、そして凝ったつくりの大道具小道具でカバーして演劇らしいものに仕上げるのだ。
「ああ・・・、これは・・・、どうも」
乙姫様の衣裳から私服に着替えたかずみと、その横にいたはるかに何故か川岸は深々と頭を下げる。はるかが怪訝な顔をし、
「え、どこかでお会いしました?初めまして、ですよね」
「ええ、は、初めまして・・・こんにちは・・・」
頭を上げながら川岸は傍らに置いてあるヒラメのお面を見て少し驚き、近寄って手に取り、まじまじと見る。
「これは」
「私、ヒラメになってフラダンスを踊るの」
かずみがヒラメのお面を手にして頭にかぶる。頭から腰のあたりまで縦にヒラメの姿だ。
「いやあ、驚きました。うちのヒラメとそっくりで」
「よかったね、かずみ、褒められて」
「うん、おじさんありがとう」
「なるほど、これだったら前が見やすいなあ」
はるかはこの板前風の男をなんとなく不思議そうに見ている。「普通の人間ではない」いや、「元人間?」、それとも「人間だけど他の何かと同居?」だろうか。外から見ているタヌキ達も同様、よくわからないでいる。ただタヌキ達にはこの男が明らかに畏怖の念ではるかとかずみと接していることがわかる。はるかとかずみの二人が「大王」だとわかるのだ。「大王」という者の存在と「大王」が何かはわからないのかもしれないが。
「そ、それじゃあ、また来ます」
男はまた深々と二人におじぎをし、先生に会釈をして出て行く。
霊的な能力を秘めた大人はまだ午後にかけて更に数名訪れる。
幼稚園のすぐ横に小公園があるのだが、ハトにエサを与えながらチラチラとこちらの様子を見ている女に霊的な何かが見える。どうしてこの界隈に霊的な能力を持つ「大人」が集まるのかについては理由があるのだが、はるかの一族については単にかずみがヒロインを演じるからであるし、もう一組の「一族」については崇と過去に因縁めいたものがあってお互いに接触して和解をする機会をうかがっていたところ、ひ孫の子供が舞台に立つ姿を崇が観に来る可能性があるという情報を得たからだ。板前については単なる偶然かもしれないが、ヒラメが縁をつないだのかもしれない。
いずれにしても、いずれも「大人の事情」のなせる出会いであり、無垢な子供達には何ら関係しないことである。時に人間達は自分達の気分感情で子供達を振り回す。舞台のセットにしても幼稚園児には過分に豪華なものへとエスカレートしている。事態を静観しようとしていたはるかもいつの間にかその渦の中に巻き込まれ、かずみも控えめな脇役からヒロインを任されるに至った。
人間社会では紛争も災害も経済の浮き沈みも、その大波小波はおとなしくしている人間をも確実に巻き込み飲み込んでしまう。この渦中にあって、かずみは常に冷静で大人だった。タヌキ達も務めて冷静にこのイベントを見つめている。
タヌ仙人の予言では「魔力を秘めた子が現れる」とのことであったが、この学芸会ではその「魔力」を見ることはない。ただし「霊力の才能を持った子供」はこの学芸会のキャストの中に存在する。
そろそろ年少組の子と父母が幼稚園へ入ってくる。ダンスや歌や楽器の演奏、お芝居など、日ごろの成果を発表する会だ。先生や保育士さん達があわただしく動いている中、演劇のシナリオを一緒に作った先生がはるかに声をかけた。
「あの、舞台前のホワイトボードに貼りだす模造紙のお題をまだ書いていなかったんです。なかなかいいのが思いつかなくて、ネット小説を参考にこんなのを考えたんですが」
と、メモを見せる。
『ロビンフッド浦島太郎ヒーロー戦隊の超ファンタジー ~
ロビンフッドが王子に憑りついた魔物を追いかけて異世界の竜宮城へ飛び込んだら元の世界に舞い戻って一国一城の主になっちゃった件の完結編』
「・・・」
「少し長いですか」
「もっとシンプルでいいと思います。幼稚園児のお芝居ですから・・・」
舞台前のタイトルは『ロビンフッドと浦島太郎の大冒険』とされた。うらはらに観客席では複雑な人間模様がうごめくのだが。
学芸会は幼稚園の体育館で行われる。各教室は父兄やボランティアの休憩室として、または楽器や大道具、小道具の保管場所として開放されている。
「よかったらこれをどうぞ」
とお弁当の余分を先生からもらったはるかとかずみは早めの昼食を済ませ、教室にあったマットと毛布を借りてかずみにはお昼寝をさせる。かたわらでタヌキ達も一緒に昼寝をしている。
年少組の発表会は終わって一年生の子と親たちが帰宅していくと一時幼稚園の中は閑散とする。ぱらぱらと午後に向けて父母と二年生が入ってきている。
すやすやと眠るかずみ。出演するわけではないのだが緊張気味のはるかには昼寝などする気持ちの余裕がない。シナリオの元を作った責任、キャスティングに関わった責任、そして我が子がヒロインを演じるということへの重圧。
子の親になるとこういう心の負荷を感じることがあるのか、と思う。我が子のことであるが我が身のことのように感じる。まるで我が子の人生と自分の人生、同時に二つを請け負っている感覚。決して苦しいとは思わない、生きているということを強く感じ、生き抜こうという思いが強い。これが生き甲斐というものなのか、と思う。
「ここに健志がいたら」
またそう思ってしまう。健志がいたらこの半年余りはまた違うストーリーになっていただろう。かずみは演劇においてのヒロイン役にはなっていなかったのかもしれない。タヌキ達との出会いもなかっただろう。健志がいないことは不幸なことに違いない。だが軌道を変えて違う形での幸せをつかむのだ。かずみの未来は自分にかかっていると思う。幸いにもかずみの幸せを願ってくれている仲間がいる。健志の分身のような者もそこで正座している。さりげなく見守ってくれている。自分達は恵まれている。チャンスを与えられているのだから精一杯ひとつひとつのことをやり遂げて行こう、と思う。
「これが終ったら・・・」
新しいビジネスを会社に提案しようと思っている。学芸会のことで頭がいっぱいではあったが、お盆明けからの「その新規事業」についても常に心に留めていた。
「新しく始めるには仲間が必要なんだ、一緒にやろうよ」
「いまから始めないと遅くなるっていうのはわかるんだけど」
「まあ、ケンのこともあるし、無理はできんよな」
「先ずは何事も基盤を固めないと」
父兄だろうか、何か深刻そうな、それでいて未来を展望するような会話を男性が4人、幼稚園の中で語り合っている。
「あれ?あの人達は・・・」
思わずはるかが教室から廊下へ出て、その4人と対面する。ひとりははるかは見ていなかったがさきほどトラックで幼稚園に立ち寄った「宮西」という男、そしてもうひとりが、
「あ、あの時の?」
と、その男がはるかを見つめる。雷電海岸でアライグマを捕まえていた男性、そして、
「こんなところでお会いできるとは」
アライグマを捕まえていた男性と一緒にいたもうひとり初老の男性。
「ほんとうに、偶然ですね、ご連絡して一度お話しをさせていただきたかったんです」
と、はるかが満面の笑みで4人の顔を見る。
そして、もうひとりの、年配の男性を見て、
「あの、もしかしたら・・・」
「ご存じとは光栄です。大王様。悠里町町長の築島です」
「・・・大王?」
アライグマを捕まえて保護した男性が呆れたように、そしてがっかりした顔で、
「おじちゃん、初対面で冗談はなしだよ。あれ、宮西君が恐縮しちゃってるよ。ああ、今日はすごい日だな。ひよりの父さんも連れてくるんだったね」
宮西がさきほどの川岸同様、深々と頭を下げている。築島が、
「いや、そうだね、これは失礼でした。はるかさんとおっしゃいましたか。雷電海岸で私の仲間があなたとお会いした話を聞いてね、いずれ息子も交えて私もそちらとお会いしたいと思っていたんです」
札幌から南西へ、雷電海岸と札幌の間あたりにある6つの町村を産業や文化、環境保全などの取り組みで結んだ仮想の町、悠里町の町長がここにいる。仮想の町の町長でありかつ、6つの町村の中心的役割を担う冨士見町の現職町長でもある。過疎化に悩む周辺の町村に声をかけ、観光や林業、農業を中心に北海道特有の事業を推進する活動のネットワークづくりを進めている。その過程で問題として浮かび上がった、外来種駆除について「生命の尊厳」を前面にした、人間と動植物の共存についての提案は賛否を分けているが、「悪者」を逆手に地元の資源として有効活用して「善い者」に変える発想で話題となり、マスコミや行政機関からも注目されている。
夏休みにはるかとかずみが訪れた岩内町の海岸で、この男たちが一頭のアライグマを保護しているのを見たはるかが「助けてあげられないものか」と話しかけていた。
「まあ、でも幼稚園でしかもハレの学芸会というときにビジネスの話も無粋でしたか。今日はね、彼の子供が劇に出るっていうから応援に来たんですよ。縁あって知り合いになった私たちが見てあげることでその子の励みになると思いましてね」
「私も娘の晴れ舞台で少し緊張気味です」
と、半ば硬直しながら、
「あの、町長さん、みなさん、ぜひお仕事でご一緒させていただきたい提案があるんです。今月末か来月早々にでもご挨拶に伺わせてください」
そう言ってはるかはまだ頭を下げている宮西同様に頭を下げる。
大王と呼ばれていることに慣れているはるかは町長から「大王」と呼ばれたことは「乙姫の母親で女王だからか」くらいに思って聞き流し、またとない仕事上のチャンスにすがりつく思いだった。
タヌキ達の目からは霊力を持った者は宮西のみ、町長を含めた3名は何かを秘めている可能性はあるもののいまはごく普通の人間に映っている。
タヌキ達は雷電海岸がある岩内町や近隣町村で展開される新規事業の構想については、はるかが社内で会話しているのを立ち聞きしたり、自宅に持ち返って広げた資料などをちらちらと見て何となく知っていた。いまの「町長」らとの話の内容から彼らははるかにとっての良きビジネスパートナーになりうる者達と見ていた。
やがて町長をはじめこの男たちは、はるかやかずみに迫りくる魔の手に対して抗い、平和な世界を実現するために奮闘するロビンフッドたちとなる。そんなことなど、いまはタヌキ達にも思いもよらない。そして人は変わる。ロビンフッドのような義賊は時に「はめ」をはずすと単に「賊」と呼ばれ、果ては「賊」そのものに墜ちる。内輪もめが起きてロビンフッドや「王」へ反旗をひるがえす者があらわれないとも限らない。いずれにせよ、良きにつけ、大人たちの行動は子供達の未来を大きく揺り動かすのである。
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たくさんの観覧者を前に園児達が子供たちの成長を見守ります。はたして演劇はうまくいくでしょうか。