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しあわせのたまてばこ  作者: 月美てる猫
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第一節 かずみが小学一年生になるまで ~もうすぐ一年生 その5

幼稚園も夏休みが終わって秋の学芸会に向けて準備が進められている。はるかは仕事の帰りに幼稚園へ立ち寄り、学芸会の打ち合わせを先生たちと重ねていた。


第一節 かずみが小学一年生になるまで


もうすぐ一年生 その5


 

「え、またですか?」

「幼稚園の先生が深刻な顔をしている」

「39度の熱があるそうで、学芸会には出られないそうです。お城と、ロビンたちが集まっている森へ王様の手紙を届ける飛脚の子です」

 幼稚園は新学期に入って先生たちによる学芸会の準備はピッチが上がってきた。はるかはこの数日、仕事の帰りに幼稚園へ行って学芸会に関する調整をボランティアで請け負っていた。

 暑かった夏の疲れが出てきたのだろうか、初秋の涼しさによる寒暖の差によるものだろうか、風邪を引く園児が続出で「学芸会までにセリフを覚えられない」子の母親が出演辞退を申し出てきている。先生が、

「今日の全体練習も欠席の子が多くて、一連の流れになりませんでした。私達が一番困っているのは主役の子と王子なんですけど」

 ロビンフッドの役をやりたいと張り切っていた男の子が風邪をこじらせて学芸会には出られそうにないと言う。浦島太郎役と王子役はまだ決まっていなかった。王子役はセリフがほぼ無いのだが、当選した子は役柄の重圧から辞退していた。ロビン役で風邪をひいた子に王子役を打診するなどぎりぎりの調整を続けている。

 はるかがつぶやく。

「あと5日か・・・」


 かずみはおとなしく向こうの部屋で絵本を読んでいる。フローリングの室内でタヌキ達がお芝居の真似事をしている。

「王様役」のポンに「ニセ飛脚役」のタヌタヌがロビンからのニセの『手紙』を届けようとするが、「王様の家来」のエゾtとタヌリンが「その飛脚は怪しい」と言いだす。そこへ「本物の飛脚」のエゾリンが現れて、ニセ飛脚は逃げ出す。本物の飛脚役のエゾリンが『手紙』を王様へ渡そうとするところで、


「ぽんぽんぽんぽこぽこぽん」このシーンは王様と飛脚だけでいいんじゃないの?

「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」王様のところに手紙のついた矢が飛んでくるだけにしたら?


 はるかは「なるほど」と、手を打ち、

「このシーンは飛脚と王様の横にいる家来は抜いて、手紙は弓矢で飛んでくることにしませんか」

 先生が、

「家来と飛脚の子は別の役に変更、ですか?」

 はるかが提案する。

「ロビン役と浦島太郎役はできないでしょうか?」

「家来役と飛脚役のお母さんたちに聞いてみますが・・・」

「それと、ロビンが助けた亀もまだ足首の捻挫でお休みしてるんですよね。キジの子に亀への変更をお願いして、亀の予定だった子には灯台人間をお願いしては?」

「王様の部屋のシーンで王様以外の役がいなくなります。少しさびしくなりますね・・・」

 はるかは「うーん」とうなり、

「竜宮城の侍女や料理長に二役演じてもらっては?」


 王様の家来はサルと犬の姿をしていて、どちらかといえば地味な役だ。演じる予定だった二人ともどちらかといえば控えめな子達だ。ただ、サルの子は顔立ちが整っていてスポーツも得意、女子から人気があり二枚目役が似合いそうだと、先生達が以前話していた。その子は女の子たちからの後押しがあり、王子役に手を挙げたそうだが「くじ引き」で落選し、残りのサルと犬とキジの役を「残りの」三人でじゃんけんの末、その子はサルに甘んじている。キジは当初の台本は「しゃべる九官鳥」だった。はるかの提案でキジにしたのだが、特に物語上必要なキャラクターでもなかったし、立候補する子はひとりもいなかった。亀の役に決まっていた子はサッカーボールで遊んでいる際に足首をひねって軽い捻挫で療養中だ。張り切ってフローリングで平泳ぎの練習をしていたのだが、学芸会に出られなくなりがっかりしているという。王子と結婚する乙姫様の子は役柄の重圧と「王子役があの人だから」と言う理由から辞退することとなり、灯台人間に立候補したひかるちゃんを乙姫様役に、と、先生達が説得している。

「ひかるちゃんは灯台人間をやりたがっていて・・・、灯台人間には唯一の立候補だったんですよ。亀の子が灯台人間をやってくれるかどうか・・・。それとひかるちゃんと哲也君は喧嘩したことがあって、あまり相性がよくないと思います」

 哲也君というのはじゃんけんでサル役になった子だ。哲也君がロビンになるとしたらひかるちゃんの拒否は確実と思われている。


 脚本を書いた若い先生が、

「あの、かずみちゃんに乙姫様はいかがですか?」


「え、かずみ?」

 はるかがちらりとかずみを見る。タヌキ達がさきほどの芝居で止まったままこちらを向いてうんうんうなずいている。


 少し恐縮、というか遠慮気味のはるかは、

「でも・・・、かずみはヒラメの役が気に入っています。ヒラメのお面の絵を楽しそうに何枚も書いているんです」

 と、言う。先生は、

「ヒラメと乙姫様の二役できませんか?ヒラメがセリフを言うシーンでは乙姫様とかぶりませんよね?」

 もうひとりの先生も、

「かずみちゃんはとってもお利口でしっかりした子だと思いますよ。でも少しおとなしいところがあるから、演劇で自信をつけさせてあげたらいかがですか?」

「はあ、そうですねえ・・・」


 確かに、かずみにとってはいい話かもしれない。くじ引きの日に「ヒラメの役になった」と嬉しそうにしていたのは、母親である自分にがっかりさせないためだとはるかは見ていた。そして、脇役でもひとつの舞台を成功させるために一生懸命、「亀を助けた優しい人ですってね」の少ないセリフを何度も復唱し、ヒラメの絵を楽しそうに描く、その前向きな姿勢を見て頼もしく嬉しく思っていた。ただ、母親の自分よりもしっかりしたかずみ、父親の死を乗り越えて健気に母親へ笑顔を見せてくれるかずみ、こんなときこそスポットライトを浴びてもらいたい、たくさんの人に輝く姿を見せたい、そんな思いもふっと、湧いてくるのだ。


 若い先生が、

「王様の家来と亀と主役と乙姫様はそれぞれに電話などで連絡をとって調整します。かずみちゃんのお母さんもぜひ、かずみちゃんの乙姫様をご検討ください」

 はるかが思い出したように、

「そういえば魔法使いがやっつけられたあとの王子は?」

「それも説得中です。お母さん達から非難轟々でしたから。本人を説得して、他の子にします」

 王子に取り憑く悪い魔法使い役は園長先生が快諾したが、魔法使いがロビンのヒーローによって滅ぼされたあとによみがえる王子もそのまま園長が「演じたい」と言い出して、園長は乙姫と結婚する気でいた。乙姫役がなかなか決まらない要因であった。

 

「かずみ、帰るよ」

 はるかはかずみとタヌキ達を伴って家路につく。幼稚園バスはもう出てしまった。タクシーでも、と思ったが歩きながらかずみと相談することにした。半月のお月様が空から二人と5匹を見ている。何台かタクシーが通りすぎる。幼稚園から自宅のマンションまでは歩いて20分くらい。幼稚園バスは母親も乗せてくれるのでとてもありがたい乗り物だ。


「そういえば小学校も同じくらいの距離かな?」

「お母さん、小学校は小学校バスはないの?」

「うん、毎日歩いて通うの。足が丈夫になるよ。身体が丈夫で風邪をひかない子にならなくっちゃね」

「歩くの好きだよ」

「そう、私も。でも今日はちょっと遅くなっちゃったね。タクシーに乗る?」

 かずみは首を振り、

「ううん、歩いて帰る。タクシーすぐ来ないし」

 幼稚園の入園式にタクシーがなかなか来なくてけっきょく急ぎ足で幼稚園へ行ったことをかずみは覚えていたようだ。そしてタクシーはお金がかかる、ということもよく理解していて、母親に気を遣っているのもわかる。

「そうだね、タクシーすぐ来ないよね」

 そういう親子の横をまたタクシーが通りすぎる。

「ねえ、でもね、小学校の入学式はタクシーを呼ぼうかなって思ってるんだ」

「え、でも他の子もタクシーなの?」

「ううん、歩いて行く子の方が多いかな」

「じゃあ私も歩いていくよ」

 また親子の横をタクシーが通り過ぎる。「そうだね」とはるかはうなずき、つないだかずみの手を前後にぶんぶんと振る。かずみが「ふふふふ」と笑いながら一緒に母とつないだ手を振る。


 小学校の入学式には亡き夫の遺影か位牌を持参するつもりだった。夫の健志はランドセルを背負ったかずみの姿を見るまでは死ねないと、病魔と闘っていた。後ろからついてきているタヌキ達や、あの「変タヌキ」達にもかずみの入学式に立ち会って欲しかった。だから、タクシーで、みんなで、と思っていたのだ。

 そう、そして学芸会でかずみが乙姫様を演じると知ったら、夫はどれほど喜んでくれただろうか。祖父の崇に知らせたら「観に行く」と言ってくれるかもしれない。ただ、乙姫様を演じたい子は他にもいるだろう。民主的なくじ引きの結果で「ヒラメ」なのだから、ヒラメを一生懸命演じてくれたらいい。崇はきっとヒラメでも喜び、「観に行きたい」と思ってくれるだろう。健志も「ヒラメ最高じゃないか」とあの調子で言ってくれたことだろう。


 マンションに着くと、タヌキ達も一緒にエレベーターに乗る。

「かずみ、今日はあまりおかずを作れないけど、玉子焼きと鮭の切り身でいいかな」

「うん、いいよ。お茶漬けにしてもいい?」

「あ、そうか、ごはんが少し古かったから、それいいね」

「うん!」


 マンション6階の玄関に入り、誰もいない暗い部屋へ灯りをともす。かずみには着替えを促し、「お風呂をお願い、42度のままでいいからね」と、かずみにお風呂へお湯をはる仕事をお願いする。熱めに湯を張っておいて、夕食後に一緒に入って就寝するのだ。はるかは焼き魚と玉子焼きに取り組む。かずみが浴槽とにらめっこしている間に、先に出来た玉子焼きをお皿にとって、ホークを6本添えて、ガラステーブルに置く。

 タヌキ達はおいしそうに玉子焼きをほおばり、エゾリンがお皿とホークを台所のはるかに渡す。そして、タヌキ達は和室にあるかずみが描いた「ヒラメ」のお面に見入る。何か違和感を覚える。


「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」ヒラメってこんなだったっけ?

「たぬりんたぬりんたぬりん」こうなのかもしれないけど、演劇でどう使うのかな

「だだだだだだだたぬうき」これだと前が見えないかもね

「えぞりんえぞりんえぞりん」でも頑張って描いたんだからこれでいいよね

「ぽんぽんぽんぽこぽんぽん」ヒラメが泳いでいるの見たことないし


 熱めのお湯をはり終えて、かずみは和室に並べてある「試作品」なのであろう、何匹かのヒラメを見に行く。それぞれ自信作のようだ。もともと父親似で絵心がないかずみだったが、「父親似のタヌキの絵」をけなされて練習したのをきっかけに、多少は上達をしている。ただ、


「ねえ、かずみ、やっぱりその向きがいいの?」

「うん、夢に出てきたヒラメさんはこうだったもの」


 たぬき達が首をかしげている。幼稚園児がヒラメの夢を見る?


 はるかがかずみに見えないタヌキ達に解説するように、

「タクシーの運転を手伝ったヒラメさんはそういう向きだったんだよね?」

「そう、ヒラメは車に乗ったら左か前しか見れないお魚なんだよ」

「そうそう、かずみ、前にそう言っていたよね」


 いったいどういう夢を見たのか。かずみには霊的なものを見る能力がない。タヌキ達の姿を見る事ができない。

 しかしこの先、大人になるにつれ、ほんのちょっとずつではあるが、その能力を身に着け、ふいにその片鱗を見せることがあるのだ。


「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりんりん」かずみは未来を見たんだ。タクシーにヒラメが乗っていたんだね。


 それはともかく、学芸会の演劇で竜宮城の魚たちが躍るシーンでは、鯛やヒラメなどのお面をつけた子達がフラダンスを踊ることになっている。それぞれのお面はそれぞれで自作することになっていた。普通の発想では魚のお面は横向きに、つまり、鮭であれば左に頭、右に尾ヒレで描いて、頭に装着する「輪っか」をホチキスなどで止めて完成、というイメージだろう。ところが、かずみが描いたヒラメの絵は、上に頭、下に尾ひれで、しかも大きい。四つ切の画用紙をセロハンテープで2枚つなげて使っている。


 母子は夕食の玉子焼きと焼いた塩鮭でごはんを食べ始める。少しごはんが減ったところで、ほぐした鮭の身をごはんの上に乗せ、お茶漬けの素を少し振りかけ、ヤカンのお湯を注いでお茶漬けにする。かずみにはスプーンが用意された。

 二人でスルスルとお茶漬けをすすり、「おいしいね」とにっこり笑う。

 おおかたの食事が済もうか、というところではるかがかずみに切り出す。


「ねえ、かずみ。今度の演劇だけどね、かずみにヒラメさんの他にも何か手伝って、って、先生から頼まれるかもしれないの。何かやりたい役ある」

「うーん、わからない。でも風邪の人とかいるから劇にならないかもしれないって、先生が困っていたから、先生に言われたらやるよ、鯛でもいいよ」

「うん、鯛さんとか、海老さんとか、野ねずみさんとかじゃなくて、もっとたくさんしゃべる人の役でもいい?」

「うーん、いいよ」

「何がいい?」


「乙姫様」


「えっ!?」


「だってね、ひかるちゃんが先生に言われて、イヤだって言ってたんだ。だから私がやるからって、ひかるちゃんに話したの」


 先生はすでに乙姫役をひかるちゃんに、と本人に伝え、それを固辞されていたのだ。かずみが演劇のヒロイン役を演じるということの意味や意義をどこまで認識しているかがわからないが、とにかく友達のために一肌脱ぐ決意をこの子は固めていたのか、と改めてわが子のしっかり者ぶりを見た気がするはるかである。


「そうか、でもまだわからないよ。乙姫様役の子が風邪をなおして劇に出られるようになるかもしれないし」

「うん、風邪が早くよくなるといいよね」

「かずみはヒラメさんの役、好き?」

「うん、好き、フラダンスも好きだよ」

「そう」


 二人は示し合わせたように残りのお茶漬けをズズッと平らげ、手を合わせて「ごちそう様」という。傍らでタヌキ達も「ごちそう様」とポーズする。


 翌日には学芸会のキャストが正式に変更され確定した。乙姫様はかずみ、ひかるちゃんは灯台人間と王子様の二役、急遽抜擢されたロビンフッドは「哲也君」、そして浦島太郎は「太郎君」が演じる。亀は捻挫が癒えたらサッカーが好きな「航大(こうた)君」、捻挫が癒えなかったらビニールフロートを代用する。


 電話で先生から連絡を受けたはるかは会長室の崇へプライベイトな手紙に学芸会のしおりを添えて伝える。そのこともあり学芸会は思いがけない「出会い」の場となる。かずみの未来、そして世界の未来を変えることにもなりかねない、正に運命の出会いが待っていた。




ひとりの人生においてはほんの小さなひとこま。ですが、意外にもたくさんの人達と影響し合っている、ということがあるのです。かずみがヒロインを演じる学芸会ではどんな「ドラマ」が待っているのでしょうか。

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