第一節 かずみが小学一年生になるまで 〜もうすぐ一年生 その2
お盆のお墓参りにタヌキ達をともなってでかけることになったが、墓地では思いがけない出会いが待っていた。
第一節 かずみが小学一年生になるまで
もうすぐ一年生 その2
四十九日法要の際には親族を乗せたバスで墓地に向かった。今日はワゴン車に人間2名と精霊が8体乗り込んで向かう。札幌市の南区にある山の斜面に造成された墓地だ。30万㎡もの広大な敷地はよく整備され管理人が常駐している。公共交通機関や徒歩で行くのはなかなか困難で、車で行く以外に方法はない。自然に囲まれた山の墓地から見る景色はいい眺めだ。セミが鳴いている。お盆期間であることから墓参りの家族連れが多いが、夜中はおそらくしーんと静まり返り、フクロウの鳴く声や、クマやキツネが歩き回る姿を想像する。
健志の眠る墓地にはすでに花が活けられていた。親族の誰か、おそらく崇が訪れたのだろう。はるかが持ってきた花が加わると献花は豪勢なボリュームとなる。
「お父さんお花がいっぱい」
かずみがつぶやく。はるかは果物や菓子などの供物を備え、ろうそく、線香に火をつけて手を合わせる。横でかずみが、後ろのほうでタヌキ達が手を合わせる。その後ろの方で、指南タヌキが、その更に後ろで悪気タヌキがその様子をじっと見つめる。
「さあお弁当を食べようか」
諸説あるようだが北海道では備えた供物をその場で食べることも「供養」と考える人が多い。故人に成り代わって供物を味わう。供物を食べるだけではなくお弁当も食べて故人を懐かしむ。墓場ではあるが天気もよく景色もよい、大好きだった父親の遺骨が眠る墓地でひさしぶり、家族3人での食事をするのだ。
タヌキ達のお弁当は車に置いてある。さすがに8匹分のお弁当を並べるとかずみが、「誰の分?」と質問するだろう。はるかが目配せをし、タヌキ達に「車に行って食べてね」とささやこうとしてビックリしている。
「えっ!誰?」
見たことのない、年老いた白っぽい色のタヌキが5匹の後ろに立っていて、5匹が振り返ってやはり少し驚いている。
「え、どうしたの、お母さん、誰かいるの?」
「ううん、ひとりごと、トンボが飛んで行ったの」
その白いタヌキが持っていた杖を振るとトンボが数十匹飛んできて、かずみの目の前をかすめ、向こうへ飛んでいく。
「うわあ、すごい、トンボがいっぱい」
トンボが飛んでいく方を見つめるかずみだが、はるかはその「白髪の」タヌキを見入っている。
「すみません、驚かせまして、大王様、初めてお目にかかります。私はこのあたりの山に住むタヌ仙人と申します。御用の時にはいつでもいらしてください。ではまた」
振り向いて歩きながらすうっと姿を消していく。軽く指南タヌキが会釈をした。指南タヌキは知り合いなのだろうか。タヌキ達はお弁当を食べに車へ走って行く。指南タヌキも「あとでまた」という顔をしてはるかを見てうなずき、車へ向かう。悪気たぬきもそれに続いて車へ向かった。
墓地での昼食は海苔巻と稲荷寿司と玉子焼きで、健志もタヌキ達もかずみも大好きな食べ物だ。お腹がいっぱいになり、しばらくは初秋の匂いがただよう風に吹かれ、遠くの景色を眺めている。
「お母さん、あの山は何て言う山?」
「ああ、あれは・・・」
札幌市内を抜けて定山渓に向かう際によく見る変わった形の山。とがった岩が空に向かって何本か立っている。なんという山か思い出せないでいると、
「いち様~」
その山の方からカモメのカッちゃんが飛んできた。「また新しい呼び方?『いち様』って何?」とはるかは首をひねる。
「いち様、いま、タヌ仙人がこちらに来ましたか」
かずみにまた「ひとりごと」と言われないよう、首を縦にふる。
「そうでしたか、遅くなり申し訳ありません。父母のお墓参りに行きましたら泣けてきまして・・・」
おいおい、とその場で泣きだすカッちゃん。健志が眠る墓地は手稲山の裏手にある。つまりタヌキ達やカッちゃんの両親が眠る墓は札幌市中心部から見てここから真逆にある。手稲山を超えて飛んできたようだが、泣き止んだカッちゃんが、
「このあとのご予定は?」
カッちゃんがはるかに問うと、はるかがかずみに問う。
「ねえ、かずみ、このあとどこに行きたい?」
「うーん、わかんない、あのお山が気になる」
そういうかずみを見てカッちゃんが
「そうですか、さすがかずみ様に何か感じるものがあったのですね。あのお山は八剣山といいますが、タヌキの仙人、タヌ仙人が住んでおります。いまここに来たその白髪のおじいさんです。もしお時間がありましたら、そちらまでお越しいただけないでしょうか?大王様お二人の健やかな日々を祈祷してくれます」
はるかは軽くうなずき、
「よし、かずみ、あのお山に行ってみようか」
「うん、行く。お父さんもここからかずみたちのこと見てくれる?」
「そうだね、元気にお山を登るところを見せてあげよう」
カッちゃんはそんな会話にまた涙を流し、ハンカチで目をぬぐい、
「お食事が終わりましたら私が先に進みますので、あとから来ていただけたらと思います。それでは」
そう言ってカッちゃんは、駐車場でお昼ごはんを食べているタヌキ達の方へ向かう。
「あの山に仙人が住んでいるのだろうか?」そう思うとはるかはなんとなくワクワクしてくる。あの山はこの墓地から近いから、健志や指南タヌキのことも知っているのかもしれない。
昼食が終わりお墓のまわりを掃除して、ひしゃくで墓に水をかけ、手を合わせてお墓をあとにする。車に乗り込むとお腹がいっぱいになったタヌキ達が気持ちよさそうに昼寝をしている。指南タヌキが
「ごちそう様でした。とてもおいしかったです。こいつもきれいに食べました」
そう言って悪気タヌキを向く。悪気タヌキのすぐ横で悪タヌキがいびきをかいて寝ている。指南タヌキが悪タヌキをみながら、
「私が与えても食べようとしなかったのにそちら様が与えたらパクパクとおいしそうに食べていました」
悪気タヌキは眠っているのか瞑想しているのか、目をつぶっている。口元にご飯粒がついている。
車を動かし、カッちゃんの誘導で八剣山に向かう。正式名称は観音岩山というらしい。とがった岩肌を観音像に見立てているのだろうか。登山口の看板などを見ると1時間程度で登れそうだが、幼稚園児のかずみにはちょっと難しいだろう。
カッちゃんが言う。
「山頂まで登るには『に様』はもう少し大きくなってからでないと、でもタヌ仙人が居る場所は3合目くらいですから、それほどお時間は取らせません」
看板を見ながらカッちゃんの話を聞いていたはるかがかずみに、
「かずみ、頂上まで行くのは少し大きくなってからだね。この三合目、ってところまで行こうか」
「うん、いいよ」
一行は登山道を登り始める。カッちゃんは「先に3合目へ行っています」と言って飛んでいった。登山道は「表側」から2ルートあるらしいが、三合目が山頂から下山する分かれ道になっているようだ。登りながらちらりと指南タヌキを見る。指南タヌキが仙人とのかかわりを説明する。
「私がこの世に生まれてしばらくの間はどうしていいかがわからず、よく悩みました。悩んでなんとなく、あのお墓の前に立っていることがあったのですが、その時にあのタヌ仙人と名乗る賢者から声がかかりました」
「たぬたぬたぬたぬ」あのタヌキは賢い人なの?
「はい、賢明な方だと思います。あの方の話を聞いては励まされていました」
タヌキ達もはるかも、その賢明なタヌキがいろいろと教えてくれることを期待した。はるかは会社にはびこる黒い影、かずみの将来、この変タヌキ達とのこと、そのあたりの教えを乞うことにしようかと思う。
「ぽんぽんぽんぽこぽん」どんな話をしてくれたの?
「はい、いつも同じことを繰り返し言ってくださいました」
「たぬりんたぬりん」え、どんなこと?
「どうしたらよいのかは自分で考えなさい、とのことです」
「・・・」「・・・」「・・・」
かずみは疲れも見せず、時々飛んでいく小鳥や、見たことのない草や花、蝶々を見ては目をキラキラさせている。
三合目についた。
「ん、さっきの地図だと頂上へ行く道は1本だったけど」
真っ直ぐに行くと山頂、右に行くと「仙人」という看板が出ている。魔力が籠っている。おそらくこの一向にしか見えない看板と道だ。
「はいみなさん、こちらへどうぞ」
カッちゃんが手招きしてそちらの方へ飛んでいく。しばらく歩くと急に開けた場所に出て、「タヌ仙人山山頂」という看板がある。四方八方を見渡せるその山頂からは、遠くに手稲山、見下ろせばなぜか八剣山らしき山の山頂も見える。
かずみは芝生の上に寝ている子犬を見つけ、「お母さん、わんこだよ」そう言って犬の方へ歩いていく。
山頂らしき場所に小さな洞窟が突き出ていて、そこがタヌ仙人が居住する狸穴、というか、祠なのだろう。のそのそと先ほどのタヌキが出てくる。
「よく来ましたね。先ずは皆さんのご多幸を祈願しながら、将来を占ってしんぜましょう」
白装束で白髪の老いた姿のタヌキは杖以外がほぼ白く見える。木の杖を左右上下に振り、「たあぬきたあぬきたあぬきたぬきいいいいいっ」と、念じると、静かに目を閉じ、
「大王様、あなた方の未来は明るい。だが決して平たんではありません。味方になってくれる者の助けを信じることです・・・」
そう言ってしばらく眉間をぴくぴくと動かし、
「白い丸いモノと白い長いモノが見える。なんだこれは」
うーん、とうなりながら顔を少し空に向け、杖を持った腕を上げ、
「ヘビではない、イタチか?丸いものは幸い、長いものは幸いにも禍にもなる。そのようなものを見たら気を付けなされ。仕事は順調、金運はまずまず、健康運は良好、恋愛は残念ながら縁は無いな。かずみ様と言ったか、大王様の子にとってはこの秋から冬までに出会う男の子に気をつけなされ。魔力を秘めた子が現れる。かずみ様の運命を左右する者じゃ」
具体的なようで曖昧な内容に一同が戸惑っている。白いモノに気を付ける、秋から冬に現れる魔力を持った子?
「タヌ仙人さんありがとうございます。かずみは元気に育ちますか?」
かずみは芝生に寝転んで白い犬とじゃれあっている。かずみを見ながらはるかが問う。
「安心なされ。あの子は自分で運命を切り開くパワーを持っておる。父親のよき導きがあるじゃろう。そこのタヌキ達を頼るとよい。今日のところは以上です。また何か困ったことがあったらおいでなさい。ああしんどい」
はるかはタヌキ達をみてうんうんと、うなずく。悪タヌキは興味がないのか、「なんだばかばかしい」とつぶやきながらそのあたりの散策をしている。
「あの、タヌ仙人さん、この二人はこれからどうしたら・・・」
振り返って岩穴に入ろうとするタヌ仙人を呼び止めるように問う。タヌ仙人は年のせいか占いで魔力を使い果たしたのかひどく疲れた様子だ。
「ああ、その二人な、その二人は・・・」
じっと指南タヌキと悪気タヌキを見つめ、
「まあ、答えを焦ることはないでしょう。自分達で考えることです。いずれにしてもかずみ様がお幸せになるにつれて、かずみ様をとりまく環境が答えになるでしょう。その二人にとって一番よい将来がどんなものなのかの」
タヌ仙人は「どっこいしょ」と洞窟に入りかけ、ふと振り向いて、
「タヌキ達よ、そういえば・・・」
タヌキ達も芝生で犬とじゃれあおうと、かずみの方へ向かったところだったが、振り向いて、仙人のほうを向く。
「タヌキングに会ったか?」
5匹が首をかしげる。また新しい名前のタヌキ。
「その顔だとまだのようだな」
「だだだだだたぬうき」タヌキの王様ですか?
「えぞりんえぞりんえぞりん」大王様よりも偉い人?
「大王様より偉い人がいるものか。だが、月の扉を開く鍵を持っている。まあ、いずれ会うことに・・・、ふうっ、なるだろう」
そう言ってタヌ仙人はスウッと姿を消しながら祠の中へ入って行った。犬もタヌ仙人の後を追っていく。犬は振り向きざま、「私はわんこ仙人です。また遊びに来てください」と言い、祠へ入っていく。タヌキ達はタヌ仙人もタヌキングもわんこ仙人も義明様から派生した仲間だと確信した。タヌ仙人はタヌリンよりもレベルの高い「占い」と「祈祷」の特技を与えられていたらしい。わんこ仙人は精霊なのだろうか、生身の犬だったのだろうか。かずみの目から見えて触れることもできていた。
義明様と春美は手稲山の鳥達や雷電海岸のウサギ、大雪山系の鳴きウサギや、知床のシャチやアザラシの他にも自分達が頼れる精霊を生きていくために必要な保険のようにあちこちに配置してくれているのだ、そうタヌキ達は思った。
それにしても気がかりなのはこの秋から冬にかけて出会うという男の子だ。
かずみはしばらく犬が入って行った洞窟を見ていた。「宮本武蔵もう出てこないのかなあ」とつぶやく。かずみはわんこ仙人に宮本武蔵と名付けたようだ。「宮本武蔵、もうおうちに帰ったんだよ」と、はるかはかずみを慰め、はるかとかずみはそのあたりを散策し景色をながめ、「さあ帰ろうか」と言って、山を下りる。
なんとなく煮え切らないそれぞれである。仙人の予言は具体的なようでおぼろげな言い回しだった。
「わるわるわるわるわるわるわる」占いなんてそんなもんだ、あてにしないようにしようぜ。
悩ましい表情になって並んで歩く変タヌキ二体の横で悪タヌキが慰めにならない慰めの言葉を吐いている。
歩きながらはるかがつぶやいた。
「幼稚園から来ているプリントに、学芸会の案内が出ていたよね」
「うん、お芝居をするんでしょ。テレビドラマみたいなこと?」
「そう、ロビンフッドって書いてあったなあ」
「ロビンフッドって?」
「悪者をこらしめて世の中の人を幸せにした人のお話し」
「それは男の子のお話し?」
「そうなの」
「私は何をするの」
「これからひとりひとり何をするか決めるみたいだけど、女の子はたしか、お姫様とか、木の精とか、ハトとか、蝶々とか」
「えーっ、お姫様なら親指姫がいいなあ」
「親指姫?ツバメに乗って飛んで行くんだよ、恐くない?」
「うーん、ツバメはちょっと怖いかな、カモメだったらいい」
カモメのカッちゃんが喜色満面で、
「そうですか、それは、ぜ、ぜ、ぜ、ぜひ私めに」
そう言うとみんなが笑った。笑い声ははるかの声だけだったが、かずみには風や木々や、そしてあたりの精霊達が笑ったような気がした。向こうの山のお墓からお父さんが見ているだろうか、とも思った。
*
学芸会では一波乱ありそうです。タヌ仙人もタヌキングも重要な役目をもってタヌキ達が訪れるのを待っていたようです。それにしても「運命を左右する男の子」とは何者でしょうか。