第一節 かずみが小学一年生になるまで 〜もうすぐ一年生 その1
タヌキ達が修行の旅から帰ってきたあとからのお話しです。かずみは来春は小学一年生。たぬき達やたくさんの精霊達に見守られ平和な日々を過ごしています。母親のはるかもタヌキ達が無事に戻ってきてくれてうれしそうです。
*連載中の「しあわせのたぬき」 https://ncode.syosetu.com/n8347hk/
第四章から第五章の間の約15年間に起きたことをシリーズとして投稿したエピソードのひとつです。
母と子の二人暮らしが始まって間もなく、気持ちが沈み生きる気力を失い心がすさみかけていた母親「はるか」の前に天使が舞い降りてきた。天使たちはタヌキの姿をした精霊であり「人をしあわせにする」という使命を持って生まれたタヌキだが、人間の夫婦、義明、春美から派生したものだ。その夫婦ははるかの夫、健志が死の床に伏している同じ頃に事故や病気で他界していた。5匹のタヌキは自分達を生み出した両親が死んだ悲しみを乗り越え、出会った母子をしあわせに導こうと奮闘する。心を取り戻したはるかは大切な我が子、「かずみ」を立派に成長させるために仕事と育児の両立をはかろうと決意する。悩ましいのははるかのまわりに時折現れる黒い影や魔物だ。夫の死と何か関係しているのかもしれない。また、夫の死後、タヌキ達が現れるのとほぼ同じ頃に「夫の分身」が現れた。夫が死に際してタヌキ達を見て、自分の死後、妻と子を見守る霊的な存在が必要と心に描き派生させたものではないか、とはるかは思っている。5匹のタヌキ達は5匹で一体であるが、夫から派生したタヌキ(変タヌキ)は善(指南タヌキ)と悪(悪気タヌキ)の二体に分かれている。その二体が時折母子の前に現れては刀を振るなどして争う姿もはるかを悩ませるのだった。タヌキ達は母子を取り巻く黒い影や魔物から母子を守ろうと奮闘する。また、折に触れ母としてかずみにどう対処すれば最良か、のアドバイスをする。タヌキ達の応援をもらい母子の日々の生活が潤い、はるかは仕事も育児も両立ができる自信を持つようになる。タヌキ達は母子がたくましくなるにつれて黒い影もパワーアップをすると予見し、自分達の魔力を高める必要があると言って修行の旅に出た。タヌキ達は7月の新月に出かけ、8月の満月の日に帰ってきた。見た目は何もかわらない。はるかから見て可愛い、優しいタヌキ達だが魔力は向上していた。かずみは来春には小学校へ入学する。かずみの目からはタヌキ達が見えない。タヌキ達ははるかの手助けをしながらかずみの健やかな成長を陰ひなた見守る。だが、タヌキ達にとって「子育て」という戦いは魔物達との戦い以上に悩ましいものとなるのだ。
しあわせのたぬき(全六章) 第四章からつづく
(タヌキ達が旅から出て帰ってきてから第五章までのお話し)
(エピソード2)
しあわせのたまてばこ
月美 てる猫
第一節 かずみが小学一年生になるまで
もうすぐ一年生 その1
「あ、これ、焼尻島の昆布!」
エゾtが着衣のポケットにしまっていた「がらめ昆布」の一片を右前足でつまんではるかに渡した。はるかはティシュペーパーを座布団にして夫、健志の遺影の前に置いた。
「これは我が家のお守り」
そう言って足元のタヌキ達を見ると、エゾtが「だだだだだ」もうひとつ、と、
「え、これは?」
差し出したのはシーマから預けられた秘宝「月光」という「小石」だった。タヌキ達にはその石が何なのかがよくわからない。ただ、両親と暮らしていたあの家のサイドボードに飾られていたものとよく似ている。
「ふうん、キレイね、これ、ムーンストーンかな」
「だだだだだたぬうきたぬうき」旅の終わりころにできた友達がくれたんだ
北海道にはこのタヌキ達と似たような存在がいてその者達と交流してきたんだ、と想像しながら窓に差し込んでいる朝日にその石を照らすと、淡く上品なパステル調の色彩を放ち手に持つ角度によって黄色、ピンク、水色、と色合いを変える。ふっ、とはるかは軽いめまいを覚えた。めまいといっても心地よい、ふんわりとしたすがすがしさで、身も心も清められるようだった。
「どうもありがとう、大切にするね」
はるかは気が付かないが、はるかが月光を手にしたあとに触れたフライパン、包丁、菜箸などがパステル調に淡く光った。
「これからお弁当を作るの。今日はお墓前りに行こうと思って」
そう言ってはるかは、フライパンや菜箸や包丁などを手にして台所で料理を始めた。
「玉子焼きを作るんだ。みんな大好きだよね」
うんうん、とタヌキ達が首をふる。かずみはまだ寝ているようだ。
タヌキ達は昨日の夜、石狩浜から真っ直ぐに「お寺」へ向かって和尚さんに修行の旅から帰った報告をし、そのままお寺に泊まって、今朝、はるかとかずみが住むマンションへ、約束の昆布と、おみやげの「石」を届けにきたのだった。かずみの幼稚園は保育所を兼ねていて幼稚園が夏休みの間も幼児達を預かってくれる施設であるが、はるかはお盆休みの連休がとれていたので、連休中はかずみと一緒の夏休みを過ごしていた。夫、健志にとっては初盆になる。仏壇には盆提灯が飾られている。
「今日は会社から大きな車を借りているの。ねえ、よかったら一緒に行かない?」
はるかの問いにタヌキ達がうなずく。
「そう、みんなでおでかけ、初めてだね」
はるかは嬉しそうに、楽しそうに台所でお弁当を作っている。タヌキ達ははるかにうなずいて見せたが一緒に出掛けることについて多少の不安を感じていた。
かずみにはタヌキ達が見えない。あんなにたくさんの玉子焼きを持って歩いて、それが全部減ってしまってかずみに「お母さんが全部食べたの」などと言われないだろうか。そして、さっきから外で気配がしている精霊の気配。おそらく初盆にあたり、あの「変タヌキ」が家のまわりに来ているのだろう。一緒に連れて行かなくてもよいのだろうか。また、一緒に行ったとして喧嘩をして騒ぎになったりはしないだろうか。思えばはるかの夫が生前に生み出した霊的な存在である変タヌキと、はるかの夫の幽霊が墓場で対面するようなことはないものだろうか。タヌキ達はお盆期間の墓地という場所に行くのは初めてのことであり、自分達がそこへ行くことによってなにかしらの事件が起きはしないかと、思っている。
とはいえ、かずみやはるかと一緒にでかけることは楽しみなことだ。玉子焼きのいい匂いがしている。ふと気が付くと悪タヌキがクンクンとはるかの足元で匂いを嗅いでいる。
「お弁当とは別に、これ、かずみが起きてくる前に食べて」
はるかができたての玉子焼きを6枚の小皿にとりわけソファーのガラステーブルに置いてくれた。6匹はおいしそうにモグモグと食べている。
呼び鈴が鳴った。はるかがチェーンのかかったドアを10センチほど開くとそこに「指南タヌキ」が立っている。
「おはようございます。あの、お盆ですので実はこのあたりでうろうろしていました」
けげんな顔をしてはるかが、
「うろうろしていないで入って来てもよかったのに」
「はい、申し訳ありません」
タヌキ達が修行の旅に出ている間、マンションのまわりは鳥の精霊達が厳戒態勢で警備に当たっていた。はるかが会社へ通勤する際も、かずみが幼稚園にいるときも、行き帰りにぴったりとハヤブサやトビが母にも子にも付いていた。母子が二人で買い物に出かけると、トビの一羽が先に立って歩き道に転びそうな小石があるとあらかじめよけてくれたし、風の強い日、かずみが幼稚園の花壇に植えたヒマワリが倒れないよう数羽が昼夜ささえてくれたらしいし、かずみと親友のひかるちゃんがよく二人で遊んでいるボールが他の子に取られないよう、朝からずっとボールを見張っていてくれたり。ただ、たまに「そこまでしなくてもよいのではないか」「そうだ子供は困難を乗り越えることを自ら学ぶ必要がある」などと激論をすることもある。そんなときにカモメのカッちゃんやトビ達が指南タヌキや悪気タヌキに意見を求めている。指南タヌキも悪気タヌキもいつも遠巻きにマンションを見つめていた。悪気タヌキは誰に話しかけられても無言だが、指南タヌキは困った顔をして「あの親子さんのことは私達には決められませんが」と言いつつ、「でもそういう場合はこうしたらいいかがでしょう」などと客観的な立場で答えている。
とにかくその親子が気になって仕方ない変タヌキである。とりわけお盆期間中については、自分達はどうしたらよいものかといままで思案していたらしい。
「お盆は家に入れてもらってもいい期間かもしれないと思いながらためらい、今日に至っておりました」
と言う。
夫の分身のような彼らがいつも見守ってくれていることについては実は嬉しいはるかである。ただ、悪気と善気の二体に分かれている、というのがどうにも困るのだ。
「もう一人のほうも来ているの?」
「はいあそこに」
チェーンをはずしてドアを解放し、指南タヌキの指さす方を見ると、マンションの通路の端に向こうを向いて立っている悪気タヌキの姿が見える。
「わるわるわるわる」あいつの世話は俺が見るよ
いつのまにか玄関にきていた悪タヌキが言う。悪モノ同士、気が合うだろうか。ただ、悪タヌキは5匹と感情のバランスを取りながら理性を保つことができる。悪気タヌキはその限りではないのだ。はるかは悪ダヌキのことも嫌いではない。「ワルちゃん」と呼ばれるほどの悪さは感じていない。悪ダヌキのことを信用しようと思う。
かずみが起きてきた。
「お母さんまた誰かいるの」
「ううん、ひとりごと」
かずみは外に指南タヌキを残してパタンと戸を閉め、かずみに、
「今日はみんなでお墓に行くよ。顔を洗って、着替えをしてきて」
「え、みんなで?」
「う、うん、そう、そう、お母さんが車の運転をするから。車にお弁当とかいろいろ、みんな積んでね」
外にも聞こえる大きめの声でそう言い「さあさあ」と、洗面所にかずみを誘導して、はるかはお弁当づくりを続ける。
タヌキ達は玉子焼きを平らげ、お皿を片付けてくれていた。かずみの後ろに並んで顔を洗う順番待ちをしている。
お墓参りに行く車はレンタカーで、と思っていたが、お盆休みの期間ということもあって社用のワゴン車を借りることができた。祖父である会長の崇が根回しをしてくれていた。崇やその他親族も一緒に、ということかと思ったのだがそうではなかった。母と子の水入らずでお盆を過ごせ、ということなのだろう。健志が亡くなってから何かと気にかけてくれている祖父である。いまのマンションについても社宅として借りているのだが当分住んでいてもかまわないようだ。
「お母さん、今日の車大きいね」
「そう、ゆったり乗れるでしょ」
「二人で行くの?」
「うん、そう」
ワゴン車の後部座席にはタヌキ5匹と悪タヌキ1匹、それに指南タヌキ1匹がすでに乗り込んでいる。悪気タヌキが最後部でじっと後向きで正座している。
健志の墓地は市内の郊外にある。
「あなたたちのパパ、ママも初めてのお盆でしょ?行かなくていいの?」
出発前にかずみに気づかれないよう小声でタヌキ達に聞いたが、タヌキ達は、
「だだだだだだだたぬうき」行けば悲しくなるから
「えぞりんえぞりんえぞりん」昨日、お寺でおがんだから
「たぬりんたぬりんたぬりんたぬりん」カッちゃんがお参りに行くって言ってたし
「ぽんぽんぽんぽこぽこぽん」お昼のお弁当はお昼に食べるの?
「たぬたぬたぬたぬたぬたぬ」覚えていたらまた会えるんだよ
「え?覚えていたら会える?」
修行の旅で出会った精霊シーマから聞いた言葉だ。生きている者の記憶の中で死んだ者が生きていられる、ということ。タヌキ達は理屈ではなくきっとそうだと確信していた。
「そう、そうなんだね・・・。じゃあ、私達は一生懸命、生きていなくちゃね」
タヌキ達と一緒にはるかも力強くうなずいた。横で聞いていた指南たぬきがだまってはるかを見つめる。悪気タヌキは後ろ向きでだまって目を閉じている。
5匹のタヌキは両親を失ってから約半年、墓地の前でじっと動かずに冬を越したが、春先に訪れた母親の親友が読み上げた手紙、「生きてください」という母親からのメッセージで目覚め、生き続けてその母親が望んでいた「かずみの幸せ」を見守ることを決意した。どんなことがあってもその約束は守ろうと思っている。そしてタヌキ達を応援する仲間達が手助けをしてくれている。
はるかの夫、健志は死の淵にあって偶然この5匹のタヌキを病室で見かけ、同じように自分の死後に母子を見守る守護霊のような存在が欲しいと願って、その「変タヌキ」の二体が健志から派生したようなのだ。はるかの一族にはある特殊能力があり、霊的なパワーを操ることができた。ただ、死の淵にあった健志にはそのパワーを充分に生かすことができず、善と悪のバランスを取った一体を生み出すことができなかったのだ。健志から派生した精霊の一体はすぐに善と悪の二体に分かれ、悪の一体は母子に危害を加えようとする、善の一体は母子を守ろうとする。
だが、次第に二体の争いの頻度は少なくなり、いまは悪気タヌキもいきなり母子に襲い掛かるということはしなくなっている。はるかはこの二体とどう向き合って行けばよいか悩ましく、また、この二体もこの先どう生きていけばよいかがわからずにいる。ただ、夫の死後も健気に仕事に育児に頑張る妻と、その母子を応援する精霊達の存在、そして、「生きている者の記憶の中で死んだ者が生きて行ける」というタヌキの言葉から、二体の精霊は自分達の役目はもう終わっているのではないか、と思い始めていた。5匹のタヌキや悪タヌキと出会い、その剣術指南役になったが6匹はだいぶ上達をし、基礎力はついた。タヌキ達は人を幸せにするという明確な目標をたて、魔力を高めようと修行の旅に出てひとまわりもふたまわりも大きく成長をして帰ってきたように思う。自分達にこの先できることは何だろうかと考える。やはりこの母子を陰ながら見守ることしかないと思う。
指南タヌキはこの母子を見守ることの喜びを感じていた。また、将来起こりうる争いへの不安をぬぐいきれない。自分達、特に分身である悪気タヌキを利用しようとした邪な人間、はるかが務める会社に潜む黒い影が気にかかるのだ。
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はるかの夫が亡くなってまだ半年ですが、いろいろな精霊がこの母子を見守ってくれています。お盆のお墓参りでは思いがけない「出会い」が待っていました。