第二話「貴方は?」
「単刀直入にお尋ねします。貴方は何者ですか? 返答次第では殺します。」
私はクラウルに剣先を向けながら、そう問いかけました。
「ど…どうしたの? いきなり...。」
彼女の動揺は眼を見ただけでも十分伝わって来るほどでした。
普段から陽気で楽観的な性格である彼女が、このような表情を見せるのは初めてでしょうか。
「貴方と会話をしていて気がついたのですが、話が微妙に食い違ってはいませんか。」
「………………。」
もし彼女が、本当に、ただ結婚に対して不安に思っているだけなのであれば、私は一刻も早くこの剣をしまい、謝罪しなくてはなりません。
ですが、目の前にいる彼女が全くの別人で、他の国のスパイが変装していると言うのであれば...。
ここの判断は重要です...。選択を誤れば、この国が崩壊してしまう恐れがありますから...。
両国の重要人物が多く集まる今回の結婚式において、厳戒になるのは当然のことです。
いつでも危険を感知できるように細心の注意を払い、少しでも怪しい事が有れば即座に対処しなくては。
「どっちなのですかっ! はっきりして下さいっ!」
「わ…私は…。」
…クラウルは完全に怖気づいているようでした。
少し口を開いたっきり何も喋ろうとはせず、ただ視線をあちらこちらに動かしているだけであるため、怪しさだけが募ります。
何か言いたげなのは確実ですが、一向にその喉に詰まっている言葉を言おうとしません。
…本物であれ偽物であれ、ここは潔く否定すればいいものの何故そうしないのでしょうか。
「私はオーカスト・クラウルよ」とはっきり主張しない理由は?
解らない…。彼女の真意が。
でも、仮に偽物で有れば、一度私がこの部屋から出ていった時に逃げ出した方が良かったはず。
また、その時の私は国の姫様の様子が変だという事に取り乱していたため、うっかり色々言ってしまったような気がします。
そして迂闊にも彼女から目を離し、この部屋から出てしまいました。
並のスパイなら、それまでの経緯から自分に疑いがかけられている事を察し、逃走すると思うのですが。
しかし、彼女はこの部屋から逃げ出さなかった。
それは彼女が本物だからでしょうか。それとも、偽物が別にバレる事はないだろうと高を括っていたからなのでしょうか。
深く考えれば考える程、解らなくなってきます...。
とりあえず、彼女の返答を待ちたいと思うのですが。
しかし、数十秒が経過しても無言のままであるため、以前と変わらず部屋は静寂を保っていました。
…このままでは話が進みそうにありません。
もっと強く脅さないと…!
そう思い、剣先を相手の喉元に向け、一歩を慎重に踏み込みながら接近すると——
「ファニー違うのっ! 話を聞いてっ!」
「……!!」
私はその場で立ち止まりました。
…部屋中に轟くような大声で自分の名前を呼ばれたためか少し怯んでしまいました。
「話とは…?」
私がそう聞くと、彼女は膝から崩れ落ちるようにして座り込みました。
「誤解を招いてしまってごめんなさい。私はクラウルです。あなたの親友の...。でも、サーニン様との結婚が不安で...。それで、極度の緊張からか毎晩ぐっすりと眠れなくて...。体調を崩し、記憶も少し曖昧になっている状態なのです。」
彼女は今にも泣きだしそうな顔でそう言いました。
「……。」
果たして、本当にそうなのでしょうか。
正直なところ、私も焦っています...。
確かに、不安等のストレスから身体の不調が起こることもあり得るでしょう。元気がない理由も納得出来ます...。
ですが、長年にわたり貴方と一緒にいるせいか、直感的にいつもと何かが違うような気がします。
顔や姿が同じでも、些細な仕草に違和感があるのです。
さっきだってほら、貴方が私に敬語を使ったことなんて今までありましたか。
…でも、仮に偽物だった場合、本物の彼女は今どこに居るのでしょうか。
少なくとも、昨日まではいつもと変わらない様子であったので、昨晩から今朝にかけて入れ替わったことになるのですが...。
結婚式が終わるまでは警備にあたる兵士の数も多いため、それを掻い潜るというのはとても困難だと思います。
でも、兵士に裏切り者がいたとしたら...。そのように考え出すとキリがありません...。
いや、そもそも私は彼女を殺せるのでしょうか。
姫様と使用人という立場でも、私を対等に友人として扱ってくれた彼女を殺すことなんてできますか。
たとえ、偽物と判明した場合であっても、彼女と同じ姿をした人を斬るなんて...。
国の存命がかかっていると言われても出来るかどうか…。
それなのに、私は今何をやっているのでしょうか。
結局、[仕事として]こんな事をやっていても、殺す覚悟がないのであれば、そこに意味なんてありますか?
というか、[自分と同じ見た目と声を持つ人物]って、この世界中を探し回れば見つかるものなのでしょうか。
本当に居るのですか? そのような人物。
…やはり、私の杞憂なのでは?
きっと、私が敏感になり過ぎているせいで、貴方は今とても迷惑していますよね...。
様々な憶測が飛び交う中で、そこから正しい選択する…というのは難しく、また、明確な根拠がないのであれば、自分の感情に従うのが最善策…そうですよね。
…合っていようが間違っていようが、自分にとって満足できる結果に辿り着くはずですから。
「なるほど。わかりました。怖がらせてしまい申し訳ございません。」
私はそう言い、手に持つ剣を鞘に納めました。
そして、泣いている彼女を抱きしめました。
…数分後、クラウルは泣き止むと、私の顔をじっと見つめてきました。
彼女と目が合ったとき、その透き通った緑の瞳が美しくも怖くて...。
この瞳を受け入れるということは、私はこれから先どう転んでもいいように覚悟を決めなければならない…そう思うと、不安の波に搔き立てられます...。
ですが、部屋中に漂う重い空気は少し緩和したような気がしました。
「私こそ、変な反応をしてしまって…。ごめんなさい。」
彼女はそう言いながら徐に立ち上がりました。
支えになろうと思い手を伸ばしたのですが、彼女はそれよりも早く立ち上がったため、困惑しました。
体調は大丈夫なのでしょうか。
いや、ここは意外と元気そうで良かった…と受け取ることにします。
とりあえず、クラウルの体調を国王様に報告するため、容態を把握する必要がありますね。
「クラウル。どうぞ、こちらの椅子にお掛け下さい。」
彼女を椅子に座らせ、まずは額に触れて熱がない事を確認します。
「体温は平気そうですね...。どこか、具合の悪い箇所はありますか。」
「えーっと...。頭痛がする。」
「頭痛ですね。他にありますか?」
「ううん...。今はそれだけかな。」
「かしこまりました。では、頭痛の悪化を防ぐため、ベッドで横になっていてください。直ぐに回復魔法が使える医師を呼んで来ます。」
今度はしっかりとクラウルをベッドまで支えました。
…口には出しませんでしたが、歩き方に安定感があることから、彼女の容態はそこまで酷くないようです。
そうと判って内心少しほっとしていると——
「ありがとう...。でも、お医者様に頼むほどの事でもないから。」
彼女はやや引き攣った笑顔でそう言いました。
やはり無理をしているのか、それは裏面付きの笑顔であるといえます。
「お気遣いありがとうございます。ですが、何かあってからでは遅いので...。」
いや、それよりも、体調が優れないというのに、彼女に気を遣わせてしまうなんて。
私は使用人失格ですね。
心の中でそう思いながら、彼女の傍を離れようとしましたが——
「ま、待って...! 頭痛よりも、記憶が欠けているほうがヤバいと思うから、その道に強い人を呼んで来てほしいのっ!
あ、いや、その...。ほら、頭痛は時間が経てば治るけど、記憶は戻らない可能性もあるから...。」
彼女は私の腕を掴み、必死にそう働きかけてきました。
…どうやら、この様子だとあの御方の事まで覚えていないようですね。
あの御方の魔法は、戦争のトラウマによって幼少期の記憶を失ってしまった…という男性の、その失われた記憶を完全に元に戻したということで、巷でも大変有名なのですが...。
「私が今お呼びしようとしているのは、いつも貴方が怪我をした時に、よくお世話になっている回復魔法を使う医師ですよ。
ほら。身体の治癒だけではなくてメンタルヘルスや記憶の復元にも精通している——」
あ、そもそも覚えてないのであれば思い出すこともできませんから、この説明は無駄ですよね...。
逆に、どの辺りまでのことなら覚えているのでしょうか。
私は彼女の記憶がどのくらいまで失われてしまったのか把握するため、簡単な質問をすることにしました。
「クラウル。自分の誕生日は思い出せますか?」
いくら何でも、頭痛如きで自分の誕生日を忘れるということは流石に無いと思いますが...。
一応、確認のためにそう尋ねると、私の予想とは裏腹に彼女は困った表情で——
「誕生日…。」
そう言ったきり、何も答えようとはしませんでした。
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…まだ生きてます。ソシャゲー沼から這い上がってきました。