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第一話

「………えっ。」




目を覚ますと、そこは見知らぬ場所であった。




一体何が起きたのか。困惑せずにはいられない。




ありのまま話すと、自分の部屋にてゲームを起動した直後、パソコンのモニターが猛烈に輝きはじめ、気がつけばこのような白い壁で覆われた円形の部屋にいた。しかも、扉や窓、家具等が一切なく、あるのはパソコンだけ。




「嘘でしょ...。なんなのこれ...!」




状況を全く飲み込めず、心臓の鼓動は激しさを増す。


感情に任せて壁を力いっぱい叩いてみるが、手から伝わってくる振動は重く、まるでコンクリートの壁や岩そのものを叩いているかのようであった。




泣きながら絶望感に浸っていると、急にパソコンのモニターに何やらテキストが表示された。




「プレイヤー名………波雲…香乃。」




そこに映し出されたのは紛れもなく私の名前であった。


何故自分の本名が表示されているのか…深く考えると益々気持ち悪くなる。




また、画面右下には「ロード中…」と表記されており、それがやがて「ロード完了!」に変わるまで、あまり時間はかからなかった。




ロードが終わるや否や、何やらオープニングのようなPVが流れ始める。それを見る限り、どうやらゲームの舞台は中世を模しているようで、丈の長いドレスを着た女性や、甲冑を着た騎士の男性などが映し出された。




オープニングが終わると、「ブチッ」という音と共にモニターの画面が真っ暗になった。




…何が始まるのやらと、気構えていたが、数十秒が経過しても未だに反応がない。


恐る恐るパソコンに近づき、出力ボタンを押したり、本体を叩いたりしたが...。特に先程と変わった様子は無く、次第に焦りや不安等が芽生えた。


え、まさか壊れた...? いや、そんな...。もし、ホントに壊れてしまったのなら、私はここにずっと閉じ込められてしまうの? 最後の希望が...。


いや、きっと何かできるはず。 あーもうお願いだから動いてよ!




負の感情に支配されてしまった私は手当たり次第に色々なボタンを押したり、感情に任せてキーボードを叩いたりした。


…暫くの間そのように足搔続けたが、何も起こらないため本気で頭を抱えこんだ。




顔を真っ青にしながら、もう駄目かもしれないと思った。


…行き詰ってしまったため、その場でじっとしていると、なにやらパソコンのスピーカーから音が鳴っていることに気づく。




「何か聞こえる...。」




私はスピーカーに顔を近づけ、耳を澄ませてその音を聞いていると———




「こんにちは! カノちゃん!」


「うわぁっ!」




…大音量で自分の名前を呼ばれたため、驚いて後ろに倒れた。




「ごめんごめん。びっくりしちゃったよね。大丈夫?」


「だ、誰...?」




私は身体を起こしながら、パソコンへ問いかけた。


もしかしたら、通話のように誰かが遠隔で喋っているのかもしれないと思った。


…しかし、どうやら違うらしい。




「僕はこのゲームのガイド役のAI。カノちゃんが今からプレイする、実体験型恋愛シミュレーションゲーム[回生のクラウル]の進行サポートを務めるよお。」


「実体験...シミュレーション...?」




なんだそれ。というか、実体験型って何。


VRゲームのように、頭に機械を装着して仮想世界を疑似体験できるというような仕組みであれば理解できるが...。


今自分の身に起こっている状況は、それとは全く異なるものであるため、混乱する一方だ。




「まあ、簡単に言えばキミの意識そのものをゲーム内に転送しているだけだよ。」


「………………。」




…そんな馬鹿げた話がある訳無いと言いたいところだが、今現実に起きている状況から、彼の言葉を信用する他ない。


人の意識をゲームに転送する...。そのような技術が既に確立されていたということに驚く。




まだ完全に落ち着いた訳ではないが、目が覚めた当初よりかは大分冷静に物事を捉えられるようになった。




「そ、そうなんだ。それよりも、私、どうなっちゃうのかと思ってすごく不安だったけれど、あなたのような話相手がいてホントに良かった...。」


「いやあ、そう言って貰えて嬉しい限りだよお。このゲームのことは何でも聞いてね。」


「うん...。」




彼はそう言うが、質問したい事が多すぎて何から聞くか迷う。


…このゲームの仕組みや製作方法なども気になるが、ひとまず重要な事から聞いていくことにした。




「じゃあ。早速だけど、どうすれば現実に戻れるの...?」


「このゲームをクリアすれば戻れるよ。あ、でも安心して! クリアするのにあまり時間かからないから。」




ゲームをクリア...。でも、それって裏を返せばクリアするまでここから出られないって事なのかな。


…え、だとしたら結構ヤバくない? 




「ねえ...。ということはつまり、このゲームをクリアするまではここから出られ——」


「あ、カノちゃん! そろそろプログラムの読み込みが終わるから、ゲームが開始されるよ! まあ、ゲームが開始してからも僕と会話できるから。何かあったら気軽に聞いてね。」


「えっ。ちょっと待っ...。」




話を軽く流された。いや、それよりも、まだまだ聞きたいことが山ほどある。


…慌ててパソコンに話しかけるが、返事は返ってこない。




それから僅か数秒後、突如、天井から床にかけて部屋全体に黒い線が浮かび上がった。


細い線から太い線まで様々であるが、それらが繋がったり交差したりして、家具や扉、人型の輪郭等を構成した。


部屋が描画線によって埋め尽くされると、今度は色が塗られていった。


色が浸透するにつれ、描かれた絵達はゆっくりと動き始める。




「すごい...。」




美術の教科書に掲載されていた現代アートの写真を見て感動した事があるが...。


目の前で起こっている現象は、その時の感動以上のものであり、永遠に眺めていられるとさえ思う。




ついさっきまでは真っ白で殺風景だった部屋が、瞬く間に外国風の家具に覆われ、窓からは太陽の光が差している。


…狭く心苦しかった空間から広くて解放感のある空間に落ち着いた。




変化が終わってからも暫くの間その余韻に浸っていると——




「……ウル。クラウル。」


「…はえ?」




自分の世界に没頭しており、気がつかなかったが、さっきから誰かに呼ばれている。


私はふと我に帰ると、すぐさま声のする方に振り向く。




「クラウル。どうしたのですか? 何か悩み事でも?」


「え...。えーっと。」




振り返った先に居たのは、メイド服を着た女性。


手には箒を持っており、見るからに使用人っぽい格好をしている。




「い、いや。その...。」




いきなり話しかけられても応答に困る。特に、普段から会話を全くしない私にはハードルが高い。




クラウル…って多分、私の名前だよな。ゲームはもう既に始まっているようね...。


それよりも、こんな時ってなんて返せばいいのだろう。コミュ障なりに必死で考えるが、良いセリフが浮かばない。




…相手の顔を直視できず、俯いて下ばかり見ていると、彼女はそんな私に呆れたのか、ため息を吐く。




「やっぱり、サーニン様との結婚が不安なのですね。貴方の御父様も、貴方の気持ちをもっと考えて下されば...。」


「………!」




え、結婚? いきなり?


予想外の言葉に戸惑う。そんな私を見て、メイドは首を傾げる。




「その事で悩んでいたのでは?」


「そ、そうかな...?」




とりあえず、その場凌ぎで返事をしたものの...。同時に疑問が浮かぶ。


…そもそも、このゲームは恋愛ゲームであるため近いうちに結婚するのならもうクリアではないのか。




というか、恋愛のシミュレーションゲームなのに相手の顔すらわからないまま結婚するとか、それはもうゲームとして成り立っていないのでは...?




謎は深まるが、とりあえずゲームを進めて様子を見るか。


そんなに時間がかからないゲームであるのなら、このまま道なりに沿ってクリアできるのかもしれない...。




「クラウル。我らは貴方に感謝しています。貴方の勇気ある決断のお陰で、この国はまだまだ存続できるのですから。」


「は...はあ。」




何故か感謝された。理由は不明だが...。




ただ、メイドの発言から、この国が何かの危機に晒されている事は理解できた。


しかし、では具体的には何がどう危機ある状態なのかと問われても、それは全く解らないため、何故か感謝されたという認識以外生まれない。




「あ、あれ...? 勇気ある決断って…私、何かしましたっけ?」




相手を変に刺激しないよう、恐る恐る尋ねてみる。


すると、メイドは何やら驚いた様子で———




「はい? も、勿論、政略結婚のことでございます。ええっと...クラウル。先程から何か様子がおかしいように思えますが、どこか調子が悪いのでしょうか?」


「え、えっと...。特に異常は——」


「ああ、なんてことでございましょうかっ! クラウルがおかしいっ! それも自覚できていないほどにっ!

すぐさま幽閉して治療に専念しなくてはっ! そうしなければ、私達メイドが一斉解雇されてしまうっ! いや、それだけで済めば良いけど、国王様の気分次第では、一体どうなることやら...。結婚式は二週間後だからそれまでに治す必要があって...。ああ、でも、クラウルにもし何か病気が見つかって、その結果、結婚が白紙になってしまったら...。王様がどうこうではなくこの国自体が...。」




…メイドの取り乱しっぷりは異常であった。


何かに憑依されてしまったかのように見える程だ。




「ちょ...。ちょっと落ち着いて下さ——」


「落ち着いていられますかっ! クラウル。そこでじっと待っていてください。今直ぐ治療に取り掛かりますのでっ!」




そう言いながらメイドは部屋を出ると、走ってどこかへ行ってしまった。




「な、なんだいったい...。」




メイドが居なくなったことで、部屋は再び私だけの空間となった。




で、ここから何をすればいいのか。


彼女はここで待っていろと言っていたが...。


でも、私を幽閉するみたいな事も言っていたよな。ならここに居ないほうがいいのでは...?




…決断に迷っていると、部屋の中心に置いてあるパソコンから声が聞こえてきた。




「彼女はファニー。キミの使用人であり、親友でもあるよお。性格は…情緒不安定と言うべきかな。」


「私の親友...?」




聞き慣れない言葉に違和感を抱く。


同時に少し嬉しさを感じた...が——


…今の状況は、まさしく棚から牡丹餅と言っていい。

そのような関係を築き上げた本当のクラウルが羨ましいなと思った。


だからこそ、ファニーとクラウルの関係を壊してはならないと私は決心する。



「ガイドさん...。ファニーは何が好きなのかな。趣味や特技はある? あ、あと何歳なのかも知りたい...。彼女のことをもっと沢山教えてほしいの。」


「それはいいけど、本人から直接聞くのはどう? 親友ならば、会話をすることも苦じゃないと思うよお。それに、いくらゲームの設定であっても、相手はそのつもりで話しているからね。重い話や些細な話、それらを通じて気持ちを共有することはとても素敵なことなんじゃないかな。」




なるほど...。そういうものなのか...。


生まれてからこの歳になるまで、親友と呼べる人はおろか、友達だって居なかった。


それ故か、彼の言っていることは正しいとか関係なく、今まではそのような考えを持ち合わせていなかったこともあり、とても参考になった。




「うん...。そうするね。ちょっとだけ頑張ってみる...。


あ、そういえば、私もこの部屋から出ることってできる?」




ここで、先程ファニーが扉を開けて部屋から出ていったことを思い出した。


…もしかすると、自分もここから出られるのかも。


ただ、その場合パソコンから離れてしまうため、ガイドのサポートは受けられない可能性もあるが...。




「ちゃんと、出られるよお。例えるなら、あの白い壁で覆われた部屋は、メインメニューのようなもので、今のこの部屋は唯の部屋。普通のゲームでも、キャラクターはメインメニュー画面内では動けないけど、ゲームを始めると、その世界の中を自由に動き回れるでしょ。ちょっと説明が難しいけど、そんな感じかな。」


「じゃあ、セーブもあるの? 近頃、セーブ機能のないゲームなんて聞いたことないけど...。」


「勿論あるよお。まあ、その役割も僕が担っているけどね。セーブをすると、いつでもその場面から巻き戻すことができるよお。あっ!そうそう、この部屋にいちいち戻ってきてセーブするのも面倒だよね。ちょっと待ってて。携帯型コンピュータに変身するから。」




ガイドがそう言うと、パソコン全体に何本もの亀裂が入り、バラバラになった。


…パソコンの破片の山を手でかき分けると、中からスマートフォンとそっくりな機械が出てきた。




ゲーム上の中世的な時代背景に全く合っていない近代的なものであるが、手に持ってみると、身近なもののように感じる。 それは、私が現代人だからなのか。


…手に持った際、画面にチラッと写った自分の顔を見て驚愕した。




「え、誰...? この人。」




真っ黒な画面に反射して写しだされているのは、見慣れた私の顔とは遠く離れていた。


顔の彫が深く、大きな瞳にパッチリな二重。それに加えまつ毛が長くて、鼻筋も良い。


こんな顔に生まれ変わりたいといくら願ったことか...。




…どうやら、部屋が変わるのと一緒に、私の姿も描画されていたようだ。


また、顔だけでなく着ている服も、ありふれたようなデザインの制服から、白や紺の生地に金色の糸を惜しみなく使ったような、豪華なドレスになっていた。




「キミはクラウル。この国の王様の娘…という設定だよお。普段の性格は、明るく活発で元気一杯のお馬鹿系女子って感じかな。」




…自分の変貌ぶりを見て楽しんでいると、手に持っているスマホから何の予備動作もなく音声が流れた。




どうやら、私が乗り移る前のクラウルの性格は、エネルギーに満ちていたようだ。


そんな彼女に、真逆の性格である私が乗り移ってしまったのだから、ファニーがその違い様に困惑するのも頷ける。




「…と言うと、誰かと話す際は明るい感じで接する必要があるの?」




ガイドにそう尋ねると、彼は「そうだよ。」と答えた。




マジか…。結構難しいなそれ。




ちゃんとやっていけるか心配に思っていると、バタンっという音と共にドアが勢いよく開く。


何事かと思ってその方向を見ると——




「えっ…。」




そこには、騎士が着るような甲冑を身につけたファニーが立っていた。また、その手には刀身の長い剣が握られており、殺伐とした雰囲気を醸し出している。


…さっきまでの彼女とは全く違って見えた。


「あ、あの...。その格好は——」


「単刀直入にお尋ねします。貴方は何者ですか? 返答次第では殺します。」



私は固唾を呑んだ。




ご愛読して頂き、ありがとうございます。面白ければ、ブックマーク・評価をよろしくお願いします。


…明日のバイトめんどくさすぎるぜ。あ、今日だった。

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