プロローグ
「…では、もうそろそろ時間になりますので、これにて六限目の授業を終了します。今日一日お疲れ様でした。」
先生がそう言うと、周りの生徒達が一斉に騒ぎ始める。
先程までの静けさは一体何処に行ってしまったものか。
「は〜。世界史マジだるかった〜。」
「あいつの授業、すぐ眠くなるよね〜。教師より催眠術師のほうが向いてんじゃね。」
「それな〜。しかも声小さくて何言ってるのかわからないし。聞いてるやついるの?って感じ。」
…先生が教室から去った数分後、近くの席の生徒達はいつもの様に彼に対する愚痴を言いだす。
それを傍らに聞きながら、私は家に帰る支度をする。
「カノさん。消しゴム忘れてるよ〜。」
黙々と作業に没頭していたら、隣の席の人に話しかけられた。彼女の手には私の消しゴムが握られており、それをぶらぶらと揺らしながら強調している。
「あ...。セツカちゃん。どうも。ありがとう。」
そう言いながら彼女から消しゴムを受け取ると、そこから逃げるようにそそくさと教室から出ようとするが———
「今日もお家で勉強するの?」
そう尋ねられた。
私は、咄嗟に「うん。そうだよ。」と答えるも、彼女は続けて
「そっか。頑張ってね。今度、数II教えてね〜。」と笑顔で言った。
普通ならここで微笑みながら「うん。オッケーよ。」と返せば良いのだが、会話が苦手な私は何度か頷くことしか出来なかった。
教室を後にし、廊下を駆け足で歩く。
その最中、教室移動から帰ってきた他クラスの生徒達とすれ違った。
彼らはそれまで楽しそうに笑っていたが、正面から私が来ると道を開けるため、会話を中断し廊下の端に寄った。
何だか申し訳ないなと思いつつ、彼らの横を通り過ぎるも、背後から再び賑やかな笑い声が聞こえた。
…自分が思い悩んでいる事なんて、他人からみれば全然大したことでは無いのかもしれない。
咄嗟にそう思った。
友達か...。どうやってつくればいいのか。そもそも、まず人に話しかける方法がわからない。
顔を見て話せなければ、会話を続けることもできない。
果たして、これらの問題に対する解答はあるのか。
…いくら考えても埒が明かないな。今度、心理カウンセラーの先生に相談してみよう。
階段を降りて昇降口へと向かい、靴を履いて校舎から出る。
六限目の授業が終わってまだ間もないためか、校庭には誰もいない。
閑散とした空間は何処か寂しさを漂わせるも、歩いているうちに慣れ始めた。
…校庭の端で咲く一輪の花を見て、親近感を抱いた。
「はあ...。暇だなぁ」
帰路に入って気が緩み自然と独り言を呟いた。
急いで学校を出た割に、やることが無くて退屈する。
だが、喫茶店等に行ったとしても、あまり気分が落ち着かず、すぐに帰りたくなってしまう。
結局のところ、自分の部屋が過ごすのに最も適しているのだろう。
ただ、家に帰ってもやることと言えばスマホをいじるか寝るかの二択に限られるが…。
そのようなことを思いながら歩いていると、通りかかったゲームセンターの入口に貼ってあるチラシが目にとまった。
「あ...。あの音ゲー、バージョンアップするんだ。」
そのチラシには、私が中学生の時にハマっていた音ゲーについてが書かれていた。
当時は暇さえあれば近くのゲーセンに通い、一人で一日中音ゲーをやっていた。
しかし、高校に入ってからはそういう事を一切しなくなった。
久々にやってみようかとも思ったが...。入店するのを躊躇ってしまう。
…最近はプリクラ目当てに女子学生の集団がよくゲーセンに訪れるが、そんな彼女らが音ゲーを夢中でプレイしている十七歳のJKを見て、一体何を思うのか。
そう考えるとやっぱり私には無理だ。メンタルが一瞬でやられてしまう。
よし...。やっぱりいつも通り帰ろう。たまにはちゃんと勉強でもしようかな。
そう決心した直後、すぐに前言撤回することを余儀なくされる。
「あっ! そうだ! 忘れてた...。ソフトオフ行かないと。」
大事な用事を思い出した。
…実はずっと欲しかった乙女ゲームが、ついこの間、あるリサイクルショップにて格安で販売されていたのだ。
まあ、その時はお金が足りなかったため仕方なく帰ったのだが。
よし...。ダッシュで買いに行こう。古いゲームだし、まだ売れていないはず…。
急遽、目的地を家からリサイクルショップへ変更し、私は急いでそこへ向かった。
———————リサイクルショップにて———————
「がーん、うっそでしょー。」
思わず心の声が漏れた。
どうやら、私が欲しかった乙女ゲームは売れてしまったようであった。
店に着くまでに、どのルートを攻略するかなどを一通り考えていたためか、買えないとなった途端に生じるショックは計り知れない。
はあ...。激萎え。もう帰って寝よ。
…いや、待てよ。もしかしたら移動しただけかも。それか、もう一つくらい売っている可能性もある。どちらにしろ、諦めるのはまだ早い。探せばまだあるはず...!
しかし、いくら探しても見つからない。やはり無いのか…そう思った時——
「あれ? このゲーム。」
棚には数々のゲームのパッケージが並んでいるが、その棚の隅っこにポツンと置いてあるゲームのディスク。それだけは何故かパッケージに入っておらず、音楽のCDをいれるような簡易的なケースに入っていた。
値段はおろか商品名も書かれていない怪しさ満点のゲームだが、同時に好奇心も湧いて来た。
誰かの忘れ物とか? あ、でもバーコードがついているから売り物だよな...。
最初は放っておこうとしたが、このゲームの内容はどうなのか、何故パッケージが無いのか…等、色々考えていると居ても立っても居られなくなった。
うーん、やっぱ気になる...。よし、店員に聞いてみよう。まずはタイトル名から...。
私はそのゲームを手にとり、レジに持っていった。
「いらっしゃいませー。」
店員の女の人は、素晴らしい営業スマイルで光を解き放ち、周囲を照らす。
その眩しさに圧倒された私は、ついうっかり何も言わずに、ゲームをカウンターの上に置いてしまった。
あっ...と思ったが既に遅く、店員はバーコードをスキャンしてしまい、レジの小計画面に金額が表示された。
「1020円になります。お支払い方法は如何になさいますか。」
「え…っと。現金でお願いします。あ、いらないです…レジ袋は。」
「かしこまりました。」と店員が答える。
私は財布からお金を取り出し、支払った。
レシートを見ながら何だかやるせない表情を浮かべる私について、何か思うところがあったのか、店員は優しく微笑むと、
「お買い上げありがとうございます。どうぞお楽しみ下さいませ。」
と言って気遣ってくれた。
私は何度か頷きながら「ありがとうございます」と言い、その場を後にした。
別に買うつもりはなかったが...。いや、でも、店員に色々質問したら、自然と買う流れになってしまうよな。じゃあ、やっぱりこのゲームは私に買われる運命だったのかもしれない。
よし、ならば買ってよかった。大満足! これで今夜も熟睡できるな...。
不本意ながら購入してしまったものの、自分に言い聞かせて無理矢理納得すると、段々そのゲームのことが気になり始め、調子の良さが戻った。
…我ながら都合の良い性格で助かる。
それはそうと、さっき受け取ったレシートを見る限り、このゲームの商品名は「恋愛試作ゲーム02」と言うらしい。
…大手企業が販売するにはあまりにもタイトルが適当すぎるような。個人によって製作されたゲームなのか。
まさか、同人ゲームというやつ?
幼い頃から数多くのゲームに手を出してきたが、このような得体の知れないゲームをプレイするというのは、少なからず新鮮さを感じる。
恋愛ゲームと言いつつも、もしかしたらギャグ満載のゲームだったりして...。ちょっと楽しみかも。
よし、ソッコー帰ろう! 今日のカノちゃんはご機嫌だぜー!
…帰る途中、ノリノリでステップを刻みながら歩いていると、それを見た小学生に笑われた。
—————家にて—————
「ただいまー。」
勢いよく玄関の扉を開ける。
まあ、家には誰もいないけどね...。
うちは母子家庭であり、母が仕事を終えて家に帰って来るのは午後十時頃。
私が学校に行く時間に母は寝ているため、丸一日顔を合わせない日もザラにある。
そういえば、昔から朝食や夕食は一人で食べることが多かったな。今は昼食もだけど。
手洗いうがいを済ませた後、炊飯器にお米を入れ、二時間後に炊き上がるようにセットする。それが終わり次第、すぐに自室へと直行。
PCを立ち上げ、準備は整った。
よし、やっとゲームができるぜ...。
今更だけどウイルスが入ったり、パソコンが壊れたりしないよね。
少し心配だが、やってみないとわからない。
1020円も払ったんだ。意を決して…せいっ!
ゲームを挿すと、直ぐにファンが回転し、ディスクを読み込み始める。
よしよし。ちゃんと起動しているぞ。
あれ? てか、このゲームってキーボードで操作するという認識でいいよね...。
そもそも、コントローラーなんて持ってな——
そんな事を思っていると、急にパソコンのモニターが真っ白に輝いた。また、それだけでは収まらず、「ギギギ」という不快な電子音が勢いよく部屋中に轟く。
「ううっ...。」
急に何っ?
頭がおかしくなりそうだ。耳を塞いでも、音が貫通して鼓膜を直接揺さぶられているようだ。
やばい…電源落そう。そしたらこの音も消えるはず...。ああああ、このゲーム買ったの失敗だった!
電源どこだ? 眩しすぎて何も見えな———
「っ?」
あれ...。音がさっきより小さくなってる...? それに、普段と何かが違う。身体が重いっ! 重すぎて倒れる! い、痛いっ! いや、あまり痛くない...。
どうなっているの? 早く起き上がらないと...。
パソコンにディスクを入れた瞬間、猛烈な光と爆音が津波のように押し寄せたが、数秒も経たないうちにそれらが弱くなったと感じた。だが、実際は自分の身体に異常が発生しており、あたふたしているうちに取り返しのつかない事態まで進行してしまったことに気がついた。
平衡感覚を失っているのか、立ち上がることもままならない。
た、立てない...。起き上がれない。
視界がぼやける...。
這いつくばって行くしか...。あ、無理だこれ。金縛りみたいになっている。
あと、もう少しなのに...。画面がすぐそこにあるのに...。
…あの文字は何? なんて書いてあるの。
薄れゆく意識の中、パソコンのモニターに何やら赤い文字が浮かび上がっているのに気づく。
「ゲーム開始...?」
眼を凝らし、その文字を視認した直後、私は意識を失った。
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…大学の単位、ちゃんと取れているか不安で不安で夜しか眠れない。