第九章
私では、主を支える事はできない。
私は偽物の存在。私は虚ろな存在。
貰うばかりで、何も返すことはできない……。心の支えになることは出来ない。
私は本当の存在ではないから。
私は偽りの存在だから――。
「はあっ……はあっ……!」
それは、ヴィアが魔装兵士になった時の事だった。
自分がやっと魔法兵士の試験に合格した――その知らせを聞かせるために、ヴィアは走っていた。
そうすることで、ミューリアを安心させることが出来る――。
ようやくミューリアを守れる存在になれると思った。
必ず守って見せると約束した……。どんなに恐ろしい闇が迫っていても……。
「ミューリア! ぼく、魔装兵士になれたよ!」
「本当……?」
家に着くと、すぐにヴィアは報告する。ミューリアは衰弱していた。もはや意識を保っていられるのが不思議なほどだった。
症状はかなり進行していた。
「おめでとう……ヴィア……」
強張る笑みを浮かべて、ミューリアは微笑んだ。
そして、どこか安心したような様子を見せたのだ。
かつてのように、いつも見てきたはずの微笑みだ――。
守れると思った。大切な人を……。これで、きっとミューリアを縛る恐怖から解放して上げられるのだと……。
だが、その夜――ミューリアは化け物となった。
まるでその時を我慢していたかのように……。
『アアああアあーーッ!!!!』
ミューリアの叫び声が聞こえる。辺りを瘴気の海が包む。
化け物となったミューリアの――。
「ミューリアッ……!」
――ヴィア。大切な事を見失わないで……。
「……!!」
そう話していた、ミューリアは……。ずっと言い聞かせるように……。
――怨念となったら、それはもう私じゃない……。
「くっ!!」
持った刃を握り締めた。
――ヴィア……一人前の術士になったね……。
微笑みが見えた。確かにミューリアが微笑んでくれた。立派な術士になったことを喜んでくれた……。
だから……僕は刃を握った。
逃げたかった……現実から……。目を背けるようにして、君の笑顔だけを脳裏に浮かべていた。
一人前の魔装兵士……。
それをミューリアに見せる。
それが、君の最後の願いだから……。
「ごめん……ミューリア……ッ」
だけど、君を救えなかった僕を許してくれ……。
自分の心を殺した――そして剣を手に取った。
あいつを殺したとき、俺の心も死んだ。
涙を流す暇さえなかった。
悲しみも無く、怒りも無かった。ただ絶望だけが心を満たした。その心は傷を負い、血を流し、そして死んだ。
だから何も感じないまま――ミューリアをこの手に掛けた。
自分の心を殺さなければ、ミューリアを殺すことは出来なかった。
何も感じなかった。心が無いまま。全てを無くしたまま……。
あいつを殺した時、俺の心も死んだんだ……。
メイアスが机の上で研究に没頭している。気になる事が山積みで、いくら手を付けても足りない状態だった。
――大丈夫かしらね……。
心配を胸に研究を続けるメイアス。山積みの仕事の最中でも、一番気になるのはリユネの事だった。
「……。」
窓の外を見るメイアス。あの時も……こんな風に曇空だった。
ミューリアが亡くなった、あの日も――こんな空模様をしていた……。
ミューリアが運び込まれてきたとき、やっと理解した。あの子は、ヴィアに――。
「………。」
私は、何も理解していなかった。ミューリアの描いてきた夢を……。
「っ……!!」
すると突如、研究所の扉が開き、人が入ってくる。
「はあっ……! はあ……っ!」
負傷し、傷だらけのヴィアを見て、メイアスが事の重さを感じ取る。
「何があったの?」
「リユネが深手を負った……! 様子を見てくれ……!」
息を切らせながらヴィアが言う。ぐったりとしたまま意識の無いリユネを目にすると、メイアスはすぐに調整システムの準備に入った。
そのままリユネは調整システムに入り、修復メンテナンスへと入った。
メイアスとヴィアがその様子を黙ったまま見守る。ケースの中で修復作業を受けている。
「何があったの? まずそれから話してちょうだい」
「鬼神像に襲われた。だが、俺にも何が起こったのかよく分からない……。」
「どういうこと……」
メイアスは要領を得ない。ただ起こった事を聞かされるも、ヴィア自身が事態の把握をしきれていないようだった。
「リユネの様子はどうだ?」ヴィアが切迫しつつ尋ねる。
「今の所は何とも言えないわ。霊体だからある程度の修復は出来るけれど……ダメージが大きいわ。かなりの負傷もしている」
メイアスは注意深く観察しながら、リユネの治療を行う。しかし、他に注視するべき点があった。
「それに、エラーがある。原因不明の深刻エラーが。それがリユネの意識を妨げている」
メイアスはリユネを見ながら言う。そして、ヴィアにも目を向ける。
「……。」
ヴィアとメイアスは一先ずリユネの無事を確認した。
その後、落ち着いて傷の手当てをするヴィア。そうして休みながらメイアスと作業を続ける。
しかし、その空気は重苦しいものだった。メイアスの今まで我慢していた静かな怒りが、所々でピリピリと伝わってくるようだった。
リユネが傷を負っている。あの時を思い出す。忘れもしない、ミューリアがここに運ばれてきた時の事だ……。
「はあっ……はあっ……」
ヴィアは走る。土砂降りの雨の中、ミューリアの亡骸をその手に抱えて。
あの時――ミューリアをこの手に掛けた後、ヴィアはすぐさま研究所へと走った。
「なにがあったの!?」
研究所に運び込まれたミューリアを目にするなり、メイアスは驚愕に声を上げた。
「ミューリアが怨念になった……。僕が殺した……」
その知らせを聞いて、メイアスは言葉が無くなった。
とうとうこの時が来てしまった。ずっと覚悟はしてきたはずなのに、目の前の事実はあまりに受け入れ難いものだった。
あのミューリアが亡骸となってそこにいる。
「あれを試す……。」ヴィアはミューリアの亡骸を抱えたまま、研究ラボへと入る。
「でも、あれは……!」
以前から用意していた物……。密かにミューリアを救うために手立てを考えていた物があった……。古代人が残した遺産。それを元に調べた術……。人が触れてはならない禁忌の術……。
それは、死んだ人間の魂を呼び戻すという物だった――。
本来なら、使うことは許されない術だが、もう他に手立ては残されていなかった。
――守ると誓ったんだ……!
ミューリアを抱き抱えたまま、ヴィアは思い返す。絶対にミューリアを守ると約束した。
「術式は……」
その中心にミューリアを置く。動かなく亡骸となったミューリアを……。
「……!」
メイアスは固唾を飲む。この術を使えば、もはや後は無い。何が起こるのか分からない。
自分達の命さえ失う恐れもあるのだ。
「………!」
ヴィアは助けなければ……その一心でその術を行使した。
しかし――
「駄目よ! このままじゃ、この子も死んでしまう……!」
その術から蘇ったのは、別の存在だった。
ミューリアとは違う、別の存在――。
その存在は不完全な存在で、もはや命を保つことすら儘ならない状態だった。
とても曖昧で、とても不完全な――。
その存在には致命的な物が欠けていた――。
人が生きるために必要なもの。命が生きるために、無くてはならない物が欠けていた。
そして、その命の灯火が、またもや消えようとしていた……。
「僕の一部を使ってくれ……」
その提案をした時、自分は頭がおかしくなったのかとヴィアは思った。だが、他に方法も無い。
だから、まるで使命にでも突き動かされるように提案した。
人には不可欠なもの……命が生きるのに必要なものを、自分は持っている。
「あなた、何を言ってるの……? そんな事したらあなたもこの子と同じようになるかもしれないのよ!?」
「……構わない。この子を死なせる訳にはいかない……!」
ヴィアは不思議に思った。ミューリアとは違う別の存在。何も思い入れは無いはずなのに……。
だけど何故だろうか……。
自分が死ぬかも知れないというのに、何も恐怖が無い。まるで……。
何も感じない……。このままミューリアを失う方が、もっと怖い……。
自分が死ぬかもしれないのに、どうして何も感じないんだ……。
――僕の心は……もう……。
「………。」
この子が死ぬと、もう一度ミューリアを殺すことになる気がしてならなかった。
それだけは絶対に嫌だった……。
――だったら、せめて……。
ヴィアは、考えぬままに手が動いていた。
何も感じぬまま、考えぬまま――。
「ま、待ちなさい!!」
メイアスが止めるが、既にヴィアは術式を発動させていた。
「……う……!」
術式を発動させたその時、ヴィアの頭の中に大量の意識が流れ込んだ。頭が割れそうに痛いのに、次々に何かの意識が流れ込んで来る。
この術式は、何を見せているのだろう……。別の世界……ここではない別のどこか……。
まるで時間の感覚が無くなるようだった。意識は薄れていき、僕は何かを悟った。
古代の文明は――故に滅びた。
その技術は、あまりにも神に近づきすぎた。そして、禁忌の領域に手を染めた。
命をも作り出し、死人すらも意のままに蘇らせる、禁忌の領域――。
人は、神になろうとした。
そして、その戒めを受けた。
古代の文明は、故に滅んだ。
人と怨念が――人と人が、死して尚、永遠に争いを繰り返す真っ暗な世界。
大切な人とですら、傷付け合う世界――。
ここは地獄だ。